日本企業は気候カルテル崩壊への備えが必要だ


素材メーカー(環境・CSR担当)

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ESGバブルははじけました。ESG投資の市場規模やファンドの設定本数のピークは2021年でしたが、ちょうど米国でレッドステート(共和党が強い州)を中心に反ESG法が相次いで成立した時期と重なります。筆者も同じ頃からESG投資の実態は普通の投資と何ら変わらないと指摘していましたが、その後欧州でも「見せかけESG」、日本でも金融庁から「名ばかりESG」だと言われています。近年は米国に限らず欧州や豪州でもESGはグリーンウォッシング、詐欺だとして裁判や有罪判決が頻発しています。

こうしたESGの退潮に加えて、米国では2024年より「climate carte (気候カルテル)」という言葉が現れ、取り締まりが強化されています。本稿ではこの1年ほどで起きた気候カルテル崩壊を概観するとともに、日本企業への影響について考えます。

金融機関の脱炭素連合が気候カルテル指定を受け1年で崩壊

米国下院司法委員会が、2024年6月に公開した「新報告書が明らかに:左翼活動家と大手金融機関によるESG共謀の証拠」と題するレポートで、ESGを「カルテル」「反競争法」と断じました。具体的には、金融機関がネットゼロ目標を理由に結託して特定の産業(特に化石燃料関連企業)への投融資を制限したり、資産運用会社に対して彼らの顧客である銀行や融資先の企業を武器化することで脅迫し、脱炭素連合からの離脱を防ぎ組織に従わせるといった行為がカルテルに該当するとされています。

また、国際的脱炭素連合が企業に対してCO2排出量の開示および削減を強制するとともに、組織のガバナンスに手錠をかけ、企業の言論や請願の自由を封じ込めているとも指摘しています。

さらに、ESGを謳うことが顧客を欺く行為であり、社会全体で物価上昇を招き、製品やサービスの生産量・流通量を削減して消費者の選択肢を奪い、車を運転する距離や飛行機に乗る回数や牛肉を食べる量を制限するなど、米国民の生活様式と幸福に宣戦布告をしている、と強烈に指弾しています。

同レポートで気候カルテルと名指しされたCA100+(Climate Action 100+)、GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zer)、NZAM(Net Zero Asset Managers initiative)などの脱炭素連合からは参加メンバーの銀行、保険会社が次々と離脱し、NZBA(Net-Zero Banking Alliance)、NZIA(Net-Zero Insurance Alliance)などは活動停止や解散に追い込まれました。日本でも、2025年3月に三井住友、三菱UFJ、農林中金、東京海上などが相次いてNZBA、NZAMから脱退しました。

司法委員会の調査は水面下で行われていたようですが、公には2024年6月に報告書が開示されてからわずか1年で金融機関による気候カルテルが瓦解したのです。

気候カルテル指定が金融機関から民間企業へ波及

続いて、2025年7月にフロリダ州司法長官がCDP(旧カーボンディスクロージャープロジェクト)とSBTi(科学的根拠に基づく目標イニシアチブ)を気候カルテルに指定し、消費者保護法および独占禁止法違反について調査するための召喚状を発行しました。

同司法長官はリリース内で、「過激な気候活動家は企業のガバナンスを乗っ取り自由市場に対して武器化した」「フロリダ州は、国際的な圧力団体がESG詐欺の資金調達のために米国企業を脅迫するのを黙って見過ごすつもりはない。我々はあらゆる法的手段を駆使し、気候カルテルが企業を搾取し消費者を欺くのを阻止する。」とも述べています。

特に筆者が注目したのは次の指摘です。「CDPと国連グローバル・コンパクトが共同設立したSBTiは、企業に気候目標の検証を売り込み、CDPに戻って進捗状況を報告するように指示し、利益追求フィードバックループを生み出している。」(太字は筆者)

SBTiは企業の2030年半減や2050年ネットゼロなどのCO2削減目標を認定します。一方、CDPは企業からCO2排出量などの膨大な環境情報を取得し、A、B、C、Dなどのランク付けを行う組織です。両者は、それぞれの参加企業に対して、SBTiへのCO2削減目標とCDPへのCO2排出実績を登録するよう推奨し合っているのです。

特にCDPは多くの国際的イニシアチブへの参加を半ば強制しています。参加企業が入力する調査票の中で、SBTiをはじめCA100+、RE100(Renewable Energy 100%)、CERES、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)などが列挙されており、たくさんチェックを入れれば評価が上がる仕組みになっているのです。司法委員会から気候カルテルに指定された組織や日本企業向けのセミナーでよく聞くイニシアチブが多数含まれています。まさに搾取の互恵関係であり、カルテル、結託と指摘されても仕方のない構図となっています。

我々企業のサステナビリティ担当者は、膨大な手間とコストをかけてより多くの国際的イニシアチブに参加することこそが企業価値の向上につながるのだ、これがサステナビリティ活動だ、先進的な企業なんだと思い込まされてきました。しかし、この常識を改める必要があります。これはカルテル、共謀、独禁法違反なのです。企業は多くのイニシアチブに参加するほど生産性や競争力が低下させられます。価格転嫁すれば顧客や消費者の負担となります。いくらイニシアチブに参加しても大気中のCO2は1グラムも減りません。企業は搾取され続け、イニシアチブやコンサルが儲かるだけなのです。

イニシアチブだけでなく参加企業もカルテルとみなされるリスク

さらに2025年8月、米国23州の司法長官が連名でSBTiに対して独禁法違反の調査を開始すると公表しました。今回はさらに踏み込んだ内容になっており、「SBTiとその基準に従うことを約束した企業は州の消費者保護法と連邦および州の独占禁止法に違反する可能性がある。」「一部の経済協定は不公平であったり競争に対して不当に有害であったりするため違法となる。その背後にある『善意』は無関係だ」と明言されているのです(太字は筆者)。つまり、SBTiという組織だけでなく、SBT認定を取得した企業に対しても独禁法違反、消費者保護法違反とみなす可能性が指摘されています。

