MENUMENU

ウクライナ戦争をエネルギー政策リバランスの契機にせよ(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


印刷用ページ

前回:ウクライナ戦争をエネルギー政策リバランスの契機にせよ(その1)

世界経済の停滞、新冷戦で温暖化のプライオリティは下がる

 ロシア・ウクライナ戦争により、エネルギー価格、原材料価格、食品価格が軒並み上昇しており、資源大国ロシアへの厳しい経済制裁はロシアのみならず貿易・投資相手国の実体経済にも悪影響を与える。世界経済はスタグフレーションに突入するとのリスクが現実になりつつある。かつての石油危機と同じような状況である。こうした中で政治が国民生活、産業活動の基本であるエネルギー価格上昇を放置できるはずがない。自然エネルギーの利用拡大のみを是とし、エネルギー価格高騰対策、燃料の安定供給確保、原発の活用を否定する自然エネルギー財団の考え方は非現実的であるのみならず、非人道的ですらある。

 新冷戦ともいえる事態が現出している中、安全保障環境は緊張度を増し、少なくとも当面、温暖化防止のモメンタムが大きく低下することは不可避である。もともと温暖化防止が国際的なアジェンダとして大きく盛り上がったのは冷戦終結により、国際協調機運が高まったからである。力による現状変更を志向する中国、ロシアは世界第1位、第4位の排出国である。彼らが新冷戦下でも温暖化防止に向けた国際協調を続けると考えるのはナイーブというものであろう。コロナ禍、ウクライナ危機よりも前に国連が実施した意識調査My World 2030では17のSDGsの中で温暖化防止に対するプライオリティは中国で15番目、ロシアで9番目だった。今は更に関心が低下しているだろう。米国のジョン・ケリー気候特使はロシアのウクライナ侵略が始まった後でさえも「戦争でCO2が沢山出る。戦争で温暖化対策がおろそかになることが心配だ。自分はプーチンが気候変動対策の取り組みに協力し続けてくれると期待している」と発言して保守派のマルコ・ルビオ上院議員等から冷笑された。温暖化防止や再エネ推進のことばかり考えていると、このような倒錯した情勢判断になってしまうのだろう。

 世界経済の下振れリスクが強まる中、2022年の世界の温室効果ガス排出量は低下するかもしれない。しかしそれはコロナ禍による2020年の減少と同じ性格のものであり、本来あるべき温室効果ガス削減の姿ではない。何より世界経済が停滞すれば景気回復、雇用確保等が最優先課題となる。EUはロシアへの依存度を2027年までにゼロにするとの方針を打ち出し注4) 、LNGの供給多角化、水素、太陽光、風力の導入拡大等を目指すとした。しかし温暖化防止のカギを握るのは欧州をはじめとする先進国ではない。アジアを中心とする発展途上国である。上述のMy World 2030では一人当たり所得が低ければ低いほど温暖化防止のプライオリティは低くなるという明確な逆相関がみられる。天然ガス価格が高騰する中、石炭依存の高いアジア諸国でエネルギー価格の高騰を抑制するため、ガス転換を遅らせ、国内の石炭資源を活用しようという動きが出てきても何ら驚くにあたらない。

中国は更なる漁夫の利を得る可能性

 ロシア・ウクライナ戦争の影で中国の動向にも注意せねばならない。中国はこれまで温暖化防止に向けた国際的な潮流の中で、自らは化石燃料を爆食いしつつ、新彊ウイグル地区の安価な労働力、安価な石炭火力で生産された太陽光パネルを世界中に輸出する一方、途上国向けに石炭火力も輸出し、漁夫の利を得てきた。加えてウクライナ侵略によって経済制裁を受けているロシアと中国が経済連携を深めていることは明らかである。北京五輪開催中、習近平国家主席とプーチン大統領がNATO拡大反対、エネルギー協力等を内容とする「新時代に突入する国際関係と世界の持続可能な開発に関するロシアと中国の共同声明」注5) を発表した。共同声明発表と同じ日にガスプロムは中国石油天然気集団(CNPC)への天然ガス追加供給契約を結んだ。莫大な天然資源を有するロシアと技術・資本を有する中国が連携を深め、西側諸国が資源インフレに苦しむ中、中国が行き場を失ったロシアのエネルギーを更に安く調達し、コスト面で更に優位な立場に立つ可能性は高い。自然エネルギー財団が主張するような再エネ一本足打法は中国製のパネル、風車、蓄電池、EVの市場を更に拡大することになり、中国が支配力を有する戦略鉱物への依存度を高めることになる。これは対ロシア依存とは別な意味の地政学リスクを惹起することになる。特に中国の脅威に直面している日本にとって看過できない問題である。

エネルギー政策のリバランスが必要

 自然エネルギー財団は「ウクライナ危機は日本に対し化石燃料と原発からの脱却を実行に移していくべき事実を突きつけている」と述べているが、筆者は「ウクライナ危機は日本に対し、化石燃料と原発の重要性を改めて突き付けている」と考える。脱化石燃料を目指すことはよい。しかし一朝一夕に実現するものではなく、その道筋も紆余曲折がある。エネルギーという財のもつ地政学的性格を考えれば当然のことだ。ロシア・ウクライナ戦争とそれに伴う資源インフレはその事実を改めて再認識させることとなった。

