がんの放射線治療体験記


日本理科教育支援センター代表

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 2021年末に受けた人間ドックで前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA値が5.6になった。4以上だと精密検査の対象となる。毎年PSA検査を受けていたので、過去にさかのぼって数値を見ると、2.17→3.44→3.63→5.60と少しずつ上がっていた。

 PSA検査については、受ける必要がないという考え方もある。厚生労働省は個人の判断に基づく受診(任意型検診)は妨げないとしているが、市町村の実施する対策型検診では推奨しないとしている。

 一方で、親や親戚に前立腺がんになった人がいる場合は受けた方がよいといわれている。私の場合、父が前立腺がんだったので、10年来ずっとPSA検査を受けていた。偶然だが、同じ時期に従兄も前立腺がんと判定された。従兄はダビンチ手術による摘出を受けた。

 私は地元の病院で、MRI検査をした結果、がんの可能性があるということで、生検を受けた。前立腺から12か所採取したうち、1つからがん細胞が見つかった。

 地元の病院では、選択肢として、ホルモン治療、ダビンチ手術による摘出、放射線治療を示された。若いし体力もあるから、ダビンチ手術がよいのではということだった。しかし、入院期間が10日前後かかる。仕事があるし、それ以上に痛いのはいやなので避けたい。父は放射線治療を受けたが、2ヶ月近く毎日病院に行った。仕事がある私にはこれも無理。

 そんな状態で思い出したのが、東大病院での放射線治療だった。中川恵一先生の講演や著書、新聞の連載で、日本では外科治療が多いが、欧米では放射線治療の比率が高いことを拝聴、拝読していた。東大病院の放射線科では、前立腺がんの放射線治療が5回の照射で済む。これが私にとって最適な選択肢だった。

 放射線照射前もCT検査や、骨シンチグラフィで放射線にお世話になった。骨シンチグラフィは、骨の代謝が盛んな部位に特異的に集まる放射性医薬品(物理的半減期約6時間のテクネチウムを含む)を静脈注射し、放出されるガンマ線で撮影する。前立腺がんは、骨に転移するので、その有無を調べるために検査する。幸い骨への転移はなかった。

 放射線治療の前に、ホルモン療法(注射2回)で前立腺がんの餌となる男性ホルモンを減らした。さらに、前立腺の近くにある直腸の被ばくを小さくするために、スペーサーとしてゲルを注入する処置を受けた。

 放射線照射の際も、直腸の被ばくをできるだけ少なくするために事前に直腸を空にしておく。さらに、小腸の被ばくを少なくするために、膀胱に尿をためて臨む。私は8月に1日おきに5回照射を受けたのだが、猛暑で汗をかくので尿がたまりにくく、待合室でコーヒーやスポーツ料をいっぱい飲んだ。

 照射は、位置合わせが重要なので7月中にMRIとCTで前立腺の位置を確認。おなかの3か所に目印を書かれた。消さないよう気をつけ、薄くなったら油性ペンでなぞった。照射を受ける装置は、スウェーデンに本社のあるエレクタ社のもの。CTとX線照射の装置が一体化している。

 台に横たわると、おなかの印で位置合わせ。その後、装置が台の周りを1回転してCTで位置を確認し、台がほんの少し動いて位置の最終調整。また、直腸にガスがたまっていると分かると照射前に排出!

 その後、装置がまた1回転してX線が照射される。前立腺に集中的に当てるために、回転速度が変わるとともに、X線の出口の形が変わる。(照射口の形が変わるのは寝ている位置からは目視はできない。)痛くもかゆくもない。入室してから、10分もしないうちにすべて完了。

 多少の副反応があった。8月後半は、トイレに行く頻度が高くなった。また、痔のような症状が出た。直腸が少し放射線をあびた影響だ。それも時間とともに改善し、11月には元にもどった。

 5回の照射のあとは、3ヶ月後に検診。11月の血液検査でPSAは0.02まで低下していた。照射開始前、ホルモン療法で2.6まで下がっていたのが、100分の1以下になった。

 次の検査は半年後の今年5月。その後、1年おきに10年間検診を受ける。前立腺がんは、進行も遅いが、再発するのも遅いとのこと。

 とりあえず、一段落した今日である。がん患者とか病人と感じることなく、元気に通院したというのが実感。がんは自覚症状が出てからでは手遅れの場合が多いという。「がん検診により自覚症状が出る前に早期発見し、治療することにより、人生への影響がとても小さくなる。」という中川恵一先生のお話を身にしみて感じている。

 放射線には検査の段階からたいへんお世話になった。もちろん、医療被曝によるマイナス要因もあるが、それを遙かに上回るメリットを感じている。

 昨年12月には「放射線の基礎から利用まで」というテーマで中学校で2時間授業する機会があった。霧箱や放射線の遮蔽実験などのほか、放射線の利用として医療、がん治療について私自身の体験を交えて紹介した。以下は、中学生の感想の一部である。

放射線は危ないものである、としか思っていませんでしたが、医療をはじめとして空港や発電所で利用されていたりと私たちが生きていく上で欠かせないものなのだと分かりました。また実験を実際にすることで放射線の知識が更に深まり、記憶に残る授業となりました。私はドラマの影響で放射線技師に少し興味を持っていたので今回の授業を受けて、より放射線について詳しく知りたいなと思うことができました。

放射線は人にとって有害でいらないと思っていましたが、ビート板やタイヤを作るときに使われたり、医療に使われたりと、想像以上に便利で身近なものだということがわかりました。だとしても放射線は危険であることは変わりないので、人がしっかり管理して使うことが大事なのだと思いました。

 「がんの治療とかに放射線が使えることを知ったので、自分ががんになったら放射線で治療しようと思いました。」と書いた生徒もいた。

 中川恵一先生は、文部科学省の「『がん教育』の在り方に関する検討会」の委員をつとめ、中学校では2021年度から、高校では2022年度から保健体育にがん教育が導入された。中学、高校の保健体育で、がんや放射線治療を学んだ生徒が家庭で保護者に伝えることにより大人のがん教育が進むという。私も、自分の体験を小中学校、高校の先生方にお伝えし、がん教育の推進に関わっていきたい。

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