脱炭素社会実現に原子力が必要な理由


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「EPレポート」より転載:2022年9月11日付)

 政府は原発の新増設、建て替えまで行う方針に舵を切ったが、掛け声だけで建設が行われる、あるいは新型炉の開発が進むわけではない。自由化された電力市場では将来の電気料金の保証がないので、事業者は収益の見通しが確実でない原発建設に躊躇する。必要なのは建設を支援する制度だ。

 英国は新設支援のため総括原価主義の復活とも言える制度を導入した。米国は8月に発効したインフレ抑制法の中で、再エネと原発からの電力生産量(kWh)に対する補助金に加え、新たに投資税額控除の対象とし、原発の新増設を支援する姿勢を明確にした。

 米国は、脱炭素社会実現を睨み、水素製造に関する補助制度も導入する。低炭素電源からの水素製造には補助金が与えられる。生産時の二酸化炭素排出量に応じて補助額は変化するが、最大で水素1kg当たり3ドル、最低で0.6ドルだ。最高額の補助金を得るには発電源の二酸化炭素排出量は1kWh当たり10グラム以下、最低額の補助金を得るにも110グラム以下の排出量が要求される。火力発電設備の利用は困難だ。

 日本の高炉製鉄業がコークスから水素に転換すると必要になる水素量は年間700万トンと日本製鉄は試算している。水の電気分解による生産に必要な電力量は、最低でも3000億kWhになる。水素輸入も検討されているが、輸送インフラとコストを考えると、需要地の近くに電解装置を設置し製造するのが最も合理的だ。装置の利用率を考えると再エネは現実的ではなく原子力の電気が必要だ。

 脱炭素社会が低炭素電源と水素により実現するのであれば、電解による水素製造を支援する制度を導入しなければ、低炭素電源から水素製造までを支援する米国、あるいは電解装置の価格が先進国の数分の一と言われる中国とのエネルギー価格の競争に敗れる。

 必要とされるのは原発導入から水素製造までを支援する米国のような制度だ。民間企業が大きな投資に取り組むのは簡単ではない。脱炭素社会を目指すのであれば、大きな支援制度が必要になる。