来年の課題‐AI国家戦略と日本再興を支える電力供給の制度設計


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

11月に欧州に出張した。ベルリンとパリで目に付いたのは、韓国の若い人たちだった。コロナ禍前には中国の観光客が多くいたが、今は韓国の人なのだろう。

1990年代の欧州には日本の観光客が多く、特にブランド品の店は日本人であふれていたが、それからブランド品を買うのは中国人に代わり、韓国人になった。

移り変わりは各国の経済情勢を反映している。2024年の国別の平均賃金を見ると、日本の平均賃金は韓国の賃金を下回っている。購買力平価の数字なので韓国の人が日本人よりも豊かな生活ができるということだ。

2000年と2024年の主要国の平均年間賃金を比較すると、日本とイタリアの賃金が全く伸びていない。理由は経済の低迷だ。図-1の通り、2000年には日本とほぼ同じレベルの賃金だったフランス、英国、ノルウェーの実質賃金は大きく伸びている。韓国の賃金は約1.5倍になった。

そんな中で、日本の民間企業で働く人の2024年の平均年収は、1997年以来四半世紀ぶりに最高値を更新したが、残念ながら国民の6割が「生活が苦しい」と言う状況は改善していない(図-2)。物価上昇に賃金が追いつかない。なぜ、実質賃金が上がらないのだろうか。

図-1 主要国の平均賃金推移

図-2 国民の生活実感と年収

失われた30年とエネルギー供給

日本人の平均賃金が失われた30年間波を打ちながら下落を続けていた理由の一つは、産業構造の変化だ。生産性が高い産業の雇用が減り、生産性が低い、要は給与も相対的に低い産業の雇用が増えたことだ。

図-3が産業分野別の付加価値額の推移を示している。減ったのはエネルギー多消費型産業。2000年の31兆円が24兆円に2割以上減った。伸びたのは、保健衛生・社会事業。26兆円が48兆円に8割以上伸び、エネルギー多消費型産業を追い抜いた。不動産も10兆円以上増えているが、不動産の付加価値額には帰属家賃(持ち家から家賃が発生しているとみなした額)が含まれている。不動産価格が上昇すれば付加価値額も増える。

昔は介護は自宅でおこなっていたケースが多かった。家事は付加価値額、国内総生産(GDP)には含まれなかったが、介護施設になるとGDPに寄与する。そう考えると、日本の経済成長の中身には心許ない部分も含まれていると考えられる。

図-3 日本の分野別付加価値額の推移

日本で働く人も、製造業分野が減り医療・福祉分野が増えている(図-4)。エネルギー多消費型製造業との比較では、相対的には生産性が低い産業の雇用が増えていることになる。生産性つまり年収が高い分野の雇用が縮小しているのが、日本の平均賃金が30年近く伸びなかった大きな原因だ。エネルギー多消費型産業の縮小は、日本の一次エネルギー・電力供給が波を打ちながら減少している(図-5)原因の一つでもある。自動車の燃費向上、省エネも温室効果ガスの減少に貢献しているが、エネルギー多消費型産業が力を失くしてるのも原因の一つであり、伸び悩む賃金に結びついている。喜ぶべきことでもなさそうだ。

2020年との比較では、人口が50年に2割近く、70年には3割以上減少する日本の国内市場は縮小せざるを得ない。人口減少の状況下で生産性の高い分野を成長させる、あるいは新規ビジネスを作り、給与、手取りを増やすことは可能だろうか。

図-4 産業別就業者数推移

図-5 日本のエネルギー・電力供給の推移

AIが雇用とエネルギーに与える影響

大きな市場になると期待されているのが、生成AIと半導体だが、生成AIにより雇用が減るとの懸念もある。例えば、表-1の米国の世論調査では生成AIにより減少する仕事を予想する人の比率が示されている。

しかし、雇用は減らないだろう。今までも新技術により雇用が減るとの予測があったが、減少以上の新しい雇用が生み出された。AIでも同じことが起きるのではないだろうか。

表-2の米国のデータセンターの雇用例が示す通り、生成AIはデータセンター、半導体製造などの生産性が高い新しい雇用を作り出すことが期待できる。問題があるとすれば、支えるインフラが十分かどうかだ。生成AIを支えるのは計算をするデータセンターだ。データセンターを支える電力と水の供給は十分にあるだろうか。特に、電力供給不足が大きな問題になる可能性がある。

表-1 AIが奪う仕事

表-2 米国データセンターの雇用

生成AIで先行している米国では、データセンターが大量の水を消費する問題が指摘されている。米国での推定取水量はひと月当たり286億立方メートル。内訳は農業用43%、火力発電用42.5%、公共14.3%だが、消費量は取水量をかなり下回り、ひと月当たり農業用87億m3、火力用3.5億m3、公共5億m3だ。データセンターの24年の推定消費量は6億m3と全消費量の0.5%程度だ。データセンターは、バージニア州北部など特定の地域に集中しており、水資源に恵まれない地域では問題を引き起こすと指摘されている。

