原発新増設のため英米仏が行ったこと

-日立と東芝の英国撤退は早すぎた?-


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 欧州では天然ガス価格が急騰している。8月26日時点の価格は、MWh当たり約340ユーロ。MMBTU(百万英国発熱量)当たりに換算すると約100ユーロ。欧州の7月の月間平均価格のほぼ2倍。日本の輸入しているLNG価格の6倍になった。この天然ガスで発電すると、発電の燃料費だけで1kWhのコストは円換算100円近くになる。
 EU内でのガス貯蔵量が予想を上回るスピードで増加し、8月末時点でフル能力の8割に達したことから、需給の緩和が予想され天然ガス価格も下落したが、それでも8月30日時点でMWh当たり250ユーロだ。
 欧州諸国の脱ロシア産天然ガス、需要量削減よりも、ロシアの欧州向け供給量削減のスピードが速いため、価格は上昇した。ロシアは既に昨年1年間のEU向け化石燃料輸出代金相当額を、2月24日のウクライナ侵略後の半年間でほぼ手に入れた。

上昇する化石燃料価格と進む原発利用

 欧州の天然ガス価格高騰の影響が、やがて日本着のLNG価格にも出てくる可能性もあるが、既に影響が出ている化石燃料もある。石炭だ。豪州の輸出港ニューキャッスルから出荷される代表的な燃料用一般炭の価格は、8月30日時点で410米ドルを超えている。コロナ禍の最中だった2年前のほぼ10倍になった。
 2021年半ばからロシアが欧州向け天然ガス供給量の削減を開始した中で、コロナ禍からのエネルギー需要の回復があり天然ガス価格は上昇した。欧州では、天然ガスから石炭への燃料転換が起こり、欧州での石炭消費量は前年比14%増加した。国際エネルギー機関は今年もさらに7%増加すると予想している。
 そんな状況下で8月から始まったのが、欧州連合(EU)諸国のロシア産石炭の輸入禁止だ。EUの石炭輸入のほぼ半分を占めるロシア炭に代わり、需要量が増加したのが、南アフリカ、米国などから輸入される石炭だが、豪州の石炭も当然EU諸国の買い付け対象になった。一般炭輸入量の約7割を豪州に依存する日本のエネルギー価格が、これからどれだけ上昇するのか心配になる。
 高騰するエネルギー価格が欧州諸国のエネルギー政策に影響を与え、原発を推進する立場を明らかにする国も増えた。ベルギーは2025年の脱原発を見直し、35年までの利用を決めた。フランスは原子力依存度減少から政策を変更し、最大14基の新設を打ち出した。英国も8基の新設計画を明らかにした。新設計画を政府が発表したからと言って、事業者が「はい。分かりました」と建設を開始することはない。建設に踏み切る意思決定を支援する制度が必要だ。

原発新増設に制度が必要な理由

 英国では原発の新設を支援する制度として差額保証契約(Contract for Difference-CfD)が導入された。一定額と電力卸市場価格との差を政府が保証することにより、卸市場価格とは関係なく一定額で原発からの電気を政府が購入し、事業者の収入を保証する制度だ。
 巨額の投資を伴う原発建設では、収入の保証がなければ投資を行うことは難しい。電力市場が自由化されており、競合する火力発電あるいは再エネ発電設備の将来の発電コストが分からないので、発電した電気の卸市場での売却額を想定することは難しく、投資に対するリターンを予測できない。そのため自由化した市場では巨額投資を伴う原発建設に踏み切る事業者は、投資収益率(ROI)を保証する制度がなければ、出てこない。
 英国ではCfD制度に基づき、ヒンクリーポイントC原発の建設が開始されたが、その後、東芝も日立も英国での原発建設事業から撤退した。なぜだろうか。その理由はCfD制度でも大きなリスクが残りROIが不確実なためだ。

