スロースリップが発生する場所と、被害を伴う地震が発生する場所


東京大学大学院工学系研究科 教授

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 最近、千葉沖で発生したスロースリップという地震が、大きな地震を引き起こすのではないかと注目されています。スロースリップはスロー地震とも呼ばれ、ゆっくりと滑る地震のことです。前回のコラムでもスロー地震について触れましたが、ここではスロー地震の発生する場所と、被害を伴う地震(ここではファースト地震と呼ぶ)の関係、そして、それぞれの地震が発生する断層の特徴について説明しようと思います。

 この千葉沖のスロー地震は、定期的(数年周期)に発生しており、それほど特別なことではありません。千葉沖では定期的にスロー地震が発生するため、スロー地震が発生する場所に対して掘削を行い、徹底的に調べようというアイデアもありました。またスロー地震は、ゆっくりと滑りますので、大きな被害を発生させることはないと考えられます。

 私を含めて多くの人の興味は、このスロー地震が、被害を引き起こすファースト地震を誘発するかどうかだと思います。スロー地震が発生すると、固着域(ファースト地震が発生する場所)に力がかかっていることは間違いないです。図1の式は前回のコラムで説明した「地震が発生する条件」ですが、スロー地震の動きが固着域に到達すると、固着域で断層を動かそうとする「せん断応力」τが大きくなり、地震が発生してしまう可能性があるということです。

図1.地震が発生する条件。せん断応力が、摩擦抵抗よりも大きくなった時に地震が発生する。

 実際に前回、千葉沖でスロー地震が発生した後には、大きな地震が発生しています。そのためスロー地震の後は、比較的大きな地震が発生することに注意した方が良いという訳です。

 一方で固着部がしっかりと固着していれば、スロー地震は大きな地震を誘発しません。図1の式を用いて説明すると、ファースト地震が発生する固着域というのは摩擦係数μが大きい場所、または水圧pfの低い場所と考えていただければ想像しやすいと思います。これらの場合には、図1の式の右辺は大きいので、なかなか断層は動かない訳です。しかし、なかなか地震が起こらないのも問題で、繰り返し発生するスロー地震で、断層を動かそうとする力τが蓄積されて大きくなっていきます。そのため一度、固着域で断層が動くと、大きな力を解放してしまい、大きな地震が発生してしまうのです。

 スロー地震は紀伊半島沖の南海トラフでは、よく調べられていて、発生する場所が分かってきています。スロー地震は主にプレート境界断層で発生すると考えられていますが、海溝に近い場所(浅い深度)で発生する浅部スロー地震と、ファースト地震が発生するよりもさらに深部で生じる深部スロー地震があります。ここでは千葉沖で発生したスロー地震のように、海溝に近い場所で発生する浅部スロー地震について紹介したいと思います。

 プレート境界断層は、前回のコラムで書いた通り、水圧が高く滑りやすい状態です。紀伊半島沖の地質構造の地下構造(水圧の分布)を図2cに示しますが、海溝(南海トラフ)に近い場所には、プレート境界断層周辺に水圧の高い場所(図2cの赤色の領域)が厚く存在しています[1]。その場所は、海溝から外縁隆起帯という場所まで広がっています。この外縁隆起帯という場所を境に地質構造が異なり、陸側ではより硬い岩石が発達しています。

図2.紀伊半島沖南海トラフの水圧の高い場所と、スロー地震の分布。パネル(b)の場所は、パネル(a)の白四角に対応する。パネル(c)の測線の場所は、パネル(a)の白線に対応する。

 図2bに、この水圧の高い場所の厚さ(図2cの白矢印)をマッピングしたものを示します[2]。この紀伊半島の熊野沖では、水圧の高い場所が広く発達していることが分かります。

