奥平総一郎・日本自動車工業会環境委員長に聞く[前編]

東日本大震災をバネに、災害に強い体制を構築したい


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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東日本大震災により、自動車業界のサプライチェーンは大きな打撃を受けた。この未曾有の大災害に自動車業界はどう対応し、今夏の電力不足をどう凌いだか。今後のエネルギー政策への提言も含めて、日本自動車工業会の環境委員長を務める奥平総一郎トヨタ自動車常務役員に、澤昭裕国際環境経済研究所長が聞いた。

――震災により、自動車各社もエネルギー・燃料調達からサプライチェーンの分断まで、さまざまな影響があったと思います。どう対応されましたか。

奥平総一郎氏(以下敬称略):東日本大震災では、被災された方々が大変な思いをされ、今もご苦労されていることに心からお見舞い申し上げます。震災直後の我々の取り組みは、まず人命救助でした。けがをされた方々の支援をさせていただき、次に現地の復興の支援、さらには生産活動復旧をさせていただいています。

 生産活動の復旧はきわめて早い段階から進み、3月に地震が起きてから、8月、9月で8割、9割の生産に戻りました。これも被災地である東北地方の自治体の方々をはじめ、地元企業、仕入れ先の多大なるご協力と日本各地、海外からの多くのご支援の賜物であり、大変感謝しております。業界としても、ご協力いただいたことに深く感謝させていただきます。

奥平 総一郎(おくだいら そういちろう)
1979年3月、東京大学工学部船舶工学科卒業。同年、トヨタ自動車工業(現在のトヨタ自動車)に入社。第2トヨタセンターZEエグゼクティブチーフエンジニアなどを経て、2008年6月に常務役員に就任、現在に至る。技術統括部統括、東富士研究所管理部統括、第2技術開発本部本部長を兼務。現在、日本自動車工業会で環境委員長を務める

非常に複雑で深いサプライチェーンの問題

――今回の震災で、初めてサプライチェーンの問題が表面化しました。リスクが局所に集中していた、逆に分散できていた等どう評価されていますか。

奥平:特にトヨタ自動車としては、仕入れ先として一次、二次のサプライチェーンまでは把握していたつもりでしたが、今回の問題が起こってみて、サプライチェーンが非常に複雑で、しかも深くてとらえきれていなかった部分があったことに気づきました。複数社発注等でリスク分散していたつもりが、素材や部品の単位でみると、サプライチェーンの最後のところで同じであったこともありました。

 一方で、トヨタ生産方式は非常にリーンな生産方式となっているため、何が不足してくるのかがよく見えました。在庫をできるだけ持たないためラインがすぐ止まり、どこがボトルネックになっているのかは比較的つかみやすかった。そこに向けて支援に行くこともできました。

 今回、原因としてどこが止まっていて困っているのか、追っていくシステムを作り、製品から部品を追っていくこともしました。問題の個所や部品に行き着き、我々自身も現地に行き、関係会社の仕入先、一次、二次のメーカーそれぞれが皆協力して、支援はできるだけ早く行いました。自工会としても、メーカーの垣根を越え、協力・支援を行いました。

――ある経済学者が、サプライチェーンはまさに樽型になっていると指摘していました。また、そのことがわかったのはいいが、データとして分析するにしても実際にデータがなく、記録されていないため非常に苦労すると言っていました。今回を契機に、定常的に記録するようになっていくのでしょうか。

奥平:ある程度はサプライチェーンを把握していかないといけません。全部できるわけでも、すぐにできるわけでもありませんが、徐々にわかるようにしていきたいと思っています。

「サプライチェーンの問題にどのように対応するかが重要」と語る澤昭裕・国際環境経済研究所長

今夏の節電要請への対応と問題点

――今夏の電力の供給不足について、関連会社を含め、自工会会員会社に休日を木・金にシフトしてもらったお陰で、だいたい原発1基分、150万kWくらいの設備の容量が動いたに等しく、中部電力は助かったという話を聞いています。しかし、インパクトとして生産活動に対する影響等をどう感じていますか。

奥平:今回、早い段階で電力不足になるだろうということで、自工会として休日シフトしようと決めて対応しました。各社の節電努力と合わせて大きな節電効果はありましたが、社会的に地域にいろいろ問題がありました。特に、学校に小さいお子さんを通わせているお母さんは一番困られたのではないかと思います。仕入れ先はもちろん、交通ダイヤの見直しや地域行事の変更など、地域の皆様方にもいろいろとご迷惑をおかけいたしました。

 今回の措置は、節電効果はありますが、今の社会環境のなかでは問題があるということを考えると相当慎重でなくてはならないし、できれば今後は避けたいというのが我々の考えです。

