イラン戦争はエネルギー転換を加速するのか
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
はじめに
3月中旬から下旬にかけてワシントンで関係者と意見交換を行い、その後、ヒューストンのCERAウィークに参加してきた。当然ながら2月末に勃発したイラン戦争およびエネルギー転換に対する影響がしばしば話題にのぼった。もちろん様々な見方があり、筆者が聴取できたのはそのごく一部に過ぎないが、興味深いと思われた点を備忘録的にまとめてみたい。
1.イラン戦争の見通し
本稿執筆時点(3月26日)で戦争の先行きは不透明である。ワシントンの専門家、コンサルは複数のシナリオを提示することはできても、確度を持った見通しを示せるものはいない。
CERAウィークではクリス・ライトエネルギー長官が登壇し、「この紛争により、ホルムズ海峡を通るエネルギーと物資の流通が混乱している。トランプ政権は、核武装したイランの出現を防ぐため、イランの不安定化行動の抑止を先送りするのではなく、対峙する道を選んだ。短期的な混乱はあるが、それによってより安全で繁栄した長期的なエネルギー情勢がもたらされる」と強調した。
ワシントンで会った議会共和党エネルギー政策スタッフは「自分の見るところ、ホルムズ海峡が正常化するまで、あと4-5週間だろう。中間選挙を考えれば、トランプ政権はそれ以上の長期化に耐えられない」と言っていたが、4-5週間というのは複数シナリオの中でも最も楽観的なものであり、イスラエルやイランは中間選挙のロジックでは動いていない。
ワシントンやCERAウィークで聞かれた専門家の見方は楽観的なものではない。
日本貿易振興機構(JETRO)
- 専門家は、紛争解決の最も楽観的なシナリオでもホルムズ海峡の正常化に約4週間かかると予測するが、トランプ大統領の「勝利」の定義が常に動くため予測は困難。
- アメリカ、イラン、イスラエルのゴールポストは一致しておらず、特にイスラエルがトランプ大統領を紛争に引き込んでいる側面がある。
- イランは、トランプ大統領が中間選挙前に譲歩せざるを得ない状況を狙い、兵力を温存しながら持久戦に持ち込もうとしている。
- 原油価格が150ドルまで高騰すれば世界的なリセッションは避けられず、一度始めたガソリン補助金なども政治的に停止が困難になる。
元国家安全保障会議(NSC)高官
- イラクとの8年間にわたる戦争によって鍛え上げられたイラン社会の強靭さは、彼らが容易に屈服しないことを示唆している。米国におけるイラン戦争への支持率は30%前後。空爆だけでは政権交代を実現できず、地上部隊の投入が必要だが、これは政治的に壊滅的な打撃をもたらす選択肢になり得る。トランプ大統領は「究極のエネルギードミナンス」のためにカルグ島への恒久的な基地設置を企図している可能性があるが、これには地上部隊の展開が必要となり、トランプ氏はこれをためらっている。
- 米国の国内政治は、戦争の行方という視点から分析されている。戦争前、共和党は上院を維持するものの下院は失うと予想されていたが、戦争が長期化すれば共和党にとって「極めて厳しい」状況となるだろう。もしトランプ氏が上下両院を失えば、論評家たちは調査、弾劾手続きの可能性、そして立法の停滞を予測している。とはいえ、大統領は依然として軍事方針や対外エネルギー政策を主導し続けるだろう。
外交関係協議会(元国務省高官)
- トランプ政権の外交政策は、伝統的な外交よりも商業取引を優先しており、中東への注力は中国に対抗するために必要な資源を消耗させている。
- 米国は、戦略的勝利につながらない従来の軍事的指標(例:戦死者の数)を用い、ベトナム戦争のような過去の紛争での過ちを繰り返している。
- 米国の防衛産業基盤は、現代の大国間競争に対応できておらず、この紛争によって露呈した超党派的な失敗である。
- 危機後の中東の秩序は、湾岸諸国がイランを懐柔し、新たな地域パートナーシップを形成し、より自立していくという混合形態になる可能性がある。
- 米国もイランも全面戦争を回避したいと考えているため、グランド・バーゲンは可能。その内容には、(ロシアの支援による)新たな核合意、湾岸諸国とイランによる新たな「ホルムズ海峡管理機構」、そして米国による政権交代要求の撤回が含まれる可能性があるが、イスラエルはこれに不満を抱くだろう。
ジョンズホプキンス大中東専門家