 図2bの紫色の点はスロー地震が発生した場所ですが、水圧の高い場所が厚く存在する場所に集中していることがわかります[3]。水圧pfが高いため、図1の式で右辺が小さく、少しでも力がかかるとすぐに断層が動く状態でスロー地震が発生していると考えられます。一方で、それよりも陸側(深部)ではスロースリップがあまり発生しません。その場所は硬い岩石が発達した固着域と考えられます。このようにスロー地震が発生する場所は、水圧の高い場所と関係していることが分かってきています。

 最近の研究で、固着域にも、さまざまな種類があることが分かってきました。南海トラフの固着域で、2016年三重県沖地震が発生しました。マグニチュード5.9という大きな地震でしたが、1944年に発生した東南海地震(マグニチュード8)に比べると小さいサイズです。私は、このマグニチュードの違いと、地震の発生する場所の特徴に興味を持ちました。

 まず三重県沖で得られた探査データを用いて、プレート境界断層の3次元形状や周辺の地層を詳細に調べました。その結果、2016年の地震は、プレート境界断層が、柔らかい堆積物から硬い玄武岩に遷移する場所に位置することや、三重県沿岸に発達する古い地質帯の海側に沿って綺麗に地震が分布していることが分かりました(図3[4]。つまり2016年の地震で動いた断層は、柔らかい堆積物中に存在し、その断層の動きが古い地質帯の下にある、より固着した断層に伝播しなかったことが分かりました(図3)。このように2016年の三重県沖地震では、滑りが陸側へ広く伝播しなかったことが、地震が大きくならなかった原因の一つであることが分かってきました。

 一方、1944年の東南海地震の震源は、古い地質帯の下に分布しており、図1の式の垂直応力σnが大きく、固着の進んでいる場所になります[5]図3)。固着の進んだプレート境界断層で地震が発生した場合には、固着の弱い場所に断層滑りが伝播しますので、地震が大きくなる可能性があります。つまり、固着した場所から柔らかい場所には地震は伝播しますが、反対に柔らかい場所から固着域には地震は伝播しにくいと考えられます。このように地震の発生する場所により、地震のサイズをある程度予測できる可能性があります。

 なお、後半に書いたのは私の研究を紹介としたものであり、特に最後の解釈は、専門家によって異なった意見を持たれる方もおられるかと思います。しかし地質構造は、その場所で発生する地震を特徴付けていることは間違いないと思います。今後も地下を探査して、地震の仕組みをより詳細に解明したいと考えています。

図3.2016年三重県沖地震(マグニチュード5.9)で動いた断層と、1944年東南海地震(マグニチュード7.9)で動いた断層の関係.

[1]
T. Tsuji, R. Kamei, and G. Pratt, Pore pressure distribution of a mega-splay fault system in the Nankai Trough subduction zone: Insight into up-dip extent of the seismogenic zone,Earth and Planetary Science Letters, Vol.396, 165-178, 2014.
doi:10.1016/j.epsl.2014.04.011.
[2]
Fahrudin, C. Chhun, T. Tsuji, Influence of shear zone thickness and strike-slip faulting on tectonic tremor in the Nankai Trough, southwest Japan, Tectonophysics,
838, 229519, 2022. doi:10.1016/j.tecto.2022.229519.
[3]
A. Hendriyana, and T. Tsuji, Influence of structure and pore pressure of plate interface on tectonic tremor in the Nankai subduction zone, Japan, Earth and Planetary Science Letters, Volume 558, 116742, 2021.
doi:10.1016/j.epsl.2021.116742.
[4]
T. Tsuji, S. Minato, R. Kamei, T. Tsuru, and G. Kimura, 3D geometry of a plate boundary fault related to the 2016 Off-Mie earthquake in the Nankai subduction zone, Japan, Earth and Planetary Science Letters, Vol.478, 234-244, 2017.
doi:10.1016/j.epsl.2017.08.041.
[5]
T. Tsuji, J. Ashi, M. Strasser, and G. Kimura, Identification of the static backstop and its influence on the evolution of the accretionary prism in the Nankai Trough, Earth and Planetary Science Letters, 431, 15-25, 2015.
doi:10.1016/j.epsl.2015.09.011.