「ハザード」という言葉を使わずにリスクを伝える方法を考えよう!


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

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健康危害リスクを分かりやすく、どう伝えるかは、古くて新しい問題だが、そのリスクの伝え方を学ぶうえで絶好の珍問答が4月8日、衆議院内閣委員会で繰り広げられた。リスクの大きさは、専門用語を使えば、比較的に簡単に理解できるが、政治家ですら、そのリスクを正しく理解していなかったことが分かった。どのような言葉を使えば、リスクが正しく伝わるのか、私の考えた新しい言葉で提案してみたい。

発がん性をめぐる珍問答

4月8日、衆議院内閣委員会で中道改革連合の長妻昭議員(元厚生労働大臣)が、農林水産省のホームページに掲載されていた「国際がん研究機関(IARC)の概要と発がん性分類について」(令和7年3月26日)と題した発表を基に、まず最初に「加工肉とがんの関係性、どんな発表ですか」と質問した。これに対し、黄川田国務大臣は「具体的には、加工肉はハム、ソーセージ、コンビーフ、ビーフジャーキーなどが該当する」と答えた。

すると長妻氏は「なんで肝腎のところをおっしゃらないのか。人に対して発がん性の十分な証拠があるという場合に適用される『グループ1』に加工肉があるということでよいか」と問うた。黄川田大臣は「おっしゃるとおり、グループ1に属している」と答えた。

これを受けて、長妻氏は「グループ1は、一番高いレベルなんです。どんながんが発症するのか」と聞いた。榊原政府参考人(厚生労働省審議官)は「何のがんという記載はない」と返答。これに刺激を受けた長妻氏は「政府の資料では、加工肉の摂取を減らすことで大腸がんのリスクが減らせるとある。違うんですか」と突いた。すると榊原参考人は「失礼しました。毎日50グラムを食べると大腸がんの発症リスクが18%増加するという記載がございます」と返答。

ハザード評価とリスク

このあと、長妻氏は「健康被害ですから、小さく見せようとするマインドは問題だ。私が聞いた質問は、日本で販売されているソーセージ、ハムなどは安全ですかということだ」と迫った。榊原政府参考人は「国際がん研究機関の発がん性分類は、ハザードの評価をおこなったものです。そういう意味では、日本の肉もリスクはあり得ると承知している。人の摂取量や摂取頻度などを考慮して、人に対してどの程度の健康影響があるかを評価するリスク評価をおこなったものではない」とハザードという概念を用いて、科学的な解説を披露した。

これで終わるかと思いきや、長妻氏は「摂取量と摂取頻度によっては安全じゃないわけですよね。安全じゃない状況でハム、ソーセージ、フランクフルトを食べておられる方が日本にいらっしゃる。規制がないのでね。どのくらい注意すればいいのか。このくらいなら問題ないという頻度や摂取量の目安を示すお考えはあるか」と尋ねた。黄川田国務大臣は「関係省庁と相談の上、考えていく」と答えた。

日本語だと理解しにくい「ハザード」

ここで紹介したのは問答の一部だが、長妻氏はおそらく、加工肉は発がん性があるため、規制が必要だと言いたいのだろう。国際がん研究機関が加工肉の発がん性を「グループ1」としたのは、2015年のことであり、なぜ、いまごろ、こんな初歩的な質問をしているか理解に苦しむが、それはさておき、政府側の要領を得ない返答もあったせいか、「グループ1」の発がん性の意味、そしてハザードとリスクの関係を学ぶうえで興味深い一幕であった。

この問答で政府側は「ハザード評価とリスク評価は異なる」と答えたわけだが、長妻氏が納得したようには見えなかった。専門家の間では、リスクはハザード(危害の要因)×危害が起きる頻度・ばく露量(食品なら体内摂取量、放射線なら被ばく量)で説明される。日本語では、ハザードもリスクも「危険」と訳すことが多いため、同じように思えてしまうが、リスク論の世界では全く異なる概念である。いうまでもなく、ハザード=危険ではない。

大事なのは頻度や摂取量

ハザードにぴったりする日本語はないが、あえて言えば、危害の要因(または可能性)である。リスクは、そのハザード(危害要因)がどれくらいの頻度、強さで起きるかの発生確率で決まる。これは具体的なモノを挙げて説明するとすぐに分かる。ハザードは危害をもたらす要因なので、ナイフ、車、たばこ、生肉(病原菌を含む可能性)、食塩、お酒、太陽光線、ライオン、入浴(年間約1万9000人死亡)、餅を食べること(窒息死で年間約3500人死亡)など、さまざまなものにハザードがある。蛇口から流れ出てくる水だって、一度に大量に飲めば、健康障害を起こすのでハザードはある。

