地球陸地化

海面上昇にもかかわらず、世界の沿岸の陸地面積は増加している

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監訳 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志 訳 木村史子

本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア「Landification:Even with sea level rise, around the world coastal land area has increased」を許可を得て邦訳したものである。

 2024年1月1日に発生したマグニチュード7.6の能登半島地震は、海岸線を大きく隆起させた。場所によっては200メートル以上の海岸線が新たに出現した。コーネル大学の地質学者ジュディス・ハバード氏は、この地震が「陸地化」、つまり新しい陸地の出現をもたらしたとX(旧Twitter)で投稿した

 そこで私は考えた: 世界の陸地化の長期的な傾向はどうであろうか?

 もし海面上昇が進行中であり、どうしようもない状況であれば、他のすべての条件が同じ場合、世界の陸地の面積は、特に低地の大陸地域や熱帯の島々の間で縮小しているはずである。実際、これはNASAが子どもたちに伝えているメッセージであり、フロリダとルイジアナの大きな部分が海に沈んでいる下図のように、海岸線の大部分が消滅すると警告している注1)


Be afraid children. be very afraid. 出典: NASA

 世界中の海面はもちろん上昇しており、21世紀以降も上昇し続けると予想されている。だが、1985年から2015年まで、つまり世界の海面が約60ミリメートル(約2.4インチ)上昇した期間に、世界の沿岸の陸地面積は約3万4000平方キロメートル(約1万3000平方マイル)増加しているのだ。これは1,100万人以上が住むベルギーの面積に匹敵する。

 もし、陸地化という概念が逆説的であったり、メディアで読んだものと違っていたりしても、心配はいらない、 あなただけではない。私も同じように思ったのだ。

 オランダの研究者チームによる報告、Donchyts et al.2016は、よくあるこの手の話は、地球表面の陸地から水面への変化、あるいはその逆の変化に関する世界的な傾向について誤解を招くようなイメージを与えてしまう可能性があると警告している。彼らは次のように書いている:

 限られた事例研究から一般的な結論を導き出すことはできない。むしろ、検出された変化の原因や、それが自然変動、気候変動、あるいは人為的変化によるものであることを理解する(そしてそれを見分ける)ためには、地球規模のモニタリングが必要である。

 気候変動に関連する問題ではよくあることだが、陸地化は海面上昇だけでなく、多くの要因の影響を受けることが判明しつつある。要因の多くは、気候変動の影響以外の人間活動に起因するものであり、特に、はるか内陸部や沿岸地域にあるような陸地における人間の意図的または非意図的な活動が影響している注2)

 気候還元主義は、地球規模のプロセスや動力学についてのより繊細で包括的な理解を妨げているようだ。関連する最近の文献を見てみよう。


1995年の黙示録的映画『ウォーターワールド』では、2500年までに世界の海面が24,900フィート上昇するとされている。これはRCP8.5よりも少し多い。イメージ図: ウィキペディアより

 陸地化に関する文献は、世界の陸地面積は、海岸沿いであっても、概して面積が増加しているという点で広くコンセンサスを得ている。例えば、Mao et al. 2021によると彼らは世界の海岸線を調査し、地球規模で海岸線が後退しているのではなく、概して海岸が拡大していることを次のように報告している:


ほとんどすべての緯度と経度において、陸地化が浸食と海面上昇(Sea Level Rise, SLR)に勝っている。
Mao et al. 2021の図9より引用。

 緯度・経度ごとの海岸線の隆起・侵食の割合や、大陸ごとの統計から、世界全体では海岸の拡大が侵食よりも支配的な傾向であることがわかった。世界平均の海岸線変化率は約0.26m/年であり、これはゼロよりわずかに大きく、世界の海岸線が後退ではなく前進していることを示唆している。北アメリカ大陸を除くすべての大陸の海岸線は、平均して増加傾向にあり、浸食よりも海岸の拡大の割合が大きいと言える。

 別の研究:Nienhuis et al. 2020によると、世界中の河川デルタで「陸地のネットゲイン」が以下のように報告されている注3)

 過去30年間、海面上昇が起こっているにもかかわらず、世界の河口部のデルタ地帯においては年間54±12平方キロメートル(2標準偏差)の陸地のネットゲインを記録しており、1%の巨大なデルタがネットゲインの30%を占めている。この状況の大きな要因は人間によるものであり、河口のデルタ地帯の増加のうち25%は、森林伐採による河川堆積物が増えたことに起因している。

 一方、マイナスの陸地化注4)をもたらす最大の要因のひとつは、河川の堰き止めであり、これによって河口への土砂の流れが制限され、堆積よりも浸食が優勢になる。例えば、Anthony et al. 2015によると、メコン川のダムが下流の浸食とそれに伴う陸地面積の減少に影響していることを次のように明らかにしている:

 メコンのような大きなデルタ地帯は複雑な地形をしており、その海岸線の位置は、土砂の供給、経路と貯留、地盤沈下、海面、波と潮流など、さまざまな要因の影響を受けて変化する。私たちはここでは、土砂供給の減少が、メコンデルタの海岸線の300km以上に影響を及ぼしている浸食をもたらしている主な要因であると考える。

 河川デルタ地帯の下流土地面積の縮小に対する土砂供給量の減少の影響は、Nienhuis et al. 2020による調査によって世界的に以下のように明らかになった:

 ほぼ1,000のデルタ地帯で、河川の堰き止めによって人為的な土砂流出が著しく減少し(50%以上)、三角州の陸地が年間12±3.5平方キロメートル(2標準偏差)失われた。しかし、すべてのデルタが河川の堰き止めによって陸地を失うわけではない。潮汐によって支配される状態に移行しつつあるデルタにおいては、おそらく航路埋め立てによって、現在陸地を増やしつつある。


気候変動に関するアドボカシー団体:クライメート・セントラルが
RCP8.5の下で想定した2300年時点の英国議会の図。
出典:クライメート・セントラル

 さて南太平洋の島々が消滅するという懸念についてはどうだろうか?専門家の査読を経た文献を参照するとよくあることだが、メディアで宣伝される物語と実際との間には大きな隔たりがあるものだ。

 「海面上昇による浸食が懸念されているにもかかわらず、環礁島における地球規模での浸食が広がっていることを示す証拠はひとつも発表されていない(Holdaway et al. 2021より)」

 例えば、Holdaway et al. 2021では次のような結果が報告されている:

 海面上昇による浸食が懸念されているにもかかわらず、環礁島における地球規模での浸食が広がっていることを示す証拠はひとつも発表されていない。本研究では豊富なLandsat画像データを用いて、インド洋と太平洋の221の環礁島における陸地面積の変化を分析した。その結果、2000年から2017年の間に、これらの環礁島の陸地総面積は1007.60km2から1069.35km2へと61.74km2(6.1%)増加していた。土地面積の変化のほとんどは、モルディブ国内と南シナ海の環礁上の島々の造成によるものである。2000年以降、モルディブでは37.50 km2、南シナ海のスプラトリー諸島とパラセル諸島では16.57 km2の島が新たに誕生した。

 さらに、同研究では南シナ海の人工島を分析対象から外しての分析も行ったが、それでも環礁の安定性を示す証拠が見つかったとして以下のように述べている:

 南シナ海の環礁を除外し、太平洋の他のすべての環礁を考慮した場合、6.00 km2の増加が見られ、環礁あたりの平均増加面積はちょうど0.04 km2、中央値は0.01 km2であった。この結果から、人工島が多い環礁を別にしても、ほとんどの環礁の陸地面積は、調査期間中に減少した形跡はなく、安定していることがわかった。この観察結果は、世界中の環礁島の面積が主に安定または増加傾向にあることを示した最近の研究(McLean and Kench, 2015; Duvat, 2019)とも一致している。

 海面上昇は沿岸管理にとって重要な問題である。エネルギー政策にどのような変更がなされようと、海面上昇は続くのである注5)。海面上昇は世界中で何らかの影響を引き起こし、世界のエネルギー政策がどうなるかにかかわらず、適応を必要とするであろう。

 それと同時に、海面上昇が世界中の海岸にもたらす結果は、海面上昇が静止した陸地をどうしようもなく侵食するという単純なものではない。堆積埋め立てといった人為的な影響は、結果に大きな違いをもたらすし、一方、侵食や堆積といった自然界のプロセスも影響するのである。他にも要因はある。例えば2015年の研究では、地球は毎年少しずつ膨張しており、海面上昇の影響をある程度相殺することができると論じている注6)

 このような他の様々な重要な要因を無視して海面上昇を強調することは、気候への適応がない条件で将来の気候の影響を予測する場合に犯している過ちと同じことをしていると言える。他の結果を無視して単一の変数の影響を考慮することは、感度解析であり、意味のある将来予測ではないと言える。

 世界の海岸線を管理することは、21世紀の大きな課題である。そして、私たちはそれに対して十分な備えが出来ているのである。

注1)
NASAがここで提示している割合では、3,429年で20フィートの海面上昇が起こることになる。一方、IPCCのAR6では、RCP4.5シナリオの場合、2100年の海面上昇の中央値は2フィート未満と予測 している。
注2)
ここでは河川や湖沼については論じないが、土地と水の相互作用や陸地化のプロセスはやはり重要である。
注3)
彼らの用いた手法については、後のやりとりを含めこちらこちらのリンクを参照のこと。
注4)
これがDelandificationなのだろうか?
注5)
もちろん、人為的な気候変動が抑えられれば、究極的な海面上昇も抑えられる。しかしそれでも、エネルギー政策は、今後数十年、あるいは今世紀の大半において、海面上昇を微調整するためのコントロールノブにはなり得ないだろう。
注6)
この記事の為の調査をしていて、この報告を初めて知った。