エネルギー・トランジションなど起きない

クラウドと人工知能のイノベーションは、かつてないほどのエネルギーを必要としている。エネルギー供給を制限するという幻想は崩壊する

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はマーク・P・ミルズ 2024.5.23「The “Energy Transition” Won’t Happen, City Journal」を許可を得て邦訳したものである。

 ラップトップ使用者が増えたことにより、一つの基本的な真実が再認識された。それは、基礎的な技術的イノベーションがおこり、その大規模な導入が進めば、エネルギー消費が飛躍的に増大する。これは宇宙の鉄則である、ということである。
 その法則を説明するために、最近の3つの例を考えてみよう。いずれも、予想される電力需要の急激な増加という「衝撃的な」事実へとつながる要素であり、昨今のニュースの見出しを飾っている。まず、電気自動車である。仮に熱心な人々が望むように、すべてのガレージに1台ずつ電気自動車があれば、住宅街の電力需要はおよそ2倍になるだろう。次に、特に半導体を中心とした製造業の国内回帰という構想だ。これは間違いなく「根本的な」イノベーションである。なぜなら政策立案者たちが、このような産業が数十年にわたりアメリカから撤退していることに、突然懸念を示し始めたからだ。つまり、もしアメリカの製造業を20年ほど前の世界市場シェアに回復させようとすれば、産業用電力需要は50%急増する、ということである。
 そして今、ソフトウェアの御曹司たちは、仮想現実と人工知能のいずれも、機械学習アルゴリズムが必然的にもたらす数学に呪縛されて、あらゆるものがエネルギーを使用する、という厳しい現実に気づきつつある。これは、AIを可能にする高速で電力消費の激しいチップに特に当てはまる。AIチップ革命のリーダーであり、ウォール街の寵児でもあるエヌビディアは、過去3年間だけでも約500万個のハイパワーAIチップを出荷してきた。AIチップ1個あたり、電気自動車3台分の電力を毎年消費している。そして、電気自動車に対する市場の関心は低迷しており、結局のところ限定的である一方、AIチップに対する市場の需要は爆発的であり、基本的に無制限である。
 ウォール・ストリート・ジャーナル紙の最近の見出しについて考えてみよう。「ビッグ・テックの最新の関心事は、十分な電力を見つけること。AIブームが電力への飽くなき欲望に拍車をかけている。」というもの。ロイターの報道によれば、米国の電力会社は、新たな需要のトレンドを予測している。米国の電力会社上位10社のうち9社は、データセンターが顧客拡大の主な要因であると述べている。現在では、電力需要の短期的な伸びは近年の水準の3倍になると予測されている。このような電力需要の成長の鉄則を再認識したことで、5月21日に 「Opportunities, Risks, and Challenges Associated with Growth in Electric Power for the United States 」と題する緊急の上院公聴会が開かれた(私が証言した公聴会である)。
 クラウド革命の中心にある情報システム 「パワープラント」ともいえるデータセンターは、この爆発的な電力需要の主な原因として指摘されている。これらの巨大な倉庫のような建物には、従来のプロセッサー、メモリー・チップ、通信チップなど、あらゆる種類のコンピューター・チップがぎっしりと詰まっている。そして今、データセンターは、製造工場が製造するのと同じくらいの速さで、AIチップをそこに装備している。ある研究者が指摘するように、グーグルの「検索」にAIを追加すると、検索1回あたりの電力使用量が10倍になる。そして、このことは、AIの可能性のある数多くの応用例のうち、最初の、おそらく最も目立たない事例に過ぎない。
