米国トランプ政権が拍車をかける原子力政策と懸念
前田 一郎
環境政策アナリスト
米国トランプ大統領は、政権発足後米国エネルギー政策強化の一環として原子力発電に拍車をかけるため関係団体と議論を重ねており、5月23日に以下の4つの大統領令にサインをした。これらはエネルギー自立、他国への優位性の確保を目指す「エネルギードミナンス戦略」の一環をなしている。
原子力規制委員会の改革
トランプ政権はこれまで政府系団体へのコントロールの強化を目指してきたが、連邦エネルギー規制委員会(FERC)、原子力規制委員会(NRC)もターゲットにする。すでに同様の大統領令は2月に発出されているが、今回特にNRCに原子力事業者への規制を軽減することを求めている。ホワイトハウスはNRCが設立されてから原子力発電所の建設が減少していることをNRCの過剰規制のせいであると批判しており、より安全で低廉なエネルギーである原子力により効率的に焦点を合わせるべきであるとしている。そうしたうえで原子力のグローバルリーダーになること、国内に一層の展開を図ること、2024年の設備容量1億kWから2050年には4億kWにすること、AIなどの新技術を利用すること、既存炉の運転延長を図ること、などを目指すとしている。トランプ政権の規制緩和政策全体の中にNRCの規制見直しを取り入れるのは驚くべきことではない。既存の原子力発電所のパフォーマンスや新技術の固有安全性などの点から、国民の原子力に対する支持が改善していることなどを背景としている。新チームにより新規炉については18ケ月のうちに申請に対する審査を、既設炉の延長の決定は1年以内に迅速行えるようにすること、ALARAと呼ばれる放射線防護管理の合理化、国防省・エネルギー省の行っている炉型の承認プロセスのスピードアップ、マイクロリアクターおよび小型モジュール炉への一括ライセンシングのプロセスなども含まれる。
安全保障のための新型原子炉技術の展開
国防省およびエネルギー省は、重要防衛施設に自前の原子力施設をもつことが必要である。そしてそのために2028年9月までに原子力発電施設の利用可能なプログラムを策定させ、エネルギー省が国防省を支援するよう求めている。また、すでに知られているとおり、エネルギー省は以前からAI用データセンターと隣接した新型原子炉をエネルギー省所有地で建設することに取り組んでおり、この検討を迅速化することをエネルギー省に指示している。また、国内燃料サイクル推進も求めており、特に新型炉に必要なHALEUと呼ばれる高純度低濃縮ウランプログラムは、DOEから迅速に提供されなければならないとしており、これらの国外への技術輸出に際しては米国と当該国の間で原子力支援に関わる二カ国間協定の締結が必要となる。国務省は新たに20か国との協定を視野に入れていると言われている。ホワイトハウスは商務省などに90日のうちに国際競争力のある米国原子力輸出のための戦略をたてることを求めている。原子燃料サイクルチェーンの提供および原子力損害の補完的な補償に関する条約の締結も同時に求めている。
エネルギー省原子力実験施設改革
エネルギー省は60日以内に実験のための炉型の定義を示し、90日以内に新型炉のレビュー、承認・展開のプロセスを“顕著に加速する”ため規制の見直しを行うこととしている。これらの対応は主としてアイダホ国立研究所の新型炉建設・実験の促進を容易にさせることを目指している。
原子力産業基盤の再活性化
エネルギー省は240日間に使用済燃料および高レベル廃棄物処理支援および新型炉の開発・展開に関する方針を策定するためのレポートを作成することが求められており、また120日間にエネルギー省は国内にウラン転換および濃縮能力拡充のためのプランを策定することとする。また、エネルギー省は2030年までに既存炉の出力を500万kW増加させ、10基の大型新設原子力の設計を完成させることが求められる。そしてそのために認められた新型炉に対する助成、融資、投資、連邦からの支援などの優先的ファンディングを行うということとしている。
