国際交渉の専門家、精緻な分析

書評:上野 貴弘 著『グリーン戦争ー気候変動の国際政治』


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「電気新聞」より転載:2024年8月9日付)

 「待望の」という言葉がこれほどふさわしい本はなかなか無い。加えて、まさに「今読みたい本」でもある。なぜ今なのか。

 その理由の一つは、米国大統領選挙にある。トランプ氏への銃撃事件やバイデン大統領の撤退など、これまでにない混乱ぶりを見せているが、この選挙によって大きく変わるのが気候変動対策だ。トランプ氏がこの選挙に勝った場合、米国の気候変動政策がどのように変わるのか、わが国はそれにどう対処すべきなのかを懸念する声は多いが、具体的にどのようなトリガーで何がどう変化するのか、シナリオとして分析している例はほとんど無い。気候変動の国際交渉のウォッチャーとしては第一人者である著者は、米国政治への造詣も深く、本書には精緻な分析が盛り込まれている。トランプ氏が勝利すれば、パリ協定脱退は避けられず、気候変動枠組み条約からも脱退する可能性がある。しかし米国としてのCO2削減はIRA(インフラ抑制法)に拠るところが大きく、IRAの動向は議会選挙の結果次第であること、また、適応やCCSなど共和党議員が妥協しやすいテーマもあることなどが網羅的に書かれていて、極めて有益な頭の体操ができる。

 もう一つのこの本がタイムリーである理由は、わが国が今、パリ協定の下で提出が義務付けられている次期NDC(国が決定する貢献)と次期エネルギー基本計画の議論のただなかにあるからだ。気候変動問題とエネルギー問題は表裏一体であり、NDCとエネルギー基本計画の整合性を問う向きは強い。しかし、前者は極めて「激しい外交上の攻防」により左右されることは、各国の自主的な目標設定を前提とするパリ協定の仕組みの下でも変わっていない。パリ協定の構造をより深く理解するには、それ以前の歴史を理解する必要があり、長年この交渉を、時には交渉団の一員として見続けてきた筆者ならではの深い分析は、わが国の採るべき対応について極めて有益な示唆を与えてくれる。

 環境問題という“キレイな話”においては、世界は手を取り合えるのだと思われたものの、現実世界がそんなことになるはずがない。いま、グリーンを旗印として世界は自国の競争力強化にしのぎを削っている。この中で気候変動問題の解決とわが国の経済成長をどう両立させるのか。アカデミックな分析に基づく専門書でありながら、背景を適切に説明してくれているので、この問題の初心者にも理解しやすい内容だ。まさに今、手に取ることを強くお勧めしたい。


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『グリーン戦争ー気候変動の国際政治』
上野 貴弘 著(出版社::中央公論新社
ISBN-10:4121028074