 我が国を含む西側諸国のエネルギー政策はパリ協定以降、脱炭素というアジェンダに傾斜し過ぎたと感ずる。二度の石油危機の際に経験したエネルギー供給中断の記憶は風化し、化石燃料が世界のエネルギー供給の中で引き続き大きな役割を担っているにもかかわらず、化石燃料は悪であるとのグレタ・トウーンベリ的議論に迎合してきた。足元のエネルギー需給逼迫にもかかわらず、石油・ガス上流投資が伸びていないのは「化石燃料に投資をする銀行はダーティである」「化石燃料投資は必ず座礁資産化する」「化石燃料企業はエコサイド(環境殺人)の犯人である」といった極端な議論が広がっていることも大きい。バイデン政権は国内のガソリン価格高騰に悲鳴をあげ、石油ガス産業に増産を要請しているが、政権発足以来、パイプラインプロジェクトの差し止め、連邦所有地でのフラッキング禁止、化石燃料規制の厳格化等、「化石燃料いじめ」をやってきたバイデン政権に対するエネルギー産業の視線は冷たい。

 今回のロシア・ウクライナ危機から我々が学ぶべき教訓は「脱化石燃料、脱原発」ではない。長期的に脱炭素化を目指しつつも、そこに至る道筋でエネルギー供給には様々なリスクがあり、それに対応できるようにあらゆるオプションを手にしておくことの重要性である。

 化石燃料利用を長期的に減らしていくとしても、短中期的な化石燃料の供給はしっかり確保しなければならない。欧州はLNG調達の多角化をめざしているが、加えて域内のシェールガス開発にも目を向けるべきである。欧州のシェールガス開発が停滞してきた背景は環境への悪影響であるが、更にロシアが裏でネガティブキャンペーンを操っていたと言われている。また化石燃料需給逼迫に対する投資を喚起するためには行き過ぎた座礁資産キャンペーンやダイベストメント運動が是正される必要があるだろう。

 また温暖化防止の観点から悪玉視されている石炭資源の役割も再評価すべきである。石油、天然ガスに比して圧倒的な賦存量を有し、世界中で利用可能な石炭資源はエネルギー安全保障の面で優れた特質を有している。特にアジア地域で石炭からガスへの転換が遅れるとすれば、アンモニア、CCUS等、石炭利用に伴うCO2排出を削減する技術の開発と普及が極めて重要となる。環境団体はアンモニアやCCUSを「化石燃料を延命させる技術である」との理由で排除する傾向があるが、再エネしか認めないという偏頗なエネルギー政策は対策コストを上昇させ、いざというときの対応能力を低下させるだけである。

 省エネ、再エネ、電化を進めることが必要なことは論をまたない。しかし上述のとおり、ロシア依存低下にばかり目を奪われ、中国依存が増したのでは別な地政学リスクを抱えるのみである。中国に依存しない形で再エネ導入拡大を進められるよう、国産技術、戦略鉱物のリサイクル、代替技術開発を進めねばならない。

 また原発は輸入化石燃料依存を下げる有効な手段である。特に日本の場合、現在、休止中の原発を再稼働させるだけで天然ガス価格上昇の影響を相当適度抑えることが可能になる。逆に再稼働が遅れれば遅れるほど、追加的なエネルギーコスト負担は大きくなる。自民党電力供給安定議連が原発再稼働の加速を求める決議注6) を行ったのは当然である。なお、反原発団体はロシアがサポリージャ原発やハリコフの核物質施設を攻撃したことを理由に原発はミサイル攻撃等の有事に脆弱であるから、脱原発をすべきであると主張している。彼らの多くは憲法9条があれば日本の平和は保たれると主張しており、原発の場合のみ、ミサイル攻撃の可能性を云々するのは二枚舌としか思えない。日本をめぐる安全保障環境が厳しさを増す中でリスクに晒されるのは原発のみならず、全ての重要インフラ、全ての大都市も同様である。このような状況に対処するためにはミサイル防衛、敵基地攻撃能力、非核三原則の見直しを含め、防衛政策の抜本的強化こそが重要なのである。

 ロシア・ウクライナ戦争は多くの面で平和ボケした日本に強いショックを与えた。外交安全保障、経済安全保障、エネルギー等、至急に再検討を求められる分野は多岐にわたる。中国、ロシア、北朝鮮に近接した日本が直面するリスクは極めて高い。脱炭素のみに引きずられたエネルギー政策のリバランスを図り、エネルギー安全保障を中核に据えることが今ほど求められている時期はない。今こそ日本はドイツの経験に学ぶべきである。モデルとしてではない。反面教師としてである。

注4)
https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-eu-energy-idJPKBN2L51W7
注5)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/02/294dec7bf9eb851a.html
注6)
https://www.sankei.com/article/20220310-6MGKMEJOXJMXNM6M4IEXNYBYDM/