地中の水と地震:地震を誘発させるメカニズム
辻 健
東京大学大学院工学系研究科 教授
2024年は元日から、マグニチュード7.6の能登半島地震が発生しました。読者の中にも地震で被災された方がおられるかもしれません。被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。今回の地震はある程度は予測されていたものですが、その地震の大きさや、次の地震を正確に予測することは、現在の技術では難しいです。
一方で、地震学は進歩していると思います。観測装置や解析手法の発達、観測データの蓄積により、数10年前とは比べ物にならないくらい様々なことが分かってきました。例えば、数年前に放送された「日本沈没」というドラマで「スロー地震」が取り上げられましたが、これは実際に観測されている現象で、人間には感じることができない、ゆっくりとした地震です。このスロー地震により、断層にかかる力が解放されれば、被害が起こるような地震は発生しません。しかし断層にはゆっくりと滑りにくい場所があり、そこにスロー地震が到達すると、人間に被害を与えるような速い地震が発生してしまうと考えられています。東北地震の前にもスロー地震が観測されており(1)、この情報は将来の地震を予測する上で有効な情報になる可能性があります。また地震が発生しやすい状況も分かってきています。地震は、潮汐、積雪、降雨など地表で生じる変動によって引き起こされる場合もあります(2)。
このような地震が発生する原因を理解するために、まずは地震が発生する条件を説明します。式を使ってしまいますが、この式が分かれば地震学の多くを理解することができます。図1をご覧ください。式の左辺は、断層を動かそうとする「せん断応力」です。右辺は断層を止めようとする摩擦抵抗で、μが摩擦係数、σnが断層に加わる応力です。この左辺(断層を動かそうとする力)が、右辺(断層を止めようとする力)より大きいと断層が動き、地震が発生することになります。しかし、この例では、断層に水が入っていない状況です。
次に断層の中に水が入っている場合を考えます(図2)。一般に、地震断層を含め地下は水で満たされています。また、その水の圧力を間隙水圧(かんげきすいあつ)とよびます。図2の式が、図1の式と異なっているのは、間隙水圧pfが加わっているところです。この間隙水圧は、断層を引き離す方向に力が働き、応力σnの効果を弱めてしまいます。つまり間隙水圧が高くなると、右辺(断層を止めようとする力)が小さくなり、左辺(断層を動かそうとする力)が同じでも、断層が動いてしまいます。地熱発電などの水を圧入するプロジェクトでは誘発地震が発生することがありますが、これは水の圧入によって間隙水圧が上昇することが主な原因です。
地殻の中は、この間隙水圧が高い場所が多いです。図3に南海トラフの地震断層周辺の間隙水圧を推定した結果を示します(3)。断層周辺では間隙水圧が非常に高い状態であることが分かります。図3で赤になっているところは、式の右辺が0に近い状態で、とても滑りやすい状態です。なお間隙水圧pfが、応力σnよりも大きくなると、断層が広がってしまいます。または、その水圧で岩石を割ってしまいます。水が地下深部で岩石を割るなんて信じられないかもしれませんが、シェールガス開発では、実際に高い圧力の流体を圧入して人工的に岩石を割っています。また多くの天然の石にも、高い間隙水圧が石を割った痕跡を見ることができます。
この地震発生の条件(図2)を理解された皆様は、地震が発生しやすい状況を議論できます。例えば大きな地震が発生した後は、遠い場所でも地震活動が活発になることが知られています。これは地震の揺れで、広い範囲の岩石を構成している砂粒が圧密され、その粒子の間にある水が排出されます。つまり広い範囲で液状化のような状態が生じます。地表付近であれば、排出された水が地表へ噴出しますが、地下深部の場合には排出された水の行き場所がなく、結果的に間隙水圧が上がってしまいます。その間隙水圧の上昇が、遠い場所の地震を誘発する原因の一つに考えられています。地震後の火山活動も同様に水圧で説明できます。遠地で発生した地震の揺れが、火山のマグマだまりを刺激し(ガスを発生させ)、圧力が高くなります。それによって地震の後に火山活動が活発になると考えられます(4)。東北地方太平洋沖地震の後も日本中の火山が活動的になりましたが、このメカニズムが原因だと考えられています。
さらに積雪などの地表変動が地震の発生頻度と関係していることも、上記のメカニズムである程度は説明できます。例えば積雪があると、上から押さえつける力が大きくなり、図2のように断層が水平方向に発達している場合にはσnが大きくなります。また地下水面の変化も、剪断応力、垂直応力、間隙水圧のいずれかに影響を与えます。我々の研究でも、雨が降って少し時間が経ってから地殻深部の間隙水圧が変化するようなモニタリングデータが得られています(5)。近年の観測データを用いれば、これらの地震のトリガーとなる自然の変動や、地震断層の歪みの蓄積をモニタリングできるようになってきたと思います(6,7)。私たちの研究室では、日本列島全体の地殻深部の間隙水圧のモニタリングを連続的に実施しています(図4)。このような研究は人命や社会に関わるため高い精度でないと公表することは難しいですが、ここで書いたような情報を積極的に利用することで、地震の発生するタイミングをある程度予測したいと思っています。
- (1)
- Y. Ito, R. Hino, M. Kido, H. Fujimoto, Y. Osada, D. Inazu, Y. Ohta, T. Iinuma, M. Ohzono, S. Miura, M. Mishina, K. Suzuki, T. Tsuji, J. Ashi, Episodic slow slip events in the Japan subduction zone before the 2011 Tohoku-Oki earthquake, Tectonophysics, 600,14-26, doi:10.1016/j.tecto.2012.08.022, 2012.
- (2)
- K. Heki, Snow load and seasonal variation of earthquake occurrence in Japan, Earth and Planetary Science Letters, 207, 159-164, 2003.
- (3)
- T. Tsuji, R. Kamei, G. Pratt, Pore pressure distribution of a mega-splay fault system in the Nankai Trough subduction zone: Insight into up-dip extent of the seismogenic zone,Earth and Planetary Science Letters, 396, 165-178, 2014.
- (4)
- Y. Kakiuchi, H. Nimiya, T. Tsuji, Spatiotemporal Variations and Postseismic Relaxation Process Around Mt. Fuji, Japan, During and After the 2011 Tohoku-Oki Earthquake, Journal of Geophysical Research – Solid Earth, 129(2), e2023JB027978, 2024.
- (5)
- R.D. Andajani, T. Tsuji, R. Snieder, and T. Ikeda, Spatial and temporal influence of rainfall on crustal pore pressure based on seismic velocity monitoring, Earth, Planets and Space, 72(1), 1-17, 2020.
- (6)
- H. Nimiya, T. Ikeda, and T. Tsuji,Spatial and temporal seismic velocity changes on Kyushu Island during the 2016 Kumamoto earthquake, Science Advances, 3(11), e1700813, 2017.
- (7)
- T. Ikeda and T. Tsuji, Temporal change in seismic velocity associated with an offshore MW 5.9 Off-Mie earthquake in the Nankai subduction zone from ambient noise cross-correlation, Progress in Earth and Planetary Science, 5(1), 1-12, 2018.