2100年人口5100万人の国、日本は「持続可能」なのか
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
一時、「Sustainable(持続可能)」という言葉がよく使われたが、その典型のような例に出くわしたことがある。コロナ禍前、ロンドン出張時に繁華街のリージェントストリートを歩いていた時に、お店のショーウィンドに「Sustainable Luxury」と描いてあった。「持続可能な贅沢」は高いけれども長く使えると品物だろうと想像したが、時間がなくお店に入り確認できなかった。その後調べたところ、アップサイクル(不用品を付加価値の高いものにして販売する)のお店のようだった。
「Sustainable」は、気候変動により地球が持続可能でなくなるとの文脈で用いられることが多い言葉だが、何にでも使える便利な言葉だ。では、具体的に何の持続可能性を指すことが多いのだろうか。企業でもサステイナビリティ部という部署があるくらいだが、何をしている部か理解できない人もいるだろう。気候変動だけが持続可能に関係している訳ではなさそうだ。
米国スコット・ベッセント財務長官が考える持続可能性
米国のベッセント財務長官は非公開の会合で株価に影響を与える発言をすることがあり、出席していた人だけは株の売買により利益をあげることが可能と指摘されている。メディアからは、「講演料はいくらなのか?」と疑問の声もあがるが、公開されているスピーチで「sustainable」に触れることもある。4月下旬の国際金融協会の講演ではベッセント長官は、次のように述べている。
「長く続く大きな貿易不均衡は持続可能ではない。米国にとって持続可能ではなく、最終的には他国も持続可能ではない。持続可能性が金融関係でもよく使われる言葉と知っているが、私は気候変動とかカーボンフットプリントの話をしているのではなく、経済あるいは金融の持続可能性、つまり生活水準を向上させ、市場を機能させる類の持続可能性について話をしている。国際金融機関は、その使命を成功させるためには、この種の持続可能性を鼓舞することに唯一集中すべきだ」。
持続可能な発展が、将来世代が現世代よりも幸福であること、つまり現世代よりもよりよい生活を享受できることと定義されるのであれば、ベッセント長官の主張は当然のことのように聞こえる。しかし、依然として持続可能は気候変動問題を指し、温室効果ガスの排出を抑制することと考える人もいるだろう。では、日本という国の持続可能性を考えた時に最初にくるのは気候変動、温暖化問題だろうか。
日本は持続可能な国なのか
持続可能という言葉が、社会、経済、環境全てに関係するのは当然だ。気候変動問題を解決した結果、経済が破綻し社会不安が起きるのであれば、その解決策は持続可能とは呼べない。社会が持続可能であるためには、優先課題がある筈だ。それは、温暖化問題だろうか。
いま、日本が考えなければならないのは、社会の持続可能性だ。日本の人口は2008年12月の1億2810万人をピークに減り始め、2023年1億2441万人に減少している。15年間で3%の減少は、それほど大きくないので、あまり人が減ったとの実感を持つことは少ない。特に東京など人口が増えている都市部に住んでいれば、なおさらだが、この数十年で大きく人口が減った地域もあり、そんな地域ではシャッター商店街が出現し、住んでいる方は人口減と高齢化を実感しているだろう。商店、ガソリンスタンドもなくなり、生活も不便になっただろう。
人口が減っても、経済成長が不可能になるわけでもないし、デフレになるわけでもない。1人当たりの生産性が人口減を上回る比率で増えれば、経済が成長することも可能だ。世界には人口減の中で成長した国も当然ある。
しかし、これから日本が経験する人口減少は、いままでどの国も経験したことのないスピードで進む。人口減が本格化するのは、これからだ。国立社会保障人口問題研究所の予測では、2050年までの間に全国の人口は18%減少する。地域により減少のスピードは異なり、2020年との比較では東京都のみ人口が増えるが、残りの46道府県では全て人口が減少する。特に、東北、四国などでは、大きな人口減少が予想される(図-1)。
2070年までの出生中位の人口推移予測は図-2の通りだが、2100年の人口は、中位予測で6278万人。いまの約半分。低位予測では5104万人だ。当然だが、ここまで人口減少のスピードが速いと、1億3000万人を前提に建設されたインフラ、道路、鉄道、上下水道、エネルギー設備などの維持が困難になる可能性が高い。縮小する国内市場の中で経済成長の実現も大変難しいのではないか。インバウンド需要に期待する声もあるが、観光産業が作り出す一人当たり付加価値額は小さく、また特定の地域に集中している。残念ながら多くの地域の所得を増やす産業ではない。
日本は何をすべきなのか
いま、日本が考えるべき持続可能性は、第一が人口の維持。そのための所得の向上策だ。人口減少の大きな理由の一つは、結婚しない人が増えていることだ。多様化もその理由だが、所得が低いために結婚できない人も多くいるように思える。図-3の通り、男性の所得と結婚には相関関係がある。まず、日本の持続可能性の維持は所得の向上にある。なによりも優先する課題ではないだろうか。
そのために何をすれば良いのだろうか。脱炭素ビジネスによる成長が謳われているが、実現には困難が伴う。脱炭素は、エネルギー、商品価格の引き上げにつながり経済と家計の負担を増やす。コスト競争力のある脱炭素技術がイノベーションにより出現する可能性は、エネルギーの歴史を見る限り低い。
「環境ビジネスにより経済成長」の標語は、失われた30年間に何度か使われたが、その結果はご存じの通りだ。たとえば、2010年の成長戦略の目標の一つは、環境立国日本により2020年50兆円の出荷増と140万人の雇用創出だった。それが実現したのは、日本ではなく中国だった。温暖化対策による経済成長は難しく、対策はエネルギーコストを引き上げ、経済と生活に影響を与える。日本社会が大きなエネルギー価格上昇を受け入れる余裕は、残念ながらほとんどない。
日本は生産性が高い需要が増える分野への限られた資源の集中的な投資により給与増を図るべきではないか。人口減少社会でも、新たに大きな需要が生じる分野はある。生成AIの利用を支えるデーターセンター、それに必要な半導体製造、必要な電力を供給する小型モジュール炉などの脱炭素にも貢献する発電設備だ。集中的に投資と支援を増やし、少しでも人口減少を食い止める政策が必要だ。日本は、どの国よりも、持続可能かどうかの瀬戸際にいる。