- イランは、米国に戦略が欠如しており、単にイランの国家崩壊を完全な目標とするイスラエルのアジェンダに従っているだけだと見なしている。
- イランはイスラエルの目標が単なる政権交代ではなく国家の完全な崩壊にあると認識しており、米国とイスラエルは足並みが揃っていない
- イランは長期戦に備えて体制を整え、敵の迎撃能力を消耗させ、世界のエネルギー経済の揺さぶりを武器化することで、単なる生存にとどまらず、制裁解除と経済的補償を伴う新たな地域秩序の確立を目指している。
- イランにとっては「無制限」の戦争であるのに対し、米国にとっては「限定」された戦争であるという非対称性がある。イランは敗北を免れれば勝利であるが、米国は勝利を得なければ敗北になる。
- 湾岸諸国は、自国の経済的未来を危うくする戦争を米国が開始したことに激怒しており、米国の安全保障への信頼を失いつつある。
- この地域では、信頼できる安全保障を提供できるのは中国とロシアだけだという認識が高まっており、米国の影響力に対する「ユーラシア抵抗軸」が形成される可能性がある。
2.エネルギー転換に対する影響
イラン戦争がどのように推移するかは予見困難であり、エネルギー転換をはじめとする各国の政策は国際エネルギー市場の混乱がどの程度早期に収束するかにも影響を受けることになる。
予想されたことであるが、環境関係者の間では「今こそ中東の石油、ガスへの依存のリスクから脱却するため、脱化石燃料をすすめるべきだ」との声がある。中東リスクが高まることにより、中東依存の低下を模索する動きが高まる可能性が高いが、それが脱化石燃料に直結するのではなく、少なくとも当面、輸入国においては代替供給源の拡大、資源国における国産化石燃料の増産につながると思われる。
戦略国際問題研究所(CSIS)
- イラン戦争の影響による石油・ガス価格変動に敏感な南アジア、東南アジア諸国は、供給混乱の中で発電用燃料として石炭に回帰する可能性がある。他方、OECD加盟国はよりクリーンな電力への取り組みを強化しており、米国、日本、台湾では原子力発電が拡大する可能性がある。非電力部門における石油需要は依然として堅調であり、水素・アンモニアによる解決策はより長期的なものになる。
- この紛争は、供給の多様化の必要性と、大型輸送や特定の工業プロセスにおいて化石燃料が今後も存続するという認識を浮き彫りにしている。欧州は現在の路線を維持しようとしているが、EVやバッテリー向けの中国産原材料への依存という制約に直面しており、導入ペースや調達先確保が複雑化するだろう。
- 中東への米国の注力は、間接的に中国に利益をもたらし、原油価格の上昇を通じてロシアに息をつく余地を与える。
- ロシアは原油価格の上昇から利益を得ている。特定の貨物に対する米国の一時的な制裁緩和は、執行のばらつきを示唆。欧州企業は、ロシア産原油、とりわけガスからの離脱ペースを調整しなければならない。
ブルッキングス研究所
- ホルムズ海峡封鎖やLNG供給の混乱が世界のガス市場に圧力をかけている。米国は国内供給と輸出制限によって影響を受けずに済んでいる一方、欧州とアジアはLNGを巡る競争の激化に直面しており、低所得国市場では石炭への回帰が見られる。紛争が長期化すれば、短期的な損失が構造的な課題へと変わり、再開の時期が不透明になるリスクがある。
- 再生可能エネルギーの研究開発を積極的に支援し、実証実験から商用化までの資金提供を行い、クリーン技術を拡大しつつ、化石燃料生産も継続するのが現実的。反化石燃料や反再生可能エネルギーといった極端な政策の転換は、進展を損なう。
- エネルギー転換は、持続不可能なほどコストを上昇させてはならない。民主主義社会において選挙的な持続可能性と国民の受容を維持するためには、政策はコスト中立であるか、あるいはコストを削減するものでなければならない。
LNG Allies
- 米国のLNG生産能力は2031年までに「ほぼ」倍増すると予想されており、今後数ヶ月以内に追加の最終投資決定(FID)が行われる可能性が高く、生産能力はさらに拡大する見込み。
- カタールでは2つのLNGプラントが被害を受け、修復には数ヶ月ではなく「数年」かかる見込み・その結果、今年予想されていたLNG供給の大幅な増加は見込めず、供給量は昨年の水準にとどまる見込み。
