欧州ヒートポンプ市場の急成長と日本への示唆


一般財団法人ヒートポンプ・蓄熱センター 国際・技術研究部課長

印刷用ページ

欧州で爆発的な成長を遂げるヒートポンプ市場

 欧州でヒートポンプ市場が目覚ましい成長を遂げている。欧州ヒートポンプ協会(EHPA)の統計によると2021年は前年比34%の成長、2022年はそれを上回る39%の成長を遂げ、市場は2年間でおよそ2倍に成長した計算になる。EHPAによれば、2023年から2030年末までの8年間に欧州全体でさらに約4千3百万台が導入されるとの予測もあり、その成長ぶりは留まるところを知らない。


出典:欧州ヒートポンプ協会(EHPA)“European Heat Pump Market and Statistics Report 2023

脱炭素化やエネルギー安全保障で期待される「古くて新しい」ヒートポンプ

 来年2024年はフランスの物理学者カルノーによるヒートポンプの原理の発表から200周年にあたる。このヒートポンプが「古くて新しい」技術として注目を集めているのはなぜか。

 第一に、欧州脱炭素政策の後押しがある。欧州委員会は「欧州グリーンディール(European Green Deal)」やその対策パッケージ「Fit for 55」を打ち出し、積極的な脱炭素政策を推し進める。2020年7月に発表した「EUエネルギーシステム統合戦略(An EU Strategy for Energy System Integration)」の中で、ヒートポンプは欧州のカーボンニュートラル実現する主要なエネルギーシステムとして認識されており、暖房や低温産業プロセスの脱炭素化やフレキシビリティ源としてのヒートポンプの貢献が挙げられている。
 並行して欧州各国でもヒートポンプが脱炭素化の主要技術として位置付けられている。例えば、ヒートポンプに関しては欧州では比較的後進であった英国も、2020年11月の「グリーン産業革命のための10項目計画(The Ten Point Plan for a Green Industrial Revolution)」で2028年までに年間60万台ものヒートポンプ設置(計画発表時直近の20倍に相当)という果敢な数値目標を掲げ、これは翌年の「熱・建物戦略(Heat and buildings strategy)」に引き継がれ、補助金制度(Boiler Upgrade Scheme)による導入支援が行われている。その他、フランスでも所得によっては最大で補助率9割にも上る補助金が設けられているほか、ドイツ、イタリアも含む多くの国でヒートポンプの導入に手厚い支援策が設けられている。設備導入の補助に留まらず、英国のような革新的なパイロットプロジェクトへの支援、米国にも視野を広げればカリフォルニア州のような業者育成も含めた支援など、支援策は枚挙にいとまがない。また、補助金などの導入支援だけでなく、新築住宅に対してはフランス、オランダ、オーストリアなどで単体のガスボイラーを禁止または実質的に使用できなくするようなハードな規制を設ける国が現れている

 その後、2022年2月24日にロシアはウクライナへの侵攻を開始した。EUはわずか翌々週の2022年3月8日にロシア産化石燃料依存からの脱却を目指す政策「REPowerEU」を発表。その中でヒートポンプについては導入ペースを2倍にし、向こう5年間で1千万台を導入するという数値目標が掲げられ、ヒートポンプへの期待は一層高まった。ヒートポンプは今やクリーンな暖房技術としてのみならず、エネルギーセキュリティー、さらにはエネルギー貧困などのコスト面の課題も含め、いわゆる「3つのE(エネルギーの安定供給・経済効率性・環境適合)」のすべての面でその役割が期待されている技術なのである。こうした評価は国際エネルギー機関(IEA)が昨年2022年11月に発行したレポート「The Future of Heat Pumps」でも述べられており、欧州のみならず世界的な評価と言えるだろう。

欧州における今後の展開

 政策的な後押しを背景に今後も成長の勢いが続くと考えられる。ここ数年で欧州の議論はもはやヒートポンプを活用すべきかどうかではなく、ヒートポンプ活用の「実行」に必要な生産、施工のキャパシティーや人材育成、投資といった、ごく現実的な議論へと移行した感がある。現在、欧州委員会は産業界の提案を受けてステークホルダーを巻き込みながら、ヒートポンプ導入実現に向けたプラットフォーム創設、コミュニケーション・人材育成、法制面の整備、融資等を実行するためのアクションプラン「EU Heat Pump Action Plan」を策定中であり、2023年内の発表が予定されている。産官を挙げての一大産業ムーブメントになっていると言っても過言ではないだろう。加えて、欧州はクリーンエネルギーを域内産業の成長機会と捉えており、「ネットゼロ産業法(Net-Zero Industry Act)」においてヒートポンプは主要技術の一つとして位置付けられ、欧州の産業政策の一翼を担っている。
 今後見込まれる欧州市場の更なる拡大は日本のヒートポンプ業界にとっても商機となる。既にダイキン工業、パナソニック、三菱電機といった日本企業も欧州域内における工場新設・拡張への投資計画を発表している。

 また、既存技術の導入と並行して、産業用や集合住宅向けのヒートポンプ、デジタル活用、電力系統との協調といった新規技術の開発も進むだろう。欧州の多くの国がIEAヒートポンプ技術協力プログラム(HPT TCP)に参画しており、R&D分野での協業が進められている。

日本への示唆

 多様な気候を有する日本は早くからヒートポンプ技術をリードし、多くの日系企業がグローバルに活躍している。エアコンが普及している日本には欧州と比べて施工技術も豊富に存在し、ヒートポンプはお家芸と言える。ところが、日本の足元ではヒートポンプの普及が十分とは言えない。一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センターの推計によれば、家庭部門の給湯器ストックに占めるヒートポンプのシェアは全国で1割程度に留まり、寒冷地の暖房・給湯のほとんどには化石燃料が用いられているのが現状である。一部困難な用途などを除き、ヒートポンプが活用できるところには、家庭部門の暖房・給湯や低温産業プロセス加熱などにターゲットを絞り、欧州のような野心的な目標のもと最大限ヒートポンプ活用を推進していくべきではないだろうか。

 今後、政府の「2030年度におけるエネルギー需給の見通し」に従って非化石電源の導入が進めば、2030年時点の電力の排出係数は現在の欧州並みの0.25kg-CO2/kWh程度までほぼ半減するとされる。電源が脱炭素化すれば、今日導入したヒートポンプは将来一層クリーン化することになる。すなわち、ヒートポンプのCO2削減ポテンシャルは将来の電源のクリーン化も加味して評価されるべきである。ロックインを回避しつつクリーンな電源を見越して早期にヒートポンプを導入することが肝要であり、そのための大胆なエネルギー政策の転換が望まれる。技術で先行した日本が、今度はヒートポンプの推進施策で先行する欧州から学ぶことは多いと考えられる。
※ロックイン:一度導入された設備が固定化し、クリーンな技術の採用が困難となってしまうこと。

 日本でもこの「古くて新しい」ヒートポンプの有する価値が政策や市場で再認識されることを願ってやまない。本記事で触れた価値以外にも、ヒートポンプが用いる環境熱(大気・水・地中に存在する太陽エネルギー由来の熱)には再エネであり純国産のエネルギーであるという別の価値もあり、これについては以降の記事に譲りたい。