データセンターの電力需要について、さまざまな予測がシンクタンクなどから示されているが、いずれも大きな需要増を予想している。ボストンコンサルティンググループ(BCG)の予測例を示すと、米国データセンターの容量は、24年の4500万kWから30年には最大1億3000万kWに(図-6)、電力需要量は24年の3500億kWhから最大1兆500億kWh(図-7)に増加する。

図-6 米データセンター容量予測

図-7 米データセンター電力需要予測

疑問は、発電設備が足りるのかということだ。インフレの直撃を受けた洋上風力設備の導入は進んでいないが、トランプ大統領が嫌う太陽光、陸上風力発電設備の導入量は依然増え続けている。エネルギー省のデータでは、25年の新規電源の容量は過去最高の6400万kW(図-8)と見られている。一方閉鎖予定の発電所も870万kWあるが、政府が石炭火力の閉鎖を遅らせていることから、実際に閉鎖される設備量は少なくなるとみられる。

もはや、使える発電設備は何でも使わないとデータセンター向けの供給はできない時代に米国は突入しているということだろう。太陽光発電設備の導入までの期間が短いことも、導入量の増加に結び付いている。世界第2位のデータセンター大国中国も同様だ。習近平主席は、2030年に石炭をピークアウトするとしているが、石炭火力発電所の建設は増える一方だ。発電設備が足らないのだから、やはり石炭でも太陽光でも作れるものは何でも作るのだ。

天然ガス発電用タービンを製造するGEベルノバは、需給状況を次の通り説明している「25年末のタービンの受注残は8000万kW。26年半ばに年産能力は2000万kWになる」。天然ガス火力を建設したくてもタービンを4年待つ必要がある。GAFAMは、原子力発電所からの供給契約、あるいは小型モジュールを隣接地に建設する計画を相次いで発表しているが、背景にあるのは電力供給への懸念だ。

図-8 米国の新規電源導入容量予測

日本のデータセンター戦略は実現するのか

日本のデータセンターの数は世界10位(表-3)。容量でも世界の2、3%を占めるだけだ(図-9)。米国、中国、欧州との比較では出遅れていると言える。生成AIの利用が本格化する中で、データセンターは国内に設置することが主流になるはずだ。情報に遅れが許されない利用が増えることに加え、バルト海ではロシア、中国船が海底通信ケーブル、送電線を切断し、パイプラインに穴をあける「事故」が続いている。重要な計算は国内で行う必要がある。

表-3 国別データセンター数

図-9 地域 国別データセンター容量

日本でもデータセンターは建設ラッシュだが、米国でもあるように複数の電力会社に声をかけているデータセンターもあるだろう。中には、リース目的で、とりあえず作れば借り手は現れるという賃貸アパート経営のような感覚を持つ事業者もいるかもしれない。見かけの需要は数倍以上に膨らんでいる可能性もあるが、それでも実需があることは確実だ。

では、データセンターは日本のどこにできるのだろうか。今は、首都圏、関西圏が中心になっているが、これはリースする際の利便性、通信ケーブルの上陸地点から選択されている面が大きい。これからは、電力供給を中心に選択されるだろう。情報を送るコストは送電コストと比較できないほど安い。

潤沢で安定的、その上可能であれば脱炭素の電力があり、豊富な水もあり、津波の心配がない海岸より距離がある広い土地がある場所。加えて土地代が安ければいうことがない。さらに言えば、寒冷地であれば空冷用の電気代を節約できる。

米国では、データセンターにより発電と送電設備への投資が必要になり電気料金が上昇する指摘が出ている。加えて大量の水の使用があることから、反対運動も起きている。発電、送電設備に大きな投資を必要としない原子力発電所の近くに適地があれば、言うことはないが、そんな場所は多くないようだ。

生成AIの利用を支えるには、データセンターと電力供給が必須だ。これからの成長と賃金上昇を支える産業の一つは、電力だが、十分な発電設備を作ることが可能だろうか。自由化された今の市場で事業者は大きな投資を伴う設備新設のリスクをとることが可能だろうか。経済成長と賃金上昇を実現するためには、まず電力供給、設備新設を支える制度が先だ。

政権の来年の課題は生成AIの利用を確実にする安定的、安価な電力供給を実現する制度設計だ。国際競争に待ったはない。

データセンターの現状と課題については、2026年1月26日(月曜日)午後1時半からの国際環境経済研究所の講演会で詳しくご説明します。ご関心のある方は、ホームページからお申込みください。