――結局、今夏、産業での電力は足りたではないかと私自身も言われることが多々ありました。しかし、それが特に自動車業界が相当苦労された結果としてできたことに、国民のなかであまり理解されていないように感じています。社会への影響、生産活動への影響、また従業員への影響など、いろいろあったと思いますが、どういう点が難しかったと思われますか。

奥平:そうですね、休日をシフトしたことで木金と土日の両方働かないといけない会社の方々がいらっしゃいました。自動車関係は木曜日と金曜日を休みにしましたが、自動車関係以外のところに納めなければならない部品を作っている会社は休みがなくなり、交替で休まれるところもありました。

 また何よりも、学校が土日休みになっていますから、家族の休日が合わないということで、あまり声には出ていないと思われますが、インパクトが大きかったと思います。

対策本部の迅速な立ち上げと判断できる人が現地で情報整理・発信することが必要

――非常事態においての社内での問題の洗い出しについてはどうでしたか。

奥平:非常事態が起きたとき、トヨタ自動車では、すぐに特別のチームを作って現地に送りました。工場やインフラまわりがどうなっているのか、工場周辺の方々はどうかを確認させ、救援物資を積んで、トラックとバスで100人程度が、震災当日に現地へ向かいました。

 一方で、本社では全社の対策本部と各分野ごとの対策本部を作り、調達、生産、販売、技術等をテレビ会議でつなぎました。現地に入る人には衛星電話を持たせ、現場の情報をどんどん本社に送りました。 

 今回感じたのは、まず、判断できる人間を現地に送りこむことが大事だということです。情報というのは、判断ができる人とセットにならないと生きてこない。また、それを支えるバックの組織を立てることを大事であり、それがやれたことが良かったと思っています。

――非常事態が発生した際には、そうしようと決めていたのですか。それとも急な対応策でしたか。

奥平:阪神大震災、中越沖地震もありました。中越沖地震の際に仕入先が被災し、エンジンの基幹部品であるピストンリングの供給が止まり、一時生産停止となったことが教訓になっています。

 今回、災害等の非常時体制が準備していた通りに迅速に立ち上がったというのは、それらの結果だと思います。震災対応の経験をした部長がたまたま被災地の近くにおり、現地に急遽入ってもらい、陣頭指揮をとってもらいました。

――現地に決定権限を委譲されたのですか。

奥平:基本的には現地で状況を整理して、何が必要なのか本部に伝えてもらいました。社長・役員が毎日朝晩集まり、即時に対応を決断いたしました。

平時から小さな単位で協力関係を築いておくと、非常事態時にいい活動ができる

――震災後の政府の対応についてどう思われましたか。

奥平:今回、トヨタは東北の工場、仕入先、販売店および地域の方々など、誰を支援するかが明確で、震災直後から即座に、人や物資を投入できました。

 東富士研究所がある裾野市(静岡県)では、相馬市(福島県)と「災害時の相互応援に関する協定」を結んでおり、市長がチームを作り救援物資を持って現地に入ったように、各地方自治体は姉妹都市など、日頃からのおつき合いがある都市を自ら支援しました。

 一方、国や中央機関による被災地支援は、公平性などを勘案せねばならず、初動がどうしても遅くなります。震災などの巨大な災害でも、日本が一気に沈むことはないと思います。各地方自治体、企業同士が日ごろからコミュニケーションを密接にし、北と南、東と西、都市と地方など、顔が見える互助関係を網目の様に構築していくことが迅速な初動を可能とし、今後の災害への対応を考える際に非常に大切だと感じました。

――国でやろうとすると、ここを先に助けたら他から文句を言われると躊躇すると、いつまでも助けられない状況に陥ってしまいますね。
 非常事態時の情報コミュニケーションとして、他に注目していることはありますか。

奥平:情報という面では、マスコミの情報も入ってきますが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)からもけっこう情報が入ってきて、割にわかりやすかったと思います。今後、災害時の情報の使い方として、大事になるのではないでしょうか。

 今回、自動車会社は協力して、車が通った道のり情報を特定非営利活動法人のITS Japanに集め、「通行実績マップ」としてWebで公開いたしました。将来、車が情報通信のターミナルとなることができれば、携帯電話の基地局のアンテナが流されても、個々の通信が死なずに済むと思います。

 また、多くの方が車で逃げようとされて、不幸にも津波に流される様子を目の当たりにしました。災害に強い車とはどうあるべきか、車が本来の移動・物資輸送手段という役割に加えて災害時にもっと役立てることはないか、研究していきたいと思います。
(次回につづく)

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