王道を進み始めた日本の核融合開発

― 原型炉開発着手で世界に先んじるべきだ ―


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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中国は2023年に記録を更新

 2022年10月に書かせていただいた本欄記事「中国が核融合炉開発で先行する―日本が勝つために必要なことは―」では、中国のフュージョン(核融合)エネルギー開発について、

2021年に超伝導コイルを用いた核融合装置EASTで1億度以上の温度達成、同年1000秒を超える継続時間など、着々と成果を上げていること
楽観的願望に過ぎない米英のいう小型炉とは一線を画し、実験炉ITERの延長上に見える大型で堅実な原型炉を目指した王道を堅実に進んでいること
現状は日欧が先行するのに、いまさら米英に追従していったら中国に追い抜かれる日が来るのではないか

などを述べた。

 その後、2023年3月に、中国は、「Hモード継続403秒」という記録も打ち立てた。Hモードとは、国際協力で建設中の実験炉ITERでの目標パワーゲインQ=10を達成するために必須の高性能運転のことだ。「403秒」の継続時間は2021年の1000秒より短いのであまり注目されなかったが、研究開発の上では、こちらの方が遥かに重要な結果である。
 2021年の成果は、「Hモードではないし、低密度・低圧力だった」と多少は批判する余地はあったが、2023年の403秒のデータは、ITERで必要な3つの性能指数(エネルギーの閉じ込め指数、密度指数、圧力指数)を同時達成しての高性能運転「Hモード」の403秒維持である。2024年春から本格運用を開始した日本の超伝導核融合実験装置JT-60SA(ITER完成までは世界最大)なら、さらなる成果を期待できるが、中国の成果が世界トップレベルに並んだのは疑いない。
 なお、Hモードについては、以前の本欄記事「核融合のブレークスルーのカギは余裕を持った設計だった(2022年2月28日)」に解説している。

 日本の戦略は、「2035年に予定されるITERでのQ=10の確認の後に、原型炉段階への移行決断をする。」とされてきた注1)。これについても、中国は、「ITERの完成確認をもって移行判断できる」と主張している。これも正論である。ITERは建設には非常に苦労しているが、プラズマの設計性能は実現性の高い設定にしてあるので、ITERが完成したあと、プラズマ性能の不足で目標とするQ=10を達成できない可能性は低いと筆者は(おそらく多くの関係者も)思っている。したがって、ITERが完成したら、Q=10の達成を前提に、すぐにも原型炉段階に動くべきである。中国は、それを目指しているのだ。

変わり始めた日本の戦略

 昨年、2023年4月14日に日本が策定したフュージョンエネルギー・イノベーション戦略注2)は、筆者らが危惧した通り、米英のいう小型炉寄りの戦略になってしまっている一方で、中国の実力を軽んじたとも思える記述になっていた。筆者らはそれに対する批判的見解も表明していた注3)

 しかし本年、2024年3月29日、に発表された政府の核融合戦略有識者会議での資料注4)を見ると、日本の戦略が望ましい方向に変わろうとしていることを読み取ることができる。

 その資料3注5)を見ると、中国のフュージョン開発について、

2050年代の発電実証に向け、圧倒的な予算を投じ、政府主導で計画を進めている
核融合の要素技術を獲得するための大規模試験施設群「CRAFT」を2019年に建設開始し、2025年の完成を見込む。
ITERに先立ってDT運転を行うトカマク型核融合実験炉「BEST」を2023年に建設開始し、2027年に運転開始を見込む。ITER完成までの間、DT運転を行う装置は中国にしかなく、核融合の実現に必要な人材を世界中から招聘する計画。
※模擬実験でなく重水素と三重水素を実際に使ったフュージョン燃焼運転。

など、中国の実力を正しく認識した記述が並ぶ(p.8)。ただし、「2050年代の発電実証」は、時期を遅めに解釈している気はする。

 さらに、この資料では、欧州の情況について、「ITER計画と原型炉の意思決定の接続性を減らす」という、欧州の方針変換にも触れている(p.10)。前述の通り、これまでは日本は、「ITERでのQ=10の確認後に原型炉への移行を判断」としてきたが、今回、政府の資料に欧州の方針変更があえて記載されたということは、日本の方針を変えようとしている布石と読み取れる。

 それを意識しつつ同核融合戦略有識者会議の資料1注6)を見直すと、そのp.11に、以下のように記載されている。

 ITER計画への参画を通じて科学的・技術的実現性を確認した上で、原型炉への移行を判断。

 一見、なにも変わらぬ記載に見えるかもしれないが、長年、委員として政府と報告書等を調整してきた筆者には、画期的変化が読み取れる。すなわち、移行判断から「Q=10」という条件が消えている。これは偶然ではないはずだ。欧州の方針変更に合わせて、移行判断を変更しようとしていると筆者には思えた。

 同じ資料1には、昨年設定されたフュージョンエネルギーのムーンショット型研究開発制度との関連についても記述がある。昨年までは、「ムーンショット型研究で画期的な方式を開発して小型炉を早期に実現するのが日本の開発戦略」とも読める記載だった。しかし、今回の同資料1では、「ムーンショット型研究開発制度との協働がある場合」には、「ITER/BA/原型炉から発電へと続く道をより確実なものにすることが可能」という表現により、ITERから原型炉へ続く道が本道であることを示す内容になっている(p.31)。
※BAとは、JT-60SAを含む原型炉研究の日欧協力

 先進性を求めるムーンショット型研究開発に200億円を付けたことは、大学等への基礎研究にも予算が回わり、その結果、将来の人材の育成につながるので筆者も賛成するが、ITER(+JT-60SA)・原型炉が本道であることを明示すべきと思ってきたので、この記述は正しい変化だ。

 2年ほどの間、米英追従に迷い込んだ日本の方針は、ようやく本道に戻りつつあるようだ。これに沿って、1日も早く、ロードマップの前倒しを決めてほしい。すでに文部科学省の核融合科学技術委員会注7)に前倒し案は出されているが決定が保留になっている注8)。2025年以後に予定されているC&R(チェック アンド レビュー)まで待っているのは遅すぎないだろうか。一日も早く、決定していただきたい。
 以上では要点だけをまとめた。さらに詳細についてはビデオ注9)で紹介している。

注1)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/toushin/1213875.htm
注2)
https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/index.html
注3)
https://cigs.canon/videos/20240125_7836.html
注4)
https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/6kai/6kai.html
注5)
https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/6kai/siryo3.pdf
注6)
https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/6kai/siryo1.pdf
注7)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/074/shiryo/1419654_00016.htm
注8)
https://www.mext.go.jp/content/20230201_mxt-kaisen_000027282_5.pdf
注9)
https://cigs.canon/videos/20240607_8157.html