- 欧州とアジアではLNG価格の上昇が見込まれる。価格が高騰すると、特に南アジアや東南アジア諸国において、より安全で現地調達可能な石炭への回帰を検討するリスクが高まる。
- 天然ガス法の下では、自由貿易協定(FTA)を締結していない国への輸出は、公益または国益を理由に制限される可能性。中東情勢の影響で米国産LNGへの需要は高まるだろうが、それが国内のガス価格、電力価格の上昇につながる場合、ガス輸出の制限が検討される可能性。
米商工会議所
- ホルムズ海峡閉鎖等の中東リスクはエネルギーの脆弱性を増すことになるが、それが再エネへのシフトにすぐにつながるというよりも、化石燃料供給源の多角化が追求されるだろう。
- ディーゼル、ジェット燃料等の石油製品の価格上昇はアジアにおける需要を引き下げ、電気自動車の需要を増大させるだろう。他方、電力部門では価格の手頃さ、エネルギー安全保障のため、ガスから石炭へのシフトがおきるだろう。
- 米国の電力需要はAI、データセンターで増大するだろう。輸出需要の増大も含め、米国のガス供給余力は十分ある。問題はパイプラインや送電網のインフラ不足。このため超党派の許認可改革が実現する可能性がこの数年間で最も高まっている。
3.CERAウィークでは「プラグマティズム、リアリズム、常識」がキーワード
筆者は今回、初めてCERAウィークに参加したが、しばしば聞かれたキーワードは「プラグマティズム」、「リアリズム」、「コモンセンス」であった。クリーンエネルギーが大きくクローズアップされたバイデン政権時のCERAとは対照的である。それを象徴するようなパネルがバイデン政権時に気候特使を務めたジョン・ケリー氏とスコット・ティンカーテキサス大オースティン校教授のやり取りであった。
このパネルでジョン・ケリー元特使は「気候変動の科学は明白であり、2+2=4でしかない。再生可能エネルギー分野における中国の優位性はあるが、市場原理と価格がエネルギー転換を牽引している。規制や政治的な行き詰まりにより、2,600ギガワットもの再生可能エネルギーが系統連系を待っている。天然ガスは橋渡し燃料となり得るものの、その主成分であるメタンは強力な温室効果ガスであり、適切に管理されなければならない」と強調した。
これに対し、ティンカー教授は現実主義の立場から「過去の気候変動やESGへの取り組みは行き過ぎであった。世界のエネルギー需要急増に対応し、人々を貧困から脱却させるには、不安定な再生可能エネルギーだけでなく、石油やガスといった高密度なエネルギー源が必要。政策は貧困、教育、安全保障といった複雑な変数のバランスを取らなければならない。クリーン対ダーティという二元論的な議論ではなく、あらゆる手段を講じる(all of the above)アプローチが肝要。中国製の再エネ製品は石炭火力を使って作られており、中国製の再エネのサプライチェーンが中国を経由していることが安全保障上のリスクを生み出しており、再エネ製品製造時の投入エネルギーは石炭火力である」と指摘した。
COPの場であればジョン・ケリー氏のような議論が歓迎されるのだろうが、「エネルギーのダボス」ともいわれるCERAウィークでは明らかに聴衆の雰囲気はティンカー教授よりであることが看て取れた。
終わりに
イラン戦争の見通しは依然不透明であり、エネルギー転換への影響についても加速する要素(石油価格高騰に伴う電気自動車の導入拡大等)、減速する要素(国内化石燃料生産の拡大、アジア地域電力部門におけるガスから石炭への回帰等)が混在するが、少なくとも短期的にはネットで減速することになろう。確実なことはエネルギー転換を加速する要素が働いたとしても、それは温暖化防止を目的とするものではなく、あくまでエネルギー安全保障が動機になっていることである。換言すれば手ごろな価格によるエネルギーの安定供給が最優先であり、その中には脱炭素とシナジーのある政策もあれば、トレードオフとなる政策もあり得るということだ。エネルギーサークルの視点からは驚くにあたらない。
COPサークルの議論とエネルギーサークルの議論の間に断絶があることが現実的なエネルギー転換論を阻害してきた。筆者が参加したパネルディスカッションでも「政権のたびに一方の極端から他方の極端に振れることは米国のみならず、他国にとっても望ましくない」と指摘したところである。2028年の大統領選で仮に政権交代となった場合、再び「野心」と「理想」がキーワードになってしまうのだろうか?