 地球の友(Friends of the Earth:国際環境NGO)のある上級職員は最近、こう述べている:「AIが情報システムの分断を引き起こすのは目に見えているし、それを元に戻すためにも必要なのがAIである。」この分断とは、AIと子どもの安全や、巧妙な偽物や、迫り来る新たな規制の脅威についてではない。世界がどのようにエネルギーを供給するかという「エネルギー・トランジション」についてである。規制当局が、電力会社に従来の発電所を閉鎖させ風力発電や太陽光発電のようなコストが高く信頼性の低い電力にお金を使わせている一方で、電力需要、特に信頼性の高い24時間365日の電力需要が急増するのは、控えめに言っても不都合な事実だ。従来のエネルギー源から持続可能な地球環境に配慮したエネルギーへ移行することと、AIへの現実的な電力供給が相反しているという事実は、「The Obscene Energy Demands of A.I.(A.I.の猥雑なエネルギー需要)」と題された最近の『New Yorker』誌のエッセイに象徴されている。記事の副題はこう問いかけている。「エネルギーを消費する新しい方法を生み出し続けるなら、世界はどうやってネット・ゼロに到達できるのか?この問いに対する答えは自ずと見えてくる。」
 この件についての真の挑戦は、ほんの1年かそこら前に予測されたよりもはるかに多くの電力が必要であることだけでなく、安価で必要なときに的確に利用できる電力が、しかも早急に必要であることだ。新しい工場や新しいデータセンターは急速に稼動し始めており、数十年ではなく数年のうちにさらに多くのものが稼動する予定なのである。天然ガス火力発電所の増設なくして、これからの電力需要の速度と規模に対応する方法はさほど多くないであろう。
 この一見突然のように見える電力事情の変化は、予測できたことであり、また予測されていたことでもある。ほぼ正確に25年前、長年の同僚であるピーター・フーバーと私は、エネルギーとITの関わりにおける現実を指摘する記事をフォーブスとウォール・ストリート・ジャーナルの両方に発表した(10年前、私はこの件に関する研究も発表し、そこでデータからの電力需要を正確に予測していた。さらに最近では、拙著『クラウド革命』でこのテーマについてより詳しく述べている) 。当時、公共政策の分野でこのような見解を持っていたのは、ほぼ私たちだけだったが、長年にわたって情報技術の重要性を認識してきた技術界においては、これについて認識しているものもいた。実際、技術者たちの業界では、データセンターの大きさについて語るとき、平方フィートではなくメガワットで語るのが慣例となっている。
 ハイテク業界やハイテク中心の投資コミュニティでは、AIを組み込んだ新しいインフラに何十億ドルも費やす競争が繰り広げられている。AIに対応したシリコンチップを生産するための製造業の拡大と、同時にAIを組み込んだ巨大なデータセンターの建設が猛烈な勢いで進んでいるため、デジタル経済は、エネルギー使用量の増加から経済成長を切り離すことを可能にするというような幻想を打ち砕くのだ。
 つい2年前のことだが、OECD(エネルギー・トランジションのビジョンの先陣を切る組織)の分析では、次のような結論が出されている: 「デジタルトランスフォーメーションは、より包括的で持続可能な成長と社会的福祉の向上という利益を引き出すための手段として、ますます認識されるようになっている。環境問題の観点から見ると、デジタル化は、経済活動から、天然資源の使用や環境への影響を切り離すことに貢献できるだろう。」しかし、電力と情報の物理学は、その夢を打ち消してしまうことが判明したのである。
 今、各国の政策立案者と投資家にとって重要なのは、現在の状況がブームなのか、それとももっと根本的な移行の兆しなのかということだ。情報が消費する電力はどの程度増えるのだろうか?デジタル経済は経済成長にとって不可欠であり、情報において優位に立つことは経済にとっても軍事にとっても重要であるというのが、現在の常識である。しかし、情報中心経済の核心は、デジタル・ハードウェアの製造と運用にあり、その両方がエネルギー問題に影響を及ぼすことは避けられないことである。

 さて、未来はどうなるのか。昨今の「クラウド」とは、つまりデータセンター、ハードウェア、通信システムの総称であるのだが、その神秘のベールを覗く必要がある。
 各データセンター(何万も存在する)は、エンパイアステートビル並みの高層ビルよりも大きな電力消費をしていることが多い。そして、約1,000のいわゆる超大規模データセンターは、それぞれが製鉄所よりも多くの電力を消費している(しかも、これはAIチップの集積による影響をカウントする前の話である)。驚異的なレベルの電力使用は、昨今のデータセンターのわずか10平方フィートの面積で行われる計算処理が、1980年頃の全世界のコンピューターよりも計算能力が高いという事実に直接由来している。そして、1平方フィートごとに、超高層ビルの1平方フィートで使用される電力の100倍の電力需要を生み出しているのである。そしてAI革命以前でさえ、世界は毎年数千万平方フィートのデータセンターを増設し続けてきたのだ。
