エネルギー安保、再考すべし
書評:兼原 信克、河野 克俊 著『国難に立ち向かう新国防論』
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
(電気新聞より転載:2022年11月18日付)
著者の一人、兼原信克氏は外務省を経て国家安全保障局次長を2019年に退官した。外交と軍事に詳しく、議論は明晰で、エネルギー安全保障や軍事研究についても歯に衣着せず直言を続ける。何冊も著書がありいずれも勉強になるが、特にこの最新刊は読みやすい。
兼原氏いわく、岸田政権の下で策定された経済安全保障推進法にはエネルギー安全保障が入っていない。石油ショック以来、日本は石油の戦略備蓄を行っており、官民で半年分の石油が貯蔵されている。しかしほとんどが野外に設置されている。台湾有事になれば、中国は日本の最も脆弱なところから狙ってくるであろうから、石油備蓄タンクがミサイル攻撃の対象となるかもしれない。そうなると日本は油が断たれ倒れる。
台湾有事に際しては、南シナ海はおそらく激しい海戦場になっているので、日本の商船隊は、スールー海・セレベス海から西太平洋を大きく迂回することになる。この商船隊の防護を、まだ誰も考えていない。シーレーンからの石油輸入が滞れば、日本の経済活動は止まる。そうなれば自衛隊も戦えない。
しかし、商船会社、海員組合を所管する国交省海事局、石油業界、石油備蓄を所管する経済産業省資源エネルギー庁、海上保安庁、防衛省・海上自衛隊、そしてすべてを統括すべき国家安全保障会議の連携は、コロナ騒動もあって止まったままだ。
評者も、いまの日本のエネルギー安全保障のバランスの悪さを感じる。原発ではテロ対策が徹底されていて、ジェット機が意図的に突入した時に備えた工事までして、そのために稼働を停止している。けれども、テロリストの立場になってみれば、原発を攻撃しても成功する確率は極めて低いのではないか。外部電源も非常用電源も全て断つか、あるいは分厚いコンクリートの建屋を破壊しさらにその中の原子炉を破壊しなければならない。それより簡単なターゲットはいくらでもある。石油・ガスのタンク、タンカー、送変電設備、新幹線、駅などだ。ドローンなどの簡易な兵器でも多大な損害を起こせるだろう。
原発のテロ対策だけ強化しても国全体としてのリスク低減にはならないのではないか。国防の観点から、エネルギー安全保障を今一度見直すべきだ。軍事に関する議論を忌避するばかりでは問題解決にならない。
※ 一般社団法人日本電気協会に無断で転載することを禁ず
『国難に立ち向かう新国防論』
兼原 信克、河野 克俊 著(出版社:ビジネス社)
ISBN: 978-4828424224