エネルギー危機を作り出したドイツとロシア

これからどうなる天然ガスと石炭価格


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 1973年10月第一次オイルショックが発生した時に、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)に属していた中東諸国は、米国とオランダ向け原油の輸出を禁止した。さらに他国向け輸出数量の削減も行うとした。まさに、石油を武器として利用し、イスラエルとの戦争状態になったシリアとエジプトを支援した。
 昨年2月からのロシアのウクライナ侵攻により、「ロシアはエネルギーを武器にした」と、ロシアが第一次オイルショック時の中東諸国と同じような行動を取ったとする論調が見られる。間違いだろう。開戦前から開戦後にロシアの取った行動を見ると、エネルギーを武器にして脅したのではなく、エネルギーを打出の小槌にして、戦争のための資金を稼いでいたように見える。
 米国、他EU主要国の反対にもかかわらず旧ソ連との相互依存を高めることで、安全保障のリスクを下げるとしたドイツの思惑は外れた。「ロシアがエネルギーを武器にした」と声高に訴えたのは、自国の安全保障戦略の失敗を隠すためではないかと思える。EU諸国はロシアのエネルギー供給に制裁を科し、購入量削減により多くの戦費を渡さないようにした。欧州発のエネルギー危機を作り出したのは、ドイツの相互依存戦略にもあった。

エネルギー代金で戦費を準備したロシア

 2021年前半20年ぶりと言われる凪に見舞われ風力発電量の落ち込みに直面した欧州諸国は、天然ガス火力の利用率を向上させ発電量を確保した(図-1)。この状況下でロシアは欧州向け天然ガス供給量の削減を21年夏から始める(図-2)。需要量が増える中で供給量が削減されたので、欧州での天然ガス価格は上昇を始める。


 その結果、ロシアのEU向け化石燃料販売代金は増加した(図-3)。開戦に備えてロシアが資金を手当てしているように見える。ちなみに、天然ガス価格が上昇を始めたため、欧州諸国は天然ガスに代え、石炭、褐炭を利用することで電気料金を抑制し始める。脱石炭を進めていたはずの温暖化問題に熱心なドイツも例外ではない。

 昨年2月24日の開戦直前から、ロシアは削減をしていたウクライナ経由のEU向け供給量を増やし始めた。エネルギーを武器として使うのであれば、供給量をさらに削減するはずだが、そうはなっていない。ロシアは、ウクライナを数週間で占領できると考え、パイプラインの流量を増やしたのだろう。だが、ウクライナ軍は手ごわく、ウクライナ経由の天然ガス量は、その後再度減少する(図-4)

 ロシアが取っている行動は化石燃料からの収入を増やすことで、直接的にエネルギーを武器にして脅しているようには見えない。エネルギーを資金源とし戦争を遂行する資金を作った。EU向けパイプラインガスの代わりの買い手を見つけることができない以上、ロシアはEUにパイプラインガスを売って戦費を稼ぐ戦術を取ったように見える。戦争の当事者ということもあり、オイルショック時の中東諸国の行動とは全く異なる。
 

どうなるEUの天然ガス価格

 昨年暮れから今年1,2月まで、欧州は暖冬だった。さらに、欧州諸国は軒並み節エネを行った。その結果、欧州諸国の天然ガス消費量は産業、家庭用共に大きく減少した。欧州主要国の天然ガス消費量の推移は図-5の通りだ。

 おかげで、EUの天然ガス在庫量は史上最高レベルにある(図-6)。ノルドストリーム・ルートが使えなくなった今も、ロシアはEU向け天然ガス輸出を続けている。ロシアがエネルギーを武器にするのであれば、ゼロにするだろう。

 EU諸国は米国、中東からのLNG輸入量増によりロシア産の減少分を埋めており、在庫の維持にも成功している。天然ガスの輸入数量減少により高騰した価格も落ち着いてきた。代替で調達された石炭の価格も下落した(図-7)。それでもロシアは、開戦以来4000億ユーロ(約63兆円)を超える化石燃料代金を得た(図-8)


 EUでの天然ガス在庫状況から、価格が再度高騰する可能性は薄いとみていいだろう。しかし、石炭価格は不透明だ。下落を続けていた豪州炭価格もトン当たり140ドルで7月に下げ止まっている。欧州での足元の価格は150ドルだ。

不気味な石炭価格

 日本の一般炭輸入量の約4分の3を占める豪州炭の出荷量は、減少を続けている(図-9)。洪水などの影響と言われているが、炭鉱労働者が不足しているとの根本的な問題があると豪州では言われている。

 海岸に近い場所にあり大きな町にも近かった炭鉱の採掘が終わり、新規炭鉱は徐々に奥地へと移動している。大手石炭会社は、社宅の建設を行う対策を行っているが、若年労働者が炭鉱で働くことを嫌い労働者の高齢化が進んでいる。多くの若年労働者は気候変動問題から「石炭産業に未来はなくやがてなくなる」と考えている。若い労働者を呼び込むことは簡単ではないだろう。
 最大手資源会社の一つBHPは、豪州NSW州最大の一般炭炭鉱を売却しようとしたが、買い手が見つからず、2045年閉山予定を2030年に前倒しすると発表した。石炭産業に将来をかけようとする若い労働者がさらに少なくなるようなニュースだが、石炭輸出量が減少し価格が上昇すると困るのは日本だ。
 日本は、ドイツとは異なり、石炭も天然ガスも同盟国豪州を中心に調達を行ってきた。戦略は成功したが、気候変動問題の逆風は資源国にまで吹き始めた。脱炭素、豪州からの水素調達の前に化石燃料を確保する戦略を立てなければ、やがて日本のエネルギー価格は大きく上昇する。脱炭素ばかりに注目していると日本の産業と家庭は疲弊するだろう。