「それでも化石エネルギー文明は続く」の原書 翻訳出版の紹介
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)
一昨年の11月、筆者は当研究所の論壇に「それでも化石エネルギー文明は続く~世界はいかにして営まれているか」と題する論考を(その1)、(その2)の2回にわけて寄稿したが、そこで紹介したバーツラフ・シュミル教授の著書「How the World Really Works」が今般、草思社から日本語で翻訳出版されたので、あらためて紹介させていただく。原書のタイトルを筆者は「世界はいかにして営まれているか」と翻訳して紹介したのであるが、今般出版された翻訳書のタイトルは「世界の本当の仕組み~エネルギー、食糧、材料、グローバル化、リスク、環境、そして未来~」となっている。筆者も寄稿した論考で少し触れたが、翻訳書でも表紙で「本書は世界で最も困難な課題を解決するのに不可欠な根本的知識を与えてくれる」とのビル・ゲイツ氏の推薦の言葉が紹介されている。
本書の内容について筆者が感銘を受けた「目から鱗」のファクトの数々については、2年前の寄稿に詳しく紹介しているのでここでは繰り返さないが(参考文献として下記に掲載)、シュミル教授は日本政府が毎年秋に開催しているICEF(Innovation for Cool Earth Forum)の評議員として毎年来日されており、筆者も10月に会場でお目にかかってご挨拶する機会があった。ちょうどフォーラムの昼食後のセッションでパネル登壇され、満場の聴衆の前で「化石燃料なしに人類は文明社会を維持することはできず、2050年脱炭素といったクレームは実現不可能な主張」との持論を、鉄鋼・セメント・プラスチックの生産プロセスとその規模にかかわるファクト、食糧生産を支える窒素肥料の供給などの様々なファクトをベースに繰り広げられていた。パネル終了後に挨拶さしあげた場での立ち話で「いろいろと異論・反論も受けるでしょう?」と問いかけたところ、同教授は「脱炭素などという言説は物理学の法則を知らない人たちの軽々しい迷信だ。自分はデータに基づくファクトベースの話をしているだけであり、事実は言説や希望的観測(wishful thinking)で覆すことはできない。」とのことであった。そこでのシュミル教授は「それでも地球は回っている」と教会の異端尋問の場でファクトを言い続けたとされるガリレオ・ガリレイを彷彿とさせるものであった。その同氏の主張の根拠となるあらゆるファクトデータが、翻訳出版されたこの近著「世界の本当の仕組み」には満載になっている。
実は11月2日付の日本経済新聞の書評欄でも同書が紹介・推薦されているのだが、紹介者の慶応大学藤田康範教授はシュミル教授のことを「新型コロナを2008年に正確に予測した“万能の教養人”」と紹介した上で、同書でシュミル教授がファクトデータをもとに大型風力発電タービンを「化石燃料の権化」と断罪していることなどを紹介し、「地球温暖化の罪のために「最後の審判」が下されて私たちは地獄に落ちる。あるいは発明の力によって地球以外の惑星に文明を築けるようになって、地球環境問題は解決される。理解不足に基づくこれらの極論から遠ざかることを本書は強く提唱する。」と解説している。そのうえで藤田教授は「未来に悲観的な方にも楽観的な方にも読んでいただきたい圧巻の一冊である。」と非常に強い言葉で推薦されているのだが、2年前に原書を苦労して読み通して本サイトでその一部を紹介した筆者も全く同感である。
「私は悲観論者でも楽観論者でもなく、世の中の実情を説明しようとしている科学者であり、その知識を使って、人類の未来の限界と機会についての理解を私たちが深めることを目指している。」とするシュミル教授の本書は、450ページ弱の大著(2600円)だが、博覧強記の同教授が環境、エネルギー、食糧等について紹介する目から鱗の事実が満載なので、本サイトの読者の皆様にぜひ一読されることをお勧めする。