落とし穴にはまった洋上風力事業 生活と産業の大きな足かせに


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

(「EPレポート4月1日号 メインレポート」より転載:)

 2021年の洋上風力事業の入札で総取りと騒がれた三菱商事が、522億円の損失を計上した。洋上風力事業の適地は人口減少に直面している地域が多く、地域創生の切り札としても事業への期待が高かったが、先行きに暗雲が立ち込めている。

外れたIEA見通し

 これは日本だけの話ではなく、北米でも欧州でも洋上風力事業には逆風が吹いている。その大きな理由は、22年のロシアのウクライナ侵攻を契機にしたエネルギー価格の上昇が引き起こした世界的なインフレ、資材価格の上昇だが、世界の洋上風力事業に共通する落とし穴があったことは見逃せない。
 風力発電事業に限らないが、多くの事業では投資案件数が増えるに伴い設備と操業費用が低下するのが常だ。設備が普及するにつれ、規模の経済と習熟曲線により設備投資額も操業費用も低下する。風力発電事業でも、この傾向は顕著であり20年の国際エネルギー機関(IEA)のデータでは、16年から19年にかけ陸上風力設備投資額は2割弱、発電コストは2割強減少している。IEAは低下のスピードはやや緩やかになるものの、引き続き投資額もコストも低下すると予測していた。加えて、洋上風力事業については設備の大型化よるコスト削減効果も期待されていたことから、世界の事業者は設備費と操業コストの低下はさらに続くと考え、入札時には数年後の設備導入時のコストをかなり少なく見積もっていたはずだ。しかし、設備費は下がるどころか、インフレにより大きく上昇してしまった。
 もう一つ洋上風力にはインフレの影響を受けやすい事情もある。洋上風力では発電量当たりの鉄鋼、コンクリートなどの資材の使用量が多くなる。火力発電設備とは桁が違う使用量だし、他の再生エネ設備との比較でも、資材価格の上昇の影響をより大きく受ける。数年先の投資額を下落傾向が続くと想定して入札価格を弾くのは、少し軽率なようにも思えるが、欧米の多くの風力発電事業者が資材高騰による採算悪化で右往左往し、23年から24年に相次いで事業を放棄し撤退したのをみると、世界中の事業者がコスト下落の予測を信じ、事業に踏み切ったのだろう。

米・欧ではそれぞれ動き

 違う形の逆風も吹き始めた。米トランプ大統領は、保有するスコットランドのゴルフ場の近くで建設された風力発電設備が景観上不快として訴訟を起こしたほど風力発電が嫌いと言われている。就任早々、連邦政府が区域を設定する領海外大陸棚での洋上風力設備の新設を禁止する大統領令に署名した。新設を認める大統領令が出されるまで禁止が続くので、少なくとも4年間新設は無理だろう。現在建設されている洋上風力設備は、すべて民主党の大きな地盤である北東部にあり、新設禁止が共和党支持者に与える影響が小さいことも大統領令の背景だろう。
 そんな中、欧州連合(EU)と英国では逆風が和らぐ動きも出てきた。EUは24年7月時点の洋上風力設備量2033万kWを50年までに3億6000万kWにする計画を昨年末に発表した。英国では23年の洋上風力設備の募集では入札者がいなかったが、上限価格が66%引き上げられた24年の募集では、着床式、1MWh当たり54.23ポンドから58.87(2012年価格、24年価格では円換算14.3から15.5円/kWh)、浮体式139.93ポンド(24年円価格換算36.7円/kWh)で落札された。落札者の登場は歓迎されるとしても、やはり価格は相当に上がり、消費者の負担も増える。

日本の期待いずれも散る方向

 日本で大きな量の洋上風力導入が計画された背景にあったであろう期待は裏切られた。コスト低下により、他の発電方法との比較では相対的に安い電源になる。あるいは、日本より風況がはるかに良い欧州北海とのコストの差は縮まり、日本の設備の発電コストも国際競争力を持つとの期待は、大きなコスト上昇によりもはや崩れ元に戻ることは多分ない。日本で導入増が期待される浮体式の英国北海での発電コストが1kWh当たり36.7円とすると、日本の発電コストはいくらだろうか。
 さらに、洋上風力を地域の産業振興の柱にする構想の実現も夢になった。建設のためのインフラ設備は補助金で整備されるが、地域に一時的な建設雇用でなく、地域を支える永続的な雇用をもたらす設備、部品の生産が根付く可能性はないだろう。洋上風力設備で世界をリードしていた欧州メーカのお膝元にも中国製が進出し始めた。中国メーカは、ここ数年続いた自国での爆発的な洋上風力導入をテコに、洋上風力の主要設備の6割から8割の世界シェアを握った。一度風力発電設備から撤退した日本メーカが、再度参入しサプライチェーンを構築し競争可能な世界だろうか。事業者が高価格になるに違いない日本製の設備を導入するのだろうか。
 発電コストの想定も設備供給の状況も、初めて入札が行われた21年から様変わりしている。これから導入される洋上風力は生活と産業に大きな負担を強いることになり、日本の競争力を損なう可能性が高い。脱炭素を優先課題とするのではなく、電気料金と安定供給にもう少し重きを置き、生産性の高い雇用を持つ地域産業の育成を狙わないと、地域は豊かにならず、洋上風力計画地点の人口減少は加速するのではないか。欧米との比較で風況が劣る日本が、欧米と競合し洋上風力に取り組めば、国際競争に負ける。洋上風力を取り巻く環境の変化を反映した戦略の練り直しの時期が来ている。引き返す勇気を持たずに突き進むと世界の中で負け戦を戦うことになる。費用負担は全て消費者だ。