 シリコンの持つこの強力なパワーはすべて、アスファルトやコンクリートでできたアナログのネットワークをはるかに凌ぐ規模の情報ハイウェイで市場に接続されている。通信ハードウェアの世界では、約30億マイルのガラスケーブルで構成される「高速道路」に沿ってデータ転送が行われるだけでなく、400万本のセルタワーによって形成される1000億マイル(太陽までの距離の1000倍)に相当する目に見えないネットワークも利用されている。
 情報転送の物理学は、次のような驚くべき事実に集約されている。例えば、1時間のビデオを可能にするために使用される電力は、1人が10マイルだけバスに乗って消費する燃料よりも多い。そして、誰かが車で通勤するよりもZoomを使った方がエネルギー使用量は正味で減るが(「脱物質化」という概念)、同時に、Zoomがなければ開かれることのなかった会議に出席するためにZoomが使われれば、エネルギー使用量は正味で増えることになる。AIに関して言えば、未来に起こることのほとんどは、AIがなければ起こることのなかった活動である。
 このように、クラウドのエネルギー消費の性質は、他の多くのインフラ、特に交通輸送とは大きく異なっている。交通機関の場合、消費者はガソリンを満タンにしたり、バッテリーを充電したりするときに、エネルギーの90%がどこで使われるかを目にすることができる。 しかし、情報に関しては、エネルギー使用の90%以上が遠隔地で行われ、ユーティリティ企業がその影響を「把握」するまでその影響は隠されている。
 今日の世界のクラウドは、AIの電力需要をまだ十分に反映していないが、数十年前には存在しなかったものが、今では日本全体の電力使用量の2倍にまで成長している。そしてこの試算は、数年前のハードウェアとトラフィックの状況に基づくものだ。アナリストの中には、近年デジタル・トラフィックが急増するにつれ、効率化が進み、データセンターのエネルギー使用量の伸びは抑えられているか、あるいは横ばいになっていると主張する者もいる。しかし、このような主張は、事実と異なる傾向に直面している。2016年以降、データセンターのハードウェア設備への費用は劇的に増加しており、ハードウェアの電力密度も大幅に上昇している。そしてまた、これはすべてAIブームの前であることも忘れてはならない。
 そこでクラウドのエネルギー消費量が今後どうなるかを推測するには、次の2つのことを知る必要がある。 ひとつは、デジタル・ハードウェア全般、特にAIチップのエネルギー効率が高まる速度について、そしてもうひとつはデータそのものの需要の伸び率である。
 現代のコンピューティングと通信の過去1世紀を振り返ると、データに対する需要は、エンジニアが効率を向上させるよりもはるかに速く成長していることがわかる。この傾向が変わることをうかがわせる兆候もない。実際、今日の情報システムの電力使用は、コンピューティングのエネルギー効率が驚異的に向上した結果である。1984年頃のコンピューティングのエネルギー効率からすると、iPhone1台が高層ビル1棟分の電力を消費していた。もしそうなら、今日スマートフォンは存在しない。それどころか何十億台ものスマートフォンが存在している。同じパターンが、AIを含むシリコン全体にも当てはまる。AI用チップの効率は驚異的なペースで向上している。Nvidiaの最新チップは、同じ消費電力で30倍高速だ。しかしこれは電力の節約にはならず、むしろこのようなチップに対する市場の欲求は少なくとも100倍は加速するだろう。情報システムとはそういうものだ。そして、AIチップの効率が継続的かつ劇的に改善されることは、AIの全体的なエネルギー使用量が急増するという業界関係者の予測の前提に組み込まれているのである。
 そして、これは根本的な問題を提起している。つまりAIを可能にする “燃料 “であるデータには、どれほどの需要があるのだろうか?ということである。私たちは、作成され、保存され、その後有用な製品やサービスに改良されるデータの種類と規模の両方において、前例のない拡大の崖っぷちにいる。現実問題として、情報は無限の資源だからである。
 我々が万物のデジタル化の極致に到達したかのように感じるかもしれないが、実はそうではない。経済資源としてのデータは、他の自然の資源とは異なる。人類の活動が文字通りデータを生み出している。そしてその資源を生み出す技術的手段は、規模が拡大し精度も上がり続ける。このことは、どんなに誇張に聞こえようとも、誇張しすぎることはない。
