技術開発なきイノベーション
書評:マルク・レビンソン 著 村井章子 訳『コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(「電気新聞」より転載:2023年10月20日付)
東京湾をクルーズすると、巨大なコンテナ船が行きかっている。長さ40フィートの大きなコンテナを、1万個以上も積む巨大船もあるという。
そういえば子供のころにはあれほど大きな船はなかった。いつごろからあったのだろう。
コンテナは現代の物流を支えている。通販や宅配で、世界中の物をお手軽に買えるようになったのも、コンテナのお陰だ。
ではこの偉大なるイノベーションはどのようにして起きたのか。それを綿密に調べ、わくわくする物語にしたのがこの本だ。
実はこのイノベーションは、偉大な技術開発の物語ではない。コンテナはしょせん、ただの金属の箱だ。イノベーションは日本では技術革新と訳されて、技術開発と同義だと思っている人も多い。だが本来はイノベーションとは爆発的な普及のことであり、技術開発なきイノベーションも存在する。コンテナはまさにそれだ。
もちろん、安定して積みやすくする金具の工夫とか、コンピューターによる積み荷の管理などはある。けれども、技術開発は物語の脇役にすぎない。
主役は、規格化された箱によって世界中の物流を行えば圧倒的なコスト低下になるという、その単純なアイデアだ。それが世界に普及するまでの物語では、まず主要国際航路から始まり、やがて、鉄道、トラック輸送までシームレスにつながってゆく。
だがその過程は波乱万丈だ。物流の効率化に反対する荒くれものの港湾労働者。激しいストで新設の埠頭が使えなくなった。コンテナ規格を巡る争い。従来の仕事を変えようとしないお役人。ハブ・アンド・スポークから外れて衰退する港。時代遅れになった小さな埠頭は衰退し観光地になった。巨大なコンテナヤードには高いクレーンが林立した。規模の経済を競うようになると、巨額の投資が行われた。それで興隆する港、原油高や不景気に見舞われて失敗する港、と悲喜こもごも。そして何度失敗してもくじけない、アニマルスピリッツの塊のような経営者。
コンテナは、従来の制度、習慣を変え、周辺の技術も変えながら、半世紀をかけて、世界の物流の主役になった。物流コストは大幅に下がり、グローバル化をもたらした。このような時間のかかる社会の変化を伴うのがイノベーションの本質だ。その主役がただの箱だというのは本当に面白い。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『コンテナ物語 世界を変えたのは「箱」の発明だった』
マルク・レビンソン 著 村井 章子 訳(出版社:日経BP)
ISBN-13:978-4822289935