パキスタンの洪水と気候の因果関係についての詐欺
印刷用ページ
監訳:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志 翻訳:木村史子
本稿はデイビッド・ホワイトハウス博士による記事「Pakistan’s floods and the climate attribution con」を許可を得て邦訳したものです。
8月に年間降水量の3倍以上の雨が降ったとされるパキスタンの破局的な洪水について、気候危機論者とジャーナリズムの偏向は、誤りに満ちた誇張の新たな高みに達した。
ここでの問題は、人為的な気候変動が、そうではない場合、すなわちインド亜大陸を今まで何世紀にもわたって襲ってきた自然災害の結果として合理的に予想される洪水よりも、より大規模な洪水をもたらしたか、という点である。
世界気候アトリビューション(World Weather Attribution, WWA)プロジェクトの気候科学者たちの答えは(小さく書かれているが)ノーである。しかし、BBCや多くの報道機関がこの答えを好まないのは明らかだ。そして、彼らは科学者やジャーナリストの間をあちこちと駆け回り、反対の印象を与えようとしているのだ。自分たちの主張したいことが通らないと、「事態が複雑なのだ 」と言い出す。科学者にとって、こんなことが許されるわけがない(訳注:アトリビューションとは、ここでは災害が人為的気候変動に「帰属」する、つまり因果関係がある、ということを意味する)。
BBCの報道によれば、「地球温暖化はパキスタンを襲った壊滅的な洪水に影響を及ぼしたと考えられる、と科学者が言っている」とのことだ。表面上、この ” 考えられる ” (likely)は、50%以上の確率を意味するかもしれないし、そうでないかもしれない、しかし、この場合は50%以上の確率などではない。それとはかけ離れている。
WWAのメンバーの一人、インペリアル・カレッジ・ロンドンのフリーデリケ・オットーが語った、次の言葉が興味深い:
我々のエビデンスは、気候変動がこの現象に重要な影響を与えたことを示唆しているが、その大きさを定量的に分析することはできなかった。
ということで、「重要な影響 」だと 「 考えられそうである 」(likely)となったわけだ。 みなさんはもう「正しい」方向に誘導されつつあるだろうか?そして、この「重要な影響」がどの程度のものなのか、じつは彼らは知らないということを認めざるを得ないのである。これに加えて、さらにおかしなことになってゆく。
WWAのウェブサイトに示された分析では、この洪水は異常なモンスーン性降雨の直接的な結果として発生したという、どちらかというと驚くに値しない結論を出している。そして、この災害や気候変動との関連性を分析する際に、なぜ気候モデルが役に立たないのかを長々と説明し、自然変動の存在は、実際には
人が引き起こした気候変動の役割全体を定量化することは不可能。
であると結論付けている。
えっ、本当に?でも待ってほしい、もっと混乱することがあるのだ。
パキスタンで起きたことは、まさに気候予測で何年も前から予測されていたことなのだ。
しかしながら、2022年は・・1961年以来・・最も雨の多い年だったと指摘しており、つまりはこの現象が過去にもあったことで、歴史的な自然変動の範囲内であることを認めている。加えて、ほんの数年前、気候科学者が「我々の分析では、夏のモンスーン性降雨が南アジア中央部(パキスタン南部からインド中央部を通ってバングラデシュまで)で減少している」と主張したことを忘れてはならない。
つまり、本当のところは、「気候変動がパキスタンの洪水と因果関係があったという確かな証拠はない」ということであり、BBCの「気候変動:パキスタンの洪水は 悪化したと”考えられる”(likely)」という見出しとは全く正反対な話なのだ。
科学者の集団、および、気候についてのコミュニケーションの微妙さと現実に関心を持つ人々が、どうしてかかる誤りを正当化するのか? ジャーナリストは、なぜあるべき厳格さを放棄して、科学的な曖昧さを歪め、虚偽の確信を以て気候変動に関する物語を広めるのか?