事業者が取れないリスク

 原発の建設費は上昇傾向にある。エネルギー価格を原因とするインフレも進んでいる。当初予想した投資額が上振れした場合、CfD制度の下政府が保証している年間の収入では必要なROIが得られない可能性がある。投資額が膨らんでも、当初合意した収入額は変わらず、事業者が投資額増加に伴うROI低下のリスクを負うことになる。
 工費に加え、工期の問題もある。仮に、工期が予定より長くかかると運転開始に遅れがでる。収入を得られる時期が遅れる。また、CfD制度では運開が遅れれば、収入が得られる期間は短くなる。
 加えて、投資の意思決定に用いられるDCF(Discounted Cash Flow)法では、収入が得られる時期の遅れはROIを悪化させる。さらに、工期が遅れれば、建設期間中の金利負担が膨らむ。投資額が巨額なだけにこの建中金利負担も大きなリスクになる。

英国の新支援制度RAB

 結局、CfD制度でもリスクは残り、そのリスクを取れたのはヒンクリーポイントCを手掛ける政府系のフランス電力(EDF)と中国広核集団だけだった。東芝も日立も大きなリスクは取れなかった。仮に事業への投資者が表れても、リスクがある投資額が大きい事業に資金を融資する金融機関は、現れないだろう。
 英国では事業者が取るリスクをCfD制度よりも、さらに抑制するための新制度が検討され、今年3月原子力エネルギー(融資)法として成立した。その中に織り込まれた制度はRAB(Regulated Asset Base-規制資産ベース)手法と呼ばれる。
 RABは2015年テムズ川の水路トンネル建設に初めて利用され、必要な投融資額を集め成功した。その後、ヒースロー空港拡張事業にRABは利用されており、実績を上げている。原子力発電事業もRABの利用に適していると判断された。
 RABでは、必要な資金回収額が認可され、建設の初期段階から投資額の回収が電気料金により開始される。工費の増大、工期の遅れが万が一発生した場合には、回収額が見直されるため、事業者のリスクは軽減される仕組みになっている。
 リスクが抑制されることから、調達金利も下がることが想定され、消費者にはメリットがある制度とされる。総括原価主義に極めて近い制度にも見える。 英国政府は、EDFが建設を予定しているサイズウエルC原発にRAB手法を初めて適用する予定と発表しており、細部はこれから決定される。RAB制度導入が早期の段階でなされていれば、東芝も日立の撤退の決断に至らなかったかもしれない。

フランスと米国の支援制度

 EDFはフランス国内で原発の操業と建設を行う傍ら英国、あるいはフィンランドでも建設を手掛けている。フランス政府は、現在EDFの84%の株式を保有しているが、7月6日エリザベット・ボルヌ首相が公開株式買い付け(TOB)により100%保有を目指すと議会演説の中で発表した。議員からは万雷の賛意の表明があったと報道された。
 首相は次のように述べている「フランスは、戦争の重大な影響に直面し、その自立を確立しなければいけない。大きな挑戦が待ち受けている。将来の原子力発電の技術革新と原子力発電所建設に投資する。原子力発電は、脱炭素の、自立する、競争力のあるエネルギーである」。
 昨年11月マクロン大統領は、最大14基の新設、小型モジュール炉の開発、既存原発の運転期間延長を発表している。政府の意思決定を確実に実行するためのEDFの再国有化だろう。9月に公開株式買い付け(TOB)が行われるとみられている。
 米国政府も8月に発効したインフレ抑制法の中に、原発の新設支援制度を織り込んでいる。一つは、原発から発電された電気に対する補助金だ。電力市場価格に応じkWh当たり一定額が支払われる。加えて、投資税額控除制度も導入される。投資額の30%を税額から控除可能になる。炭鉱の跡地などに建設すれば、さらに補助金額は上乗せされる(Wedge Online掲載原稿を参照。原発再稼働と新増設が必要なこれだけの理由  Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp))。

制度がなければ建設は行われない

 原発の新増設、建て替えを打ち出した欧米政府は、支援制度も導入している。自由化された電力市場ではリスクが多くなり、収益の見通しも立てにくく、ROIを予想できないからだ。市場リスクを取れない以上、事業者は投資に踏み切れない。
 日本でも当然ながら原発新増設、建て替えの支援制度が必要になる。民間の事業者が取れるリスクには限りがあり、安定的に発電できる競争力のある脱炭素電源が必要になる以上、支援制度も必要になるのは当然だろう。
 RABのような総括原価制度の復活か、米国のような収入と設備投資額に対する支援制度新設を早急に検討しなければ、脱炭素に向けたエネルギー転換は進まない。