 データ生成の爆発的な増加は、人為的な環境と自然環境の両方を、観察し測定する能力でもたらされる。それはあらゆる種類のハードウェアとシステムの自動化が進むことによって加速される。自動化には、膨大なデータストリームを必然的に生成するセンサー、ソフトウェア、制御システムが必要である。例えば、自律走行車が登場するずっと前から、それに付随するすべての機能と安全システムを備えた「コネクテッド」カーは、すでに大量のデータフローを生成している。
 同様に、私たちは、私たち自身の身体を含む自然環境のあらゆる特徴を感知し、測定する能力を飛躍的に向上させている。科学者たちは現在、数十年前にインターネット全体で取引されていたよりも多くのデータを1回の実験で生成する新しい機器によって、天文学だけでなく、生物学の世界でも天文学的なスケールで情報を収集している。
 すべての動向にはいずれ飽和状態が訪れる。しかし、人類が情報供給のピークを迎えるのは、まだまだ先のことだ。情報は事実上、唯一の無限の資源なのだから。
 データトラフィックの将来的な規模や、そこから派生するエネルギーへの影響を推測する一つの方法は、データの量を表すために私たちが新たに作り出さなければならなかった数字の名前(呼び方)にある。食料と鉱物の生産量は数百万トン、人とそのデバイスは数十億台、空路と高速道路の使用量は数兆空路マイルまたは道路マイル、電力と天然ガスは数兆キロワット時または数兆立方フィート、そして経済は数兆ドルである。しかし、1年に1兆個というペースで数えていると、1つの「ゼタ」(今日のデジタル・トラフィックの規模を表す数字の名前)を合計するのに10億年かかってしまう。
 膨大な量を表すために作られた数字の接頭語は、社会の技術とニーズの進歩を物語っている。「キロ」という接頭語は1795年にさかのぼる。「メガ」という接頭語は1873年に作られたもので、1,000の1000倍を表す。「ギガ」は10億(100万の1,000倍)、「テラ」は1兆(10億の1,000倍)を表す接頭語で、いずれも1960年に採用された。1975年には “ペタ”(1,000ギガ)と “エクサ”(1,000ペタ)、1991年には 「ゼタ」(1,000エクサ)という接頭語が正式に誕生した。今日のクラウド・トラフィックは年間およそ50ゼタバイトと推定されている。
 この数字を説明なしにイメージすることは不可能だ。ドル札をゼタに積み上げると、地球から太陽(9,300万マイル先)まで往復して70万回分になる。地球の大気を構成するすべての分子の重さは約5ゼタグラムである。たとえ各バイトの使用電力が微々たるものであっても、ゼタバイト・スケールの演算量が膨大であれば、結果的にかなりの電力の消費につながることになる。
 つい1年前まで、ゼタより大きな数を表す正式な接頭語は、その1,000倍の “ヨタ “しか残っていなかった。AIによって加速されるデータ拡張のペースを考えると、我々は間もなくヨタバイトの時代に突入するだろう。パリに本部を置く国際度量衡局の局員たちは、さらに大きな数字に正式に名前を与えた。1000ヨタバイト?それはロナバイトだ。あなたの子供たちは将来、このような数字を使うようになるのであろう。
 これほど大量のデータが処理され、かつ伝送されるようになれば、エンジニアが必然的に達成するエネルギー効率の向上をはるかに上回ることになる。すでに今日、多くの電力を消費するクラウドの拡大に毎年世界中で費やされている費用は、世界中の電力会社がより多くの電力を生産するために費やしている費用よりも多いのである。
 アンドリーセン・ホロウィッツ社の『テクノ・オプティミスト宣言』は、「エネルギーは文明の基礎となるエンジンである。エネルギーが増えれば増えるほど、人々は増え、人々の暮らしは向上する。」と述べている。クラウドを中心とし、AIを導入した21世紀のインフラは、この基本的な点について明確に示している。世界は、想像しうるあらゆる形態のエネルギー生産を必要とするだろう。「エネルギー・トランジション」とはつまりエネルギー供給を制限することだが、そのようなことは起こらないだろう。幸いなことに、米国には必要なエネルギーを供給する技術力と資源力がある。唯一の問題は、米国に文字どおり「あらゆる全ての」エネルギーソリューションを実現しようという政治的意志があるかどうかである。