ところで、これら大統領令には各界の反応はさまざまである。アメリカ原子力学会は大統領令専門家諮問グループを作り、トランプ政権にインプットすることを始めた。まず同グループは国内燃料サイクルに関する対応はこれまでのアメリカ原子力学会のこれまでの主張と合致しているものとして、これを歓迎している。しかし、産業界に提供するときはしっかりした防護措置・計量管理を必要とすると釘をさしている。この点HALEU燃料の提供はエネルギー省が支援するプロジェクトに限定するべきであるとしている。ファンディングについてはインフレ抑制法に盛り込まれていた発電税額控除、投資税額控除、エネルギー省ローン補助などが、現在議会で審議されている大型減税法案にても維持されることが大事であると述べている。また、単に世界のリーダーになるためだけではなく将来の産業界のニーズに応えるためにも人材の強化は重要であると述べ、特に二カ国間協定などはエネルギー省および国務省に十分な経験のある人材の配置が必要であると強調している。NRCについても人員の削減はNRCに求められた対応のためのタイムラインを守るのを困難にさせるかもしれないと懸念を表明している。アメリカ原子力学会は新型原子炉技術の進展のためには重要な一歩だと評価する一方で、これらを成功裏に実現ならしめるためには予算、省庁間協働、人的・インフラへの持続的投資、規制の現代化が政策面で必要であると注文をつけている。実際本大統領令はこれまで産業界がロビーイングしてきた内容を取り込んでおり、これらの論点は新しいものではない。しかしながらNRCの改革は、求められているタイムラインおよび人員の問題に疑問を提起させているといえよう(関係機関の人員削減を進めながら改革は可能か疑問との意見もある)。
この大統領令に対して即座にアーネスト・モニーツ、ジョン・ドイッチ両氏は「原子力ルネッサンスを進めるために」という論評を発表した。モニーツ氏はオバマ政権下でエネルギー省長官を、ドイッチ氏はクリントン政権下で国防副長官を務めている。その論点は以下のとおりである。
〇原子力の技術のイノベーションは新型炉の設計・次世代の技術の発展を中心に原子力の明るい将来に寄与する。多くの環境グループおよびハイテク産業が原子力に向かっているのはカーボンフリー電源の選択が少なくなっていること、および再生可能エネルギーに信頼性を提供しなければならないことが、電力需要の増加の見通しのもと重要と考えられるようになっているからである。多くの安全保障専門家が原子力の拡大は、それが核兵器に転用されないと前提が保証されているかぎりにおいてこれを支持している。新型炉の設計も一層の安全性のもとにつくれることが支持の前提となっている。
〇NRCへのタイムラインの設定および連邦所有地の利用については国家環境政策法の要件を軽視させる可能性もある。また再処理・プルトニウムサイクルの進展を求めているが、これは核兵器転用市場を作る安全保障上の懸念を喚起する。また、経済的ではなく、困難な廃棄物処理の流れを作り出す。
〇原子力拡大のために触れなければならない点は、新規発電所建設で膨大なコスト超過が電気事業者・規制当局にとって問題になることである。しかし、そのための措置に触れられていない。原子力ルネッサンスのためには官民のリスクシェアリングを大統領はサポートをするべきである。
〇同じ設計で単位コストを下げて初期段階で財務的リスクを低減、経験を共有することが原子力ルネッサンス実現のために最も高い優先順位が与えられなくではならない。そうすることが民間資本を呼び寄せることにもつながる。
ワシントンではいわゆるMAGA支持者が増えてきている。一方で伝統的な共和党支持者は今声を挙げにくくなっている。国際貿易・経済が米国にとってももっとも重要なドライバーであるべきであると信じているので、かれらはトランプ政権の方向性そのものに疑問を感じており、もしトランプ大統領への全米での支持が揺らいできたら、声を再び挙げ始めることもありうる。今回の大統領令の中の規制改革のうち国家環境保護法との関係で、その制度運用には原子力推進のため多少緩和することは考えられる。しかし、安全面での規制緩和については、長らく米国の原子力の信頼度が上がってきたことが現在の原子力への信用の回復につながっていることを考えると、慎重であるべきで産業界も現実的に受け止めているものと考えられる。
参考資料
- White House President Trump Signs Executive Orders to Usher in a Nuclear Renaissance, Restore Gold Standard Science
- Nuclear Newswire ANS, nuclear experts study Trump’s executive orders to overhaul industry
- Advancing a Nuclear Renaissance by Ernest Moniz and John Deutch