気候サミットの結果と今後

―温暖化対策の暴走にどう歯止めをかけるか―


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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 米国が主催した4月22日の気候サミットにおいて、菅首相は「2030年にCO2等の温室効果ガスを2013年比で46%削減することを目指し、更に50%の高みにむけて挑戦を続ける」とした。これは既存の目標である26%に20%以上も上乗せするものだ。
 同サミットでは、先進国はいずれも2030年までにCO2をおおむね半減すると約束したのに対して、他の国々は米国が求めた目標の深堀に応じず、先進国対途上国の対立が先鋭化することなった。以下に解説し、更に今後日本はどうすべきか、提案をする。

バイデン政権の気候外交は百害あって一利なしだった

 日本が46%~50%としたのは、米国が50%~52%としたのに横並びにしただけだ。日本はいつも米国と横並びだ。1997年に京都議定書に合意した時は米国の7%より1%だけ少ない6%だった。2015年にパリ協定に合意した時は米国と全く同じ26%だった。
 何れの時も、米国は一旦合意したが、やがて反故にした。歩調を合わせた日本は、二度も梯子を外された。
 今回も確実に梯子を外される
 何故なら、議会のほぼ半分を占める共和党はそもそも「気候危機」なる説はフェイクだと知っている。のみならず、米国は世界一の産油国・産ガス国であり、民主党議員であっても自州の産業の為には造反し、共和党議員と共に温暖化対策に反対票を投じる。
 このため環境税や排出量取引などの制度は議会を通ることは無い。米国はCO2を大きく減らすことなど出来ないのだ。
 なぜ米国は自分が出来もしない目標にこだわったか。それは「地球の気候は危機に瀕しており、気温上昇を1.5℃に抑えねばならない、それには2030年に半減、2050年にゼロでなければならない」という「気候危機説」に基づく。
 これは御用学者が唱えるもので、西欧の指導層と米国民主党では信奉されている。ただし台風やハリケーンなどの統計を見ると、災害の激甚化などは全く起きておらず、この気候危機説はフェイクに過ぎない。にもかかわらず、CNNなどの御用メディアが、不都合な事実を無視し、「科学は決着した」として反論を封殺してきた。あるCNNのディレクターは気候危機を煽ることで儲かる(Fear Sells)とうっかり本音を漏らしているところをプロジェクト・ベリタスの囮捜査で暴露されている。ちなみにこのディレクターは、CNNが意図的にトランプの印象を悪化させて選挙で敗戦させたことを自慢気に話していた。
 サミットでのバイデン政権の最大の目的は、気候危機説を信奉する人々、特に民主党内で存在感を増すサンダース等の左派を満足させることだった(ヘリテージ財団カラファノ氏の見解)。筆者もこれに賛同する。
 しかし、中国、インド、ロシアなどは全く目標の深堀りに応じなかった、結果としては、日米欧が一方的に莫大な経済的負担を負う事になった。

自滅する先進国を尻目に中国は高笑い

 気候サミットの動画を視て、最も強烈に印象に残ったのは、習近平氏の自信に満ちた演説だった。
 「中国は米国がパリ協定に復帰することを歓迎する」として、政権交代の度に方針が変わる米国の信頼性の無さをあげつらった。かつ、正式な交渉の場は国連であり、米国主導のサミットでは無いこともはっきりさせた。中国の意図は「米国に環境を理由として覇権を維持させない」ことであった。このことは、環球時報であからさまに解説されている。
 コロナ禍で広く知られるようになったように、国連は中国にとって都合の良い場である。G77と呼ばれる数多くの開発途上国は、「途上国は経済開発の権利があり、先進国は過去のCO2排出の責任を負って率先してCO2を減らすべきだ」というポジションを取っている。中国はそのリーダー格である。
 開発途上国を代表する中国の雄弁な主張については、環球時報の社説で確認できる。確かに「善良なる開発途上国」であれば、開発の権利の主張はごもっともである。しかし、領土拡張や人権侵害をしている国であれば、何をか言わんや、である。だが国連の場では、中国を支持する開発途上国は多い。香港での民主運動の弾圧についても、先進国が人権侵害だとして中国非難の決議を出すと、その倍の数の国々が内政干渉だとして中国支持の決議をした。今後、CO2の話が国連に持ち込まれると、多数のサポーターを従えて、ますます中国は強気に出るだろう。「先進国がCO2を半分にすると言って圧力をかければ中国もそうするはず」などというお目出たい言説が流布されているが、全く根拠が無い。
 じつは今回、中国はサミットへの参加をテコに有利な取引をした。すなわちサミットに先立つ米中の共同声明で「産業と電力を脱炭素化するための政策、措置、技術」を共に追求する、とした(米中共同声明原文; ウオールストリートジャーナル社説 バイデンの気候叩頭 中国の空約束の為にどれだけ譲歩するのか)。この文言は、今後の貿易戦争にあたって、中国の利益を害するような米国の制裁を抑制する為に利用されるだろう。
 中国の現行の計画では、今後5年で排出量は1割増える。この増分だけで日本の年間排出量12億トンとほぼ同じだ(図)。また日本の石炭火力発電は約5000万kWであるが、毎年、中国はこれに匹敵する設備容量を建設している。


