原子力政策転換の第一歩として


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(産経新聞「正論」より転載:2022年9月15日付)

岸田首相が活用を明言

 岸田文雄首相は8月24日の「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」で、次世代原発の開発・建設の検討などを指示した。首相は「今後の危機ケースを念頭に、足元の危機克服とGX推進を両立させていかなければならない」として、再生可能エネルギーと原子力を共に「GXを進める上で不可欠な脱炭素エネルギー」と明確に位置付けた。

 系統整備や定置用蓄電池の普及により再エネ導入を加速し、原子力については運転期間延長等により既設原発を最大限活用する。そして新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設の検討などを求めた。

 これまで政治が向き合うことを避けてきた原子力事業の必要性とその活用について、このタイミングで首相が明確に言及したことは大きな前進だ。

 筆者も委員を拝命する本会議は化石燃料からの脱却とクリーンエネルギーへの移行によって、経済社会システム全体を変革することを目指すという岸田政権の重要政策を議論する場となっている。

 7月末の初会合で多くの委員から示されたのは、まずは現下のエネルギー供給構造の立て直しを急ぐべきという危機感であった。エネルギー価格の高騰は