バイオエタノールは日本で売れるか? 当事者の声を聞く
―米国の期待、日本の様子見
石井 孝明
経済記者/情報サイト「withENERGY」(ウィズエナジー)を運営
米国は穀物由来のバイオエタノールの世界最大の生産国だ。そして自動車向けの混合燃料としてそれが国内で普及している。トランプ大統領はこの輸出拡大を目指している。大規模な購入の意向を政府が示した日本に、大統領から農家まで米国の関係者はそろって期待する。様子見姿勢の日本の関係者と対照的だ。どのように新しいビジネスを設計するべきか。
日米関税合意で重要論点に
9月にまとまった日米関税合意では米国の発表によると日本は米国の農作物、バイオエタノール、SAFなどの製品を80億ドル(約1兆2000億円)購入するとしている。ただし、この具体的な内容と期限期日はまだ決まらず、曖昧なままだ。しかし、この金額の大きさは、バイオエタノールの活用が日米の外交上の重要問題になったということだろう。
トランプ政権はバイオエタノールの輸入拡大を各国に求めている。その中で、国の規模の大きさ、関税交渉の妥結が主要国の中では一番早かったこと、さらにバイオエタノールが普及していないことから、日本での販売拡大を米国側は期待している。筆者は25年6月に米国の産地とワシントンを訪問して、IEEIに以下の記事を寄稿している。
バイオエタノール、大統領から農家まで日本への輸出に期待【米国取材報告 上】
https://ieei.or.jp/2025/07/ishii_20250704/
バイオ燃料、「食糧を燃料に使うな」批判をどう乗り越えるべきか?【米国取材報告 下】
https://ieei.or.jp/2025/07/ishii_20250707/
そして米国側の提供する情報によれば、バイオエタノールは輸送手段の脱炭素に効果があり、燃焼で有害物質も少なく、安いメリットもあるという。
「信頼できる国とつながりたい」、続く米国の期待
米国の関係者による日本への期待は続いている。9月8日、東京で「米国バイオエタノール供給カンファレンス」が開催された。日本に拠点を置くアメリカ穀物バイオプロダクツ協会の主催によるものだ。会は盛況でビジネスに関係する日米の300人程度の人が出席した。
そこで来日中だったネブラスカ州知事のジム・ピレン氏(共和党)が講演した。家業は農家で、生産したトウモロコシなどを日本に輸出していたという。「日本とのビジネスで裏切られたことはない。私たちは信用できる人と繋がりたい。日本とは、国でも国民同士でも良い関係がある。ネブラスカの農作物とバイオエタノールを日本で使ってもらいたいし、それで両国の関係は一層深まる」と、期待を述べた。
ついでアイオワ、イリノイ、ネブラスカの農業団体の人が登壇。彼らは全員農家で、それをしながら団体のPR活動に協力しているという。知的でプレゼンテンーション能力があり精力的な経営者という印象で、米国の農業が優秀な人によって支えられていると印象に残った。「米国を支える農業に関わることを誇りに思う。友好国日本の皆様に、安心して我が州の穀物とバイオエタノールを使ってほしい」と、3人はそろって述べた。
米国の国内政治の争いに巻き込まれる?
ただしバイオエタノールに関して、同国の共和党、民主党が農家の支持を競い合う政治的に複雑な背景がある。記者は今年6月、米国中西部の産地、そして首都ワシントンで、バイオエタノールビジネスに関わる人々を取材した。そこでトウモロコシ生産者のロビイストの話を聞いた。ロビイストとは米国の制度で、政府の認定の下で、PRや議員への陳情を行い、政策決定にも影響力を及ぼす人々だ。
この人によると、これまでの民主党政権と同党に属する政治家は「脱炭素」を支援した。現在、政権を取り、上下両院の多数派の共和党の政治家の大半は「クリーンエナジー推進に反対、化石燃料が好き」という。業界側は「バイオエタノールで、農家のために新しく市場を広げ、収入を増やそう」と陳情のポイントを変え、政権もそれを受け止めた。「トランプ大統領は農家を愛している。連邦政府が負担をせずに農家の利益になることならなんでもやる。だから日本へのバイオエタノールの売り込みのお願いは、トランプ政権中は続くだろう」と述べていた。
一方で、中西部選出の民主党の連邦議員スタッフの話を聞いた。エタノールの輸出拡大は支持するという。しかしトランプ政権は、合理化の名目で中西部の諸地域で農家の支援プログラムを次々と停止している。また攻撃的な関税交渉を重ねるため、農作物輸出の先行きを見通せなくなっている。「トランプ氏は衝動的に行動するので、農家は不安に思っている。日本との通商交渉も注視したい」と批判した。
どの国でも野党は政権のミスを攻撃するが、米国でもそのようだ。バイオエタノールをめぐる問題は、米国の農家の関心が高いために政争の材料になっている。米国内の政治問題に、突然日本政府と石油業界、そして消費者は巻き込まれ、日米外交で重要な責任を負うことになってしまった。トランプ政権は衝動的に動き、同盟国への配慮なく自国の利益を優先する。もし日本が「約束を破った」などと大統領と現政権に勝手に認定されれば、激しい批判を浴びかねない。
日本側は様子見か -設備投資ためらうSS
そして現時点で、日本の関係者の態度は、筆者の見る限り様子見の姿勢が多く、冷めている。ある関東圏のガソリンのサービスステーション(SS)経営者に話を聞いた。「業況はずっと良くない。バイオエタノールのための新しい設備投資の負担をしたくない」ともらす。「エコで消費者は動かないし、この商材はあまり知られていない。普及するにはどこまで安くなるかが鍵となるだろう」という。米国では、ガソリン燃料より混合燃料は安いために普及した。日本が輸入した場合に、どこまで値段が下がるかは不透明だ。
またこのSSは近くの物流会社のトラックのディーゼルエンジン向けの軽油販売で利益を得ている。しかし米国ではディーゼル向けのバイオ燃料は加工コストが増えるために、あまり売られていない。これからこのビジネスを始める日本でも、元売りはまずガソリンの代替でテスト的にバイオエタノールの供給を始め、軽油代替のバイオディーゼルの販売はまだ先になりそうだという。「今の時点で売り手である私たちの会社にバイオエタノールの大きなメリットは見えない」と述べていた。
賢明な日本の消費者はバイオエタノールのメリットを実感、享受できれば、それを受け入れるだろう。しかしまだほとんど情報はないし、ビジネスの具体的な形はできていない。
自ら動くことで、未来を創造
理想を言えば日本側の石油業界、民間企業や消費者グループが、買い手という有利な立場を利用して、日米両国政府にバイオエタノールの使い方を提案してもいいだろう。言われて動くのではなく、自主的にビジネスの枠組みを構築するのだ。使いやすいエタノールの精製の提案、輸送や使用のための設備の建設協力、受け入れ計画などだ。トランプ大統領を驚かし、動かすほどの提案ができれば、日米関係の新しい歴史を民間ビジネスが作ることになる。
これから始まるバイオエタノールのビジネスで、関係者全てが利益と納得の得られる形での仕組みが作られることを期待したい。その仕組みの設計は今の段階ではかなり自由にできる。














