火入れの不足が北米の山火事を悪化させている

印刷用ページ

監訳 杉山大志  訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア
The North American Fire Deficit: A fascinating new study with incredible findings
The Honest Broker
2025.2.13
https://rogerpielkejr.substack.com/p/the-north-american-fire-deficit
を許可を得て邦訳したものである。

(訳注:山火事による焼失面積が抑制されると燃料となる樹木が蓄積され、結果として大規模な山火事の発生による大災害が発生する‐この焼失面積の抑制を山火事の不足と呼ぶ)

スモーキー・ベア(山火事削減キャンペーンのマスコット)には申し訳ないが、
私たちはこれほど沢山の火災を防ぐべきではなかったのだ。

今週『Nature Communications』誌に掲載された注目すべき新たな論文では、北米における山火事の過去の記録について考察している。近年の焼失面積の増加にもかかわらず、北米の様々な森林では焼失面積の抑制が続いている(A fire deficit persists across diverse North American forests despite recent increases in area burned)、というものである。論文の著者、Parksらは、北米におけるここ数十年の大規模な山火事は決して異例なものではないことを次のように明らかにしている:

「樹木の年輪燃焼痕に関する1851年の現場と米国およびカナダ全域の現代の火災周縁を調査した結果、近年の火災の増加にもかかわらず、1984年から2022年にかけて、多くの森林および森林生態系で実質的かつ持続的に火災不足が発生していることが明らかになった。NAFSN(北米年輪火災痕ネットワークNorth American tree-ring Fire-Scar Network)の調査地域では、2020年のようなアメリカ西部での最近の大規模で「記録的」な火災が複数年あったにもかかわらず、現代の火災発生数は依然として歴史的なレベル(1600-1880年)をはるかに下回っている。1984年から2022年の間に特に広範な地域で火災が発生した個々の年は、調査地域の大部分における過去に起こった活発な火災と比較すると、前例のないようなものではなかったのである。歴史的に見ると、特に森林での火災が多かった年の山火事は、最近と比較して、空間的に広範囲に広がっており、また、偏在していた。」

論文の重要な調査結果については後ほど触れるとして、まずは、『Nature Communications』が論文と一緒に掲載している、論文の査読時のコメントを見てみよう。

査読者2は、彼らの結果が 「否定論者に利用される 」ことのないよう、著者たちに強調部分の変更を求めている:

「私は、この論文は気候変動の影響を否定する人たちに利用される可能性があると見ている。可能であれば、焼失面積よりもむしろその影響をさらに重視するような言い換えをして欲しいと思う。」

それに対して著者たちは、現代の気候科学では”そうあらねばならない”対応をしている:

「私たちは、気候変動否定論者が私たちの調査結果を誤用するかもしれないという懸念は共有している。」

彼らが論文の「使用(use)」に関する査読者2の懸念を、より適切な「誤用(misuse)」に関する懸念に微妙に変えていることに注目されたい。もちろん、自分と政治的立場が異なる者が論文をどのように利用・誤用するかという懸念は、査読とはそもそも無関係であるべきだ。だが、残念ながら今日の気候科学においてはそうではない。皮肉なことに、この論文では気候の変化や気候への影響についての分析は行われておらず、査読者2の懸念は一層不適切なものとなっている、と言えよう。

それでも、この論文は査読を通過した。しかし、この小さなエピソードは、気候研究には常に政治的な影が落とされていることを物語る。気候否定論者に酸素を与えるな!という訳だ。

さて、論文に戻るとしよう。

著者はまず、次のような重要な質問を投げかけている(太字強調部分):

「19世紀後半から20世紀半ばにかけての年間平均焼失面積は、北米の多くの森林において、過去の森林管理の下で記録された面積と比較すると一般的に下回っており、その結果、それ以前の時代と比較して20世紀は「山火事不足」が広がっていると言える。しかし、過去数十年の間には、山火事による焼失面積は、北米の大部分で増加している。この間(1980年代半ば~現在)、いくつかの地域では例外的に焼失面積が多い年があり、近年の山火事は前例がないものなのかどうなのかという疑問が投げかけられている。1980年代半ば以降、北米の一部地域で焼失面積が急速に増加している中で、果たして“火災不足”が縮小あるいは消滅しつつある可能性はあるのだろうか?

この疑問に答えるため、彼らは森林火災によって生じた樹木の年輪燃焼痕に関する新しいデータセットに注目した。下の地図は、調査対象地域を六角形グリッド(ヘクセルと呼ぶ)で示したものである。

Parks et al. 2025における調査地域。

科学論文を読んでいて、「これはすごい!」と思うような結果に出会うことはあまりない。しかし、これはまさにそうしたケースのひとつである:

「2020年は、NAFSNに登録されている地点の6%で火災があり、現代においては火災を記録した地域の割合が最も高い年であった。しかしこの割合は、過去最も広範囲に火災が発生した年(1748年)の29%をはるかに下回り、NAFSN観測地点の歴史的な年間平均6%と同じであるにすぎない。」

驚くべきことだ!

