「核融合で中国がまた世界記録を更新」の意味をわかりやすく解説


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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中国は記録を更新し続けている

 中国Hefei(合肥)市のHefei Institutes of Physical Science (HFIPS)は,2025年1月21日に,超伝導コイルを用いた中国のトカマク型フュージョン(核融合)試験装置EASTにおいて,高性能閉じ込めモードを1066秒維持し,2023年3月の同403秒を超える世界記録を達成した,と発表した。

 間違いなく立派な記録だが,どのような点に注目してみると正しくその意義や背景を理解できるかを,分かりやすく解説しておきたい。今回の発表は,中国のニュースCGTN Japaneseでは「1億度を1066秒維持」と誤報されたが,今回の記録に1億度は関係なく,HFIPSの発表でも1億度とは言っていない。

過去を含めてEASTでの記録を整理する

2021年から2025年までのEASTの記録発表を整理すると以下のようになる。

①は本欄記事「中国が核融合炉開発で先行する」(2022年10月)で解説。
②は同,「王道を進み始めた日本の核融合開発」(2024年6月17日)で解説。

各記録で注目しておくべき点

 ①ではプラズマの状態を持続時間と温度だけで比較しているが,②,③では「高性能閉じ込めモードであること」を強調しており,加えて②では「性能指数3つの同時達成もした」と述べている。一方,②,③では1億度との言及はない。これらの違いが分かるように以下に説明する。

高性能閉じ込めモードとは?
 高性能閉じ込めモード(以下,Hモードと呼ぶ)は、国際協力で建設中の実験炉ITERでの目標パワーゲイン10倍 (フュージョン出力と加熱入力の比,Q=10) を達成するために必須の高性能運転のことだ。20世紀の終わりに,Q=1を目指した日本のJT-60Uと欧州のJETは,Hモードを達成したことで,Q=1の目標達成に成功した,一方,同じ目標だった米国のTFTRは,Hモードを実現できず,Qは0.3に終わった。本欄記事,「核融合のブレークスルーのカギは余裕持った設計だった」(2022年2月28日)も参照されたい。

 プラズマがある条件を満たすと急にプラズマの状態が高性能な状態に遷移する。この遷移後のプラズマの状態をHモードという。どんな現象・状態をHモードとするかは明確に定義されている。世界中のトカマクでHモードは達成されており,それは新しいことではない。Hモードであっても,比較的低性能なこともあるが,それでも,定義を満たしていればHモードとは呼ばれる。Hモードに遷移した後も,条件を満たさなくなれば,低性能なLモードに戻ってしまうことも頻繁にある。

 ITERで,目標のQ=10を達成するには,Hモードの中でもとりわけ高性能なものであることが必要である。それを達成するには,ITERで必要な3つの性能指数(エネルギーの閉じ込め指数、密度指数、圧力指数)を同時達成しなければならない。その達成は,単にHモードにするよりかなり難しい。
 日本のJT-60Uでも,欧州のJETでも,Hモードでの3指標同時達成はできていた。ただし。その継続時間は長くて10秒程度であった。理由は,JT-60UもJETも磁場コイルは通常の銅を使ったコイルであるために,コイルの発熱が多く,10秒程度しか継続運転ができなかったのだ。

 中国のEASTは,JT-60UやJETより小さい装置ではあるが(図1参照),超伝導コイルを使っているために,1000秒といった長時間の継続運転が可能なのだ。

図1 トカマク型フュージョン装置の構造とプラズマの主半径
左のトカマクの概念図は K. Okano, Z. Asaoka, T. Yoshida, et.al., Nuclear Fusion, Vol.40, No.3 (2000), pp.635-645 による。

 とはいえ,超伝導コイルだからと言って,3性能指標同時達成のHモード403秒維持が簡単にできるわけではない。というのも,Hモードは,高性能なために温度も上がり,その結果,周囲の壁に行く熱も大きい。大きな熱が来ると金属壁からは不純物が放出され,それはプラズマに入る。Hモードではこの不純物に関する閉じ込め性能もよいために,どんどん不純物がプラズマ中に貯まりがちだ。
 その結果,よほどうまく制御しないと,Hモードの長時間維持は難しい。中国は,それを403秒も維持できた,というのが②の記録の意味だ。これは疑いなく,非常に意義のある新記録である。ただし,「1億度」とは言っていない点も注意しよう。この記録では,温度は1億度にはなっていないのだろう。

 一方,①の記録では,温度は0.7億度または1.2億度と言っているが,Hモードには言及がない。この実験はHモードではなかったのだ。Hモードでなければ長時間維持が簡単なわけではないが,Hモードでの長時間維持より易しいとは言える。

 次に,今回の記録③だ。この場合,Hモードではあるが,②の時のように「3つの性能指標同時達成」とは言っていない。すなわち,②よりは低性能なHモードではあるが,時間記録を403秒から1066秒に伸ばしたということだ。しかし,3つの性能指標同時達成ではなくても,Hモードの長時間維持は,上記の不純物が増えてしまう問題など,困難な点が多数あり,それを非常にうまく制御して,1066秒も維持したのは画期的成果である。加熱用の高周波入射装置も,1000秒以上も安定して動作したということでもある。これだけでも容易ではない。

 以上から,EASTでは,様々な素晴らしい成果を上げてきているが,視点を変えると,「1億度以上をHモードで1000秒維持できたことはまだない」とも言える。これが次の目標になるのだろう。

日本はこの記録を追い抜けるのか

 昨年から日本で本格運用が開始されている超伝導コイル式トカマク JT-60SAは,まだ助走段階だから成果は見えていないが,トーラス(ドーナッツ)型プラズマの大半径はEASTの2倍に近く,超伝導だから長時間運転も可能だ。(図1参照)。

 それゆえ,JT-60SAの実験が本格化すれば,1億度かそれに近い温度でHモードでの3性能指標同時達成は実現すると思う。ただし,JT-60SAは,定格運転時間が100秒なので,継続時間では,EASTの1000秒の記録を抜くのは難しい。さらに長時間の運転をJT-60SAで可能にするには,100秒を前提に設計されている加熱装置の仕様や,電源容量などの改修が必要になろう。また,小型実験装置ほど取り扱う熱量が小さいので,長時間運転実験がしやすい面もあり,EASTは小型装置ゆえに長時間運転では有利な点はある。しかし,実用化に向け,いつまでも「長時間運転は難しい」などと言っているわけにはいかない。高性能かつ長時間運転に向けたJT-60SAの今後の成果に期待したい。