有機農業と再生可能エネルギーに共通する「危うい倫理」とは!


科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表

印刷用ページ

 今回も、農水省が進める「みどりの食料システム戦略」の副作用を紹介する。この問題はよくよく考えてみると、太陽光や風力のような再生可能エネルギーを主力電源とする国のエネルギー基本計画の危うさにも共通する問題点をかかえている。いったいどういうことなのか。

「有機は美容・健康によい」と訴える動画

 「みどりの食料システム戦略」(以下、みどりの戦略)は、農地に占める有機農業面積の割合を現在の1%以下から25%に拡大させる計画だ。有機農業のすばらしさを知ってもらおうという狙いでいろいろな試みが始まっているが、「これはどう見てもおかしい」という動画に出会った。
 この動画の存在は、ベストセラー「日本は世界5位の農業大国~大嘘だらけの食料自給率」(講談社)を著した農業ジャーナリストの浅川芳裕氏から教えていただいた。
 この動画は、モデルで女優の高橋メアリージュンさんが有機農産物・農業の魅力を語ったものだが、「えー、ここまで言っていいの!」という驚きの連続だった。インタビュアーは農水省農業環境対策課の女性。農水省の有機農業推進総合対策緊急事業(有機農産物の販売・流通拡大支援)の一環として、有機農業の支援事業などを行う株式会社「マイファーム」(京都市)が製作した(2023年3月28日に公開)。タイトルは「農林水産省インタビュー『有機農産物・農業の魅力』」(約6分間)。
 農業専門学校で有機農業などを学んだ高橋さんは次々に自信の体験に基づく魅力を披露する。聞いていて、まず気になったのが「(有機は)美容、健康、環境にいい」と明るく話す場面だ。さらに「口紅も食べちゃうので、化粧品も有機にしている」という話も飛び出す。
 高橋さんが有機食品を愛好すること自体に何ら異論はない。そして、有機農産物を利用することがサステナブルな生活につながるという話も、強い信念があっての行動なので、それなりに尊敬できるし、共感できる。
 言い過ぎだと感じたのは、「美容、健康、環境にいい」という内容だ。この動画が農水省の補助事業で製作されたのを考えると、いくら何でも「美容や健康によい」は一線を超えた表現である。
 ただし、高橋さんが個人で発信する動画なら全く問題ない。しかし、農水省が「有機農産物の魅力」という啓発目的で推奨しているところに疑問を感じる。有機農産物なら、コメでも野菜でも乳製品でも何でも美容によいというわけでもないだろう。
 案の定、「美容、健康、環境にいい」というテロップの下に小さな文字で「個人の見解です」と記されている(写真参照)。


Youtubeサイトのキャプチャ

「打ち消し表示」に消費者庁は警告

 なぜ、わざわざ「個人の感想です」という文字が記されているのだろうか。察しの早い人はお気づきだろうが、有機農産物を食べることが「美容によい」とか「健康によい」という科学的根拠がないことを農水省も製作者側も知っているからだ。確たる根拠があれば、有機の効果を打ち消すような文字を記す必要はない。根拠がないからこそ、あえて「個人の感想です」という文字を記したわけだ。
 健康食品の効果に関する表示でもよく見られる「個人の感想です」という表示は「打ち消し表示」という。製品を売る側は「効果があるといっても、あくまで個人の感想です。勘違いしないでください」と言いたいのだろう。この打ち消し表示があれば、効果があると勘違いする消費者の早とちりが悪いと弁明できる。実に巧みな言い訳商法である。
 こういう打ち消し表示に対して、消費者庁は、商品の中身と表示が一致していなければ、消費者に優良誤認を与え、景品表示法違反になると警告している。農水省の補助事業で製作され、インタビュアーが農水省の官僚なのに、なぜ、こういう法律違反すれすれのきわどい内容の動画を世に出したのか、脇が甘いと言わざるを得ない。
 それもこれも脱炭素のために有機農業を無理やり推進しようとするからだ。その熱意は分かるが、前回の紙芝居の無理無理ストーリーといい、あまりにも思慮が足りない。ついでにいうと、有機農業の支援事業などを行う「マイファーム」の監査役に元農水省事務次官が名を連ねているのも気にかかる。監査役として迎え入れておけば、補助事業が得やすいのではないかと私などは勘繰ってしまう。

有機農産物の購入は「投資」か!