日本企業は、CDP、SBTiにそれぞれ2,000社超が参加しており、いずれも世界最多の国になりました。これは日本企業が世界で最も脱炭素、サステナビリティに対して真面目に取り組んでいることの証左です。しかしながら、一転してカルテルとみなされるリスクが出てきました。

もちろん、日本企業がSBTiに参加するのは、地球温暖化を防止するため、CO2排出量を削減するため、サステナビリティ活動や企業価値向上の一環で、などよかれと思って取り組んでいるはずですが、このような「善意」は無関係だと23州の司法長官が明言しています。独禁法は強行法規ですので、背景や理由や当事者間の合意は関係なく、行為や事象そのものを罰するのだという司法の姿勢が明らかにされました。

狭義の意味でカルテル、共謀、談合に該当し独禁法違反となるかについては司法の判断をまたねばならず数年先になります。しかしながら、広義の意味で法の精神に触れているため司法長官が連名で告発したのです。

仮に、自社の顧客やサプライヤーが日本の法務大臣や公正取引委員会からカルテル、談合などの指摘を受けたら、即刻取引を見合わせたうえで、司法の結論や罰則などをみてから取引の再開について慎重に検討するはずです。工場の現場で事故や労働災害が起きたら、即刻生産ラインを止めて、安全対策とその効果を検証してから当該設備や機械を慎重に再稼働するはずです。気候カルテルだけ様子見をしよう、という事なかれ主義はリスクを過小評価することになります。

民間でも気候カルテル離脱の兆し

実は、すでに海外でSBTi離脱ドミノの兆しが見え始めました。スイスの保険会社スイス・リーと、カナダ最大の保険会社マニュライフが2025年9月にSBTiからの脱退を表明しました。

SBT認定は世界中で毎年数百社も加入・離脱があるため通常の入れ替わりの一環かもしれませんが、興味深い点があるのです。スイス・リーは2025年3月に、マニュライフは2025年5月に、それぞれSBT認定を取得したことを公表したばかりでした。ところが数か月後に一転して離脱を決めたのです。この間に起きたことは7月の気候カルテル指定以外に考えられません。この2社が気候カルテル指定を重く受け止めて離脱したのであれば、とても迅速な経営判断だと思います。

また、CDP、SBTiとは別の企業連合についても気になる動きがあるのでご紹介しておきます。
Nestle quits global alliance on reducing dairy methane emissions | Reuters(2025年10月9日付)

ネスレ、乳製品由来のメタン排出量削減に関するグローバルアライアンスを脱退
食品大手ネスレは水曜日、酪農が地球温暖化に与える影響を軽減することを目的としたメタン排出削減のための国際連合から脱退したと発表した。
Dairy Methane Action Alliance(酪農メタンアクション連合)は2023年12月に発足し、ダノン、クラフト・ハインツ、スターバックスなどの加盟企業が、酪農サプライチェーンからのメタン排出量を公に測定・開示し、排出削減計画を段階的に公表することを約束していた。
この動きは、地球温暖化の影響を制限しようとしている企業連合にとって最新の打撃であり、ドナルド・トランプ米大統領がさまざまな気候保護イニシアチブを解体している中で起こっている。例えば、いくつかの大手銀行は、炭素排出量削減の取り組みを主導するこの分野の主要団体から脱退している。

2050年に酪農由来メタンの排出量ゼロをめざす企業連合からネスレが離脱したとのことです。筆者はこのような組織があったことを初めて知りました。いわば牛のゲップゼロアライアンス。活動の柱として酪農由来メタン版(これってつまり牛のゲップ版)スコープ3の測定・開示に取り組んでいるのだとか。筆者にはとても正気とは思えません。世界最大の食品メーカーであるネスレが離脱したら早晩他のメンバーも続くのではないでしょうか。

そしてもうひとつ重要な点を。ネスレはスイス企業です。筆者は、気候カルテル崩壊が金融機関から民間企業へ、そして米国から欧州へと、徐々に波及し始めたのではないかと受け止めています。繰り返しになりますが、金融機関の脱炭素連合は当局による気候カルテル指定からわずか1年で崩壊したのです。CDP、SBTiにそれぞれ参加している2,000社の日本企業も今後の動向を注視する必要がありそうです。

なお、上記ロイター記事で触れられており、日本企業のご担当者やコンサル等からもよく聞きますが、「トランプ大統領が反ESGや気候カルテル解体を行っている」という認識は時系列から言って誤りです。トランプ大統領の就任は2024年11月ですが、レッドステートにおける反ESG法の成立は2021年から始まっていましたし、下院司法委員会が気候カルテルレポートを公表したのは2024年6月です。ESG投資の市場規模はバイデン政権だった2022年にピークアウトしています。トランプ大統領の就任がきっかけではないのです。

本稿に関連する内容をキヤノングローバル戦略研究所杉山大志チャンネルで話しました。ぜひご覧ください。

米国はESG違法 欧州も脱炭素骨抜き-逃げ遅れる日本 – YouTube

上の動画で話しているスコープ3の元ネタは昨年のIEEI記事です。以下で動画よりも詳しく解説していますのでこちらもぜひご覧ください。

スコープ3義務化という愚 – NPO法人 国際環境経済研究所|International Environment and Economy Institute
スコープ3の算定・開示が義務化された世界を想像してみます – NPO法人 国際環境経済研究所|International Environment and Economy Institute