しかし、少し考えればわかる通り、ナイフは上手に使えば(または使わなければ)、実際のリスク(危害の確率)はゼロだ。車も上手に運転すればリスクはない。たばこも吸わなければ、リスクはない。

つまり、いくらハザードがあっても、それをうまくコントロール(制御管理)できれば、リスクは小さくなる。リスクを減らす最大の要因は、食品なら摂取量を減らしたり、上手にコントロールすることである。リスクの大小を決めるのはハザード(危害要因)ではなく、危害要因の頻度やばく露量をどう手なずけるか、のほうである。

グループ分類は役に立つ物差しではない

それを知っていると、国際がん研究機関のグループ分類の限界が分かる。政府側の答弁にあったように、この発がん性分類はハザードの分類なのだ。

この分類では、グループ1(発がん性がある)、2A(おそらく発がん性がある)、2B(発がん性の可能性がある)、グループ3(分類できない)の4ランクあるが、これは証拠の高さの順に分類されているものの、リスクの大きさの分類ではない。つまり、このグループ分類は、実際に危ないかどうかのリスクの大きさを判断する材料(物差し)としては役に立たないのだ。

言い換えると、国際がん研究機関が公表しているのは、危害の要因または可能性だけであり、たとえハムやソーセージが「グループ1」でも、日常の食生活でハムやソーセージを食べたら、がんになる(リスクが高い)と言っているわけではない。食べる量が適度であれば、何ら恐れる必要はないのである。

長妻氏は、ハム、ソーセージ類が販売されていることは危ないから規制すべきだという認識の質問だったが、それを言うなら、つまり、ハザードだけで判断するなら、お酒を売ることも、包丁を売ることも、車を売ることも規制すべきだと質問しないとおかしい。長妻氏の論理でいくと、私たちがほぼ毎日食べている豚肉や牛肉も「グループ2A」なので、これも販売規制の対象となってしまう。

「安全かどうか」という言い方は無意味

「ハザードがあるだけで、危険なもの」といったイメージを生み出してしまう背景には、メディアにも責任がある。「グループ1」や「グループ2A」に属する農薬を、メディアはいとも簡単に「発がん性の農薬が検出された」といった言い方で報じる。「発がん性」と報じられると一般の人はどうしても危ないもの、リスクが高いものと思ってしまうだろう。

その一方、お酒を飲むことに関しては、発がん性のお酒を飲んで酔っ払ったというふうには報じない。太陽光の紫外線も発がん性の「グループ1」だが、日光浴をしている人に対して、発がん性の太陽光線を浴びているとは報じない。また、日本の主食のコメには重金属のカドミウムやヒ素(どちらも「グループ1」)が含まれているが、日本人は毎日、発がん性物質が含まれるコメを食べている、というふうに報じられたケースはほとんどない。

長妻氏は「加工肉は安全か」と尋ねた。この質問こそ愚門である。危害要因(ハザード)があれば、どんなものでも「安全」とは言えないからだ。これは「ゼロリスクはない」と言い換えてもよいだろう。ナイフも、車も、お酒も、コメも、ビタミン剤も、水も、健康食品も、すべて危害要因があり、安全とはいえないからだ。安全かどうかは、リスクが大きいか小さいかで決まる。

「安全かどうか」という言葉よりも、「リスクが極めて大きい」「リスクは大きい」「リスクは小さい」「リスクは極めて小さい」といった言い方がよいだろう。そして、分かりにくいハザードという言葉の代わりに「危害要因」という言葉を使いたい。

新しいリスクの方程式

これからは、リスクを語る場合は、「それは、確かに危害要因はあるが、その危害が起きる頻度や摂取量(ばく露量)は現実に低いので、あえて自衛策をとる必要はない(気にしなくてよい)」と言えばよいのではないか。加工肉なら、「危害要因はあるが、欧米人と違って、日本人が食べているくらいの摂取量なら、がんを心配するほどではない」という言い方になるだろう。最後にリスクの方程式をおさらいしておこう。

リスクの大きさ=危害要因×その危害が起きる頻度・ばく露量

重要なのは頻度やばく露量だと覚えておきたい。