ドイツ新政権の多難なエネルギー政策
三好 範英
ジャーナリスト
ドイツでは今年(2025年)5月6日、キリスト教民主同盟(CDU)のフリードリヒ・メルツ党首が、下院で新首相に選出される見通しだ。メルツ新政権はウクライナ戦争への対応、移民難民問題などで就任早々、多難な課題に直面するが、ここではエネルギー政策に絞って、政策の行方を考えたい。
今年2月23日実施の総選挙で、中道保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第1党となり、第3党の中道左派の社会民主党(SPD)と連立交渉を行ってきたが、4月9日にまとまり、連立協定が公表された。
政権発足後は、変動する内外の情勢に対応するために必ずしも協定の通り政策が実施されるわけではないが、メルツ政権が進む大きな方向性は読み取れる。
協定が掲げる最重要の目標は、国際的に競争力のある産業国家として、AIなどのイノベーションを先導し、再びドイツ経済を成長に乗せることだ。そのために重要なのが、「低額で予測可能なエネルギーコスト」である。
これまでの、緑の党主導で進められてきたオラフ・ショルツ政権の環境優先政策が、エネルギーコストの上昇を招き、ドイツが本来持っていた産業基盤を弱体化させ、一昨年、昨年と2年連続でマイナス成長に陥った大きな原因とみているからだ。
ショルツ政権の連立協定が、「気候変動対策こそが現代の最も大きな挑戦の一つ」として、再生可能エネルギーの拡大を「中心プロジェクト」としていたのとは打って変わり、メルツ政権の協定は、「技術革新に依拠しながら、気候保護、経済競争力、社会的均衡をともに実現し、産業国家にとどまる」ことを目標に掲げている。「ドイツとヨーロッパの気候変動対策目標を堅持する」としながらも、イデオロギー性を排除したバランスの取れたエネルギー政策の実現である。これまで根強い反対意見があった二酸化炭素回収・貯蔵(CCS)を可能とする法案の成立を目指すことも盛り込んだ。
しかし、ショルツ政権与党だったSPDは再び政権入りし、特にSPD左派はイデオロギー色が強く、また野党になったとはいえ、緑の党の影響力は依然として強い。連立協定合意にこぎつけたが、メルツ首相をはじめCDU・CSUが、経済優先の政策をどこまで貫くことができるかは未知数である。
電力の安定供給、気候変動対策、対ロシア依存からの脱却などの理由で、ヨーロッパでは「原発ルネサンス」というべき原発増設が進められているが、ドイツの反原発イデオロギーは強く、予定よりも4か月半遅れたが、2023年4月15日、ドイツの原発はすべて稼働を停止した。
経済優先で政策を進めるのであれば、原発再稼働は検討に値すると考えるのが自然である。実際、総選挙を前にCDU・CSUが公表した選挙公約では、「原子力エネルギーの選択肢」という項目を立て、気候変動対策目標の達成やエネルギー安定供給の観点から、原子力エネルギーは重要な役割を果たすとして、第4、第5世代原発、小型モジュール炉、核融合炉に関する研究推進とともに、廃棄した原発を再稼働させることができるかどうか、早急に調査を行うと盛り込んだ。
しかし、新政権の連立協定では、原発の活用に関する記述は消えた。唯一言及されているのは、環境問題等でとかく制約が多いドイツの科学研究の自由を拡大することを訴える項目で、核融合研究推進をうたった箇所だけである。
連立協定で原発政策の見直しを盛り込まなかったのは、連立相手のSPDの意向を取り入れざるを得なかったことに加え、野党になったとはいえ緑の党の意向も軽視できなかった事情があるのだろう。
3月18日、CDU・CSU主導で、国防費増額やインフラ整備のための5000億ユーロの基金設立のために必要な憲法改正が行われ、その際、下院議席の3分の2以上の賛成を得るため緑の党の協力を得た。そのいわば見返りとして、インフラ整備基金のうち1000億ユーロを気候変動対策に充てることにしたが、脱原発政策の堅持もその取引に含まれていたのだろう。
緑の党は全ドイツ16州(ベルリン、ハンブルク市などを含む)のうち7州で州政権与党となっており、法案によっては州代表から構成されるドイツ参議院(上院)での賛成を得ねばならず、今後も緑の党の意向は無視できない。
天然ガスについても合意形成は難しい。新政権の連立協定には、2030年までに20GWのガス発電所を建設することを掲げた。再生可能エネルギーの導入が拡大し、石炭発電所も縮小する中で、不安定になる電力需給を調整するのはガス発電所しかない。
3月下旬、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、ウクライナ戦争をめぐる米国との交渉でガスパイプライン「ノルトストリーム」(NS)の復旧も話し合うと表明すると、CDUの数人の下院議員がすぐさま、歓迎するとの意向を示した。復旧には5億ユーロ(約700億円)が必要との試算があるが、安価なエネルギーを求める産業界の要請がいかに強いかを物語る。
2本建設されたNSは、ロシアからドイツに天然ガスを直接供給するバルト海海底のガスパイプラインで、ロシアに対するエネルギー依存を招くという批判を招き、NS2は稼働に至らず、NS1もロシアのウクライナ侵略のために供給を停止した。さらに2022年9月、NS1、2ともに、何者かによって爆破され、使用できない状態になった。
経済再建を掲げるメルツ新政権にとって、安いエネルギーの確保は重要だ。ただ、ドイツがヨーロッパ他国に先駆けてロシアとの関係改善を行うことは、国際的に大きな反発を招く。国内でも緑の党は、対ロシア依存を再び高めることに強く反対している。
今年の経済成長率は0%と予想されており、経済状況は依然として厳しい。インフラ整備のための5000億ユーロの基金からの支出も、景気浮揚の効果を発揮するには時間がかかる。メルツ新政権は、内外の様々な考え方が交錯する中で、エネルギーコストを下げ、経済復活に活路を開くことができるかが問われている。