以下の表は、地域ごとの火災の不足の大きさを示しており、これは実に様々である。全体として見ると、山火事発生率は過去の発生率から推定される率のわずか23%に留まり、膨大な山火事不足が累積していることがわかる。

地域別の火災の不足。左から順に、観測された燃焼回数、期待される燃焼回数、その両者の比(パーセント)
出典:Parks et al. 2025の表2。

下図は、現代の森林火災の発生率を歴史的背景に照らし合わせ、現代の森林火災分布(オレンジ色)と歴史的な分布(紺色)をヒストグラムで表したものである。統計学の専門家でなくても、この分布が驚くほど変化し、山火事の大きな不足を示していることがわかるだろう。

図2:Parks et al. 2025の図説(地域ヒストグラムは図3も参照のこと)
分析結果は、NAFSN地点が焼失した割合(a)と、ヘクセル内の地点が焼失した割合(b)を示している(ヘクセルマップは図1参照)。
参考までに、過去の期間(a; 表2)では、NAFSN観測地点の平均6%が焼失し、ヘスセルに基づく分析では、過去の期間(b)では、平均7%の地点が焼失した。

なぜ山火事は少なくなったのか?Parks et al. 2025ではこう説明がなされている。

「結果として、気候が温暖化しているにもかかわらず、ここ数十年のNAFSNにおける森林の焼失率は、大陸の大部分において過去の焼失率を大幅に下回っていることが明らかになった。このような差は、積極的な火災の抑制、伝統的な焼畑の停止、土地開発や他の土地利用(森林や林地の農業への転換など)による森林の消失や分断化が原因であると考えられる。過去と比べて今日の森林火災が大幅に減少したことは、一見望ましいことのように思えるが、森林の構成、構造、連続性を大きく変化させ、逆に多くの点で悪影響を及ぼしている。」

このような大規模な 山火事の不足の発生は人の仕業によるものである。著者は、人為的な森林火災の抑制による変化が、実際に発生した時に火災をより激甚化させていると指摘している。

「北米西部の森林の多くにおいて、特に今回分析した樹木の年輪燃焼痕に示されるような地域では、火災を免れたことで、大量の枯れ木が積もったり、そういった”燃料”の連続性が高まったりしており、必然的に森林が燃えたときの火災の激甚化が増している。現代の森林火災では、焼失面積に占める激甚度の高い火災(樹木の死亡率が高い)の割合が増加しており、リスクの深刻度の高い地域は、より大きく、よりつながっている傾向にある。従って、過去の火災体制のもとで予想されるよりも火災の発生が少ないとはいえ、その深刻さと生態系への影響という観点から見れば、最近の火災はこれまでにないものである、とも考えられる。」

森林への人為的な影響が大きいからといって、森林火災にも影響を与えるような気候の変化がないわけではない。だが、生態系の管理(意図的かどうかは別として)が、“火災を助長するような気候条件に対する温室効果ガス排出が及ぼすもっともらしい影響”よりも、はるかに大きな影響を山火事の発生に与えていることを意味していると言えよう。

これは簡単な計算で明らかだ。上記の図2aを見ると、2020年には6%の地域が火災で燃えていることがわかる。温室効果ガス排出による気候変動がなければ、この数字はわずか3%だったと仮定してみよう。つまり、この思考実験においては、気候変動によって焼失地点の数が倍増したことになる。

しかし、現代の気候変動がなかったとしても、1748年には29%の森林が焼失した。つまり、森林生態系に対する人為的な変化は、想定される人為的な気候の変化(すなわち、29%から3%に対して3%から6%)よりも、約1桁も大きかったということになる。

もちろん、この思考実験においてすら、気候の変化が火災発生に果たすと予想される役割をかなり誇張している。つまるところ、現実の社会では、森林管理が非常に重要であることが確かなのだ。

現実の世界では、森林管理の方が”桁違いに”重要なのである。これは、最近の山火事の原因を「気候」に求めるという、よくある床屋談義に対して重要な意味を持つ。まさに木を見て森を見ず、ではないか。

Parks et al. 2025の中で著者らは、次のように、北米にはもっともっと多くの山火事が必要だと指摘している(以下太字強調部分)。

「具体的な対策としては、計画的火災の大幅な増加(10倍から100倍)、計画的火災と組み合わせた機械的間伐、生態系の自然なプロセスとしての火災を、安全な場所や時期において適切に管理すること、などが挙げられる。このような先手を打てば、将来的に想定外の火災が発生しても、社会や森林生態系への被害が少なくて済む可能性が高くなり(つまり、火災の激甚化が低くなる)、有史における森林管理体制が崩壊するはるか以前の、伝統的な社会がそうであったように、私たちは山火事とうまく共存できるようになる。」

著者らは、気候変動が前例のないほどの森林火災の増加に拍車をかけており、ひいては温暖化抑制政策が成功した世界では森林火災は減少するはずだという一般的な説(皮肉なことに、この論文の共著者の何人かはこの説の推進に一役買っている)に、自分たちの調査結果が反していることを、次の様にはっきりと認めている。

「過去数十年間、北米の大部分で温暖化に伴う焼失面積の増加が多くの研究により報告されている。これらの研究を踏まえると、森林管理者や一般市民は、現代の社会経済的な火災被害が増加しているにもかかわらず、多くの森林生態系では深刻な火災不足が続いていることを知って驚くかもしれない。」

当然、気候変動は現実であり、リスクもある。経済活動において脱炭素化を加速させることは、気候変動だけでなく、多くの理由から理にかなっている

しかし、未来における森林火災の抑制は、理にかなった理由とは言えない。森林火災の発生や激甚化を緩和するために使用できる二酸化炭素排出抑制の手段などないのだ(一部の人たちはそう信じているようだが)。

事実として、北米のほとんどすべての地域において、驚くほど大きな山火事の不足がある。Parks et al. 2025が論じるように、将来の火災を制御する最善の方法は、より多くの火災を含め、森林管理の強化改善を図ることなのだ。