図 CO2排出量の日中比較。筆者作成。データはWRIによる。

 今回のサミットで、先進国は自滅的に経済を痛めつける約束をした一方で、中国は相変わらず、事実上全くCO2に束縛されないことになった。
 それだけではない。太陽光発電や電気自動車は中国が大きな産業を有し、先進国が創る市場を制覇できる。そのサプライチェーンを握ることは地政学的な強みにもなる。途上国に対しても、中国はグリーンインフラ整備を名目に一帯一路構想をいっそう推進すると表明した(ブライトバート 報道)。
 先進国はCO2を理由に途上国の火力発電事業から撤退するが、お陰で中国はこの市場を独占できる。先進国が石油消費を減らし、石油産業が大打撃を受ける一方で、中国は産油国からの調達が容易になる。
 のみならず、化石燃料を取上げられた途上国はこぞって中国を頼る様になる。欧米が世界中の途上国に極端なCO2削減を押し付けたことは強い反発を招いており、いま先進国が最も味方につけたいインドまでが、新興国の会合(BASIC)で中国との共同声明で懸念を表明するに至っている。
 先進国は自滅し、中国に棚ぼたが転がり込む。気候変動という、先進国が冒された奇妙な新興宗教の顛末に、中国は高笑いだ(なおサミットの結果についての更に詳しい解説は東大有馬教授と筆者の動画をご覧いただきたい)。

これからが勝負だ――粘り強く国益を守れ

 さて日本はどうすべきか。
 今後、エネルギー政策を見直すプロセスが始まる。大事なのは具体的な政策である。安全保障と経済を熟慮しつつ、一つ一つ妥当性を吟味すべきである。
 再生可能エネルギー賦課金による太陽光発電推進の実態を見ると、いま毎年1%のCO2削減のために、毎年1兆円の費用が掛かっている。26%から46%まで深堀りすると、その差は20%で、単純に計算すると、追加で毎年20兆円掛かることになる。
 以上はあくまで概算であるが、このような巨額になることは間違いない。
 まずは、46%達成のためには総額が幾らになるのか、政府は明確にすべきだ。
 次いで、費用の高騰を防ぐ制度設計が必要だ。2つほどアイデアを出そう。
 第1の提案は、計画に色分けをすることである。今回、菅首相は46%を「目指す」と表明し、小泉環境相は目標達成できなかった場合の政治責任は、と問われて「五輪に出るときに金メダルを目指すといってはいけないのか」と答えている。以上を字句通り解釈すると46%は「非拘束の努力目標」である。
 そこで「着実に実施する計画」として26%減を、「安全保障および経済への影響(費用対効果)を精査しつつ実施してゆく計画」として残り20%の追加分を作成してはどうか。後者については、費用対効果が悪いことが判明すれば、実施に移さず計画を再検討する、という段取りにする。
 第2の提案は、「政策のカーボンプライシング」である。つまり一定の「炭素価格」として例えば1トンあたり 4000 円と設定し、政策は全てこの炭素価格を用いて費用対効果を分析し、安全保障なども勘案しつつ、政策実施の可否を決める。これで無駄遣いを阻める。
 なおこの炭素価格の設定は、温暖化による環境影響を金銭化して計算された「社会的費用」とすべきだという意見があるが、これは手法上の問題が大きいために、炭素価格の設定は任意性の高いものにならざるを得ない。実際には、国民負担への配慮に基づいて価格水準を決めることになるだろう。
 今年の末までには、バイデン政権がCO2を減らせないことがはっきりするだろう。かつ、中国をはじめとした開発途上国も2030年に半減といった極端なCO2削減目標の深堀には全く応じず、国連における気候変動枠組み条約COPの交渉が行き詰まることがはっきりする。そもそも2050年にCO2ゼロなどはどの国にとっても不可能なのだ。欧米が不可能を追い求めてしまった上、南北の対立を先鋭化させてしまったことは重大な過ちだった。
 のみならず、そこまで極端なCO2削減を正当化するような科学的事実はない。このような認識は、莫大な経済負担を突き付けられてショックを受けている世界諸国民に、米国共和党を根拠地として、遠からず広がってゆくだろう。
 「46%」の表明を受けて、いたずらに温暖化対策を暴走させてはいけない。1年もしないうちに、米国や世界の情勢は変化し、日本の世論の地合いも変わる。いまは粘り強く、安全保障と経済という重要な国益を守ってゆかねばならない。