 動画でもうひとつ注目したいところがある。インタビュアーの「有機は生産の手間がかかる分、多少値段が上がりますが、抵抗はありませんか?」という質問に対して、高橋さんは「投資するつもりで買っていますので、そんなに気にならないです。返ってくるものが大きいので」と答えた。やはり、農水省は「有機農産物は高い」ことを堂々と公言していることが分かる。前回のコラムで紹介した東海農政局が作成した紙芝居のストーリーも「値段は高いけれど、地球にやさしいニンジンを選ぼう」だった。
 これらの言葉を私なりに翻訳すると、農水省は「有機の食品は高いけれど、地球を守るという博愛精神を発揮して買いましょう。投資するつもりで買いましょう」と勧めているように聞こえる。
 値段の高い有機食品を買ってもらうからには、何かご利益がないといけない。買ってもらうだけの大義がないといけない。だからこそ、「美容にいい」とか「健康にいい」とかいうご利益が登場する。しかし、そのご利益といっても、打ち消し表示を必要とするほどだから、ご利益の中身はかなり怪しい。有機農産物の魅力を語るときに、どうしても無理が生じるのはご利益があいまいだからだ。今回の動画や紙芝居のように、有機農業を推進する宣伝に疑問符がつくのは、有機農業が本当に地球全体の環境や人々の生活によいかの根拠があいまいだからだ。
 カーボンニュートラルを目指すなら、それにしぼって、有機農業の優位性をデータで証明すればよい。なぜ、健康や美容によいといったあいまいな理由を持ち出すのか本当に不思議である。

太陽光と有機農業、どちらも負担が大きい!

 ここまでお読みになり、もうお気づきの人がいるかと思う。みどりの戦略に見る有機農業の推進は、実は、エネルギー分野で太陽光や風力を推進するのと似ている。どちらも一見、自然にやさしい良いイメージをもっているが、実は、自然破壊に加担する要素をも併せもっている。
 太陽光発電でいえば、平均利用率が20%以下と低いため、残る8割の時間帯は、他の電力に頼らざるを得ない。しかも、とてつもなく広い面積を必要とするため、最近は太陽光発電の設置に伴う山林の開発に反対運動が強くなっている。他の補助電源なしには成立しない太陽光が主力電源になることはそもそも無理なのだが、地球のため、脱炭素のためと称して、太陽光が推奨され、普及してきた。
 その推進に庶民のお金が使われていなければよいが、実際には、再生可能エネルギー発電促進賦課金(固定価格買取制度による電気料金の上乗せだが、実質的に税金のようなもの)という名目でここ6,7年、毎年2兆円から3兆円の巨額なお金を国民や中小企業など全消費者が負担してきた。これは、紙芝居で見た「(電気)料金は高くても、地球のために頑張って負担しましょう」という論理と似ている。
 有機農業も太陽光も、やりたい人が市場メカニズムの中で消費者のニーズに沿った形で普及していけばよいのに、なぜ、巨額の税金を費やして、あえてコストの高い食料や電力を拡大させようとするのか不思議でしようがない。CO2を減らしたからといって、本当に地球の温暖化が止まるかどうかも怪しい中、「地球のため」に高い食料やエネルギーを使いましょうという、国民の倫理や善意にすがるメッセージがはたして人々の支持を得られるのか疑問である。

知人の杞憂

 前回の紙芝居の記事を読んだ知人から、以下のような感想が届いた。
 「6割も高い有機農産物を、現在は1%以下しかない有機農業の面積を25%に拡大して生産しようとする計画は、食料安全保障の面から理にかなっているのか、大いに疑問を感じます。生活必需品である食料は、安定的で適正な価格で買い求められることが必要であり、これは電気も含めたエネルギー価格も同じだと考えます。
 有機農産物の価格が安く、安定的に供給できるなら、諸手を挙げて賛成できますが、そうでないなら国益を損ねかねないと本当に危惧します。そういうコストをいったい誰が負担するのかという問題は、再生可能エネルギー賦課金の問題とも重なって見えます」。
 みどりの戦略がやろうとしている有機農業の推進は、電力分野に移し変えると「地球のために、日本が誇る高効率の石炭火力を廃止しましょう」と言っているのと似ている。エコ意識に燃えた若い世代は日本の優れた産業が滅んででも、地球を守りたいのだろうか。有機農業や再生可能エネルギーに目がくらんで、大事なものを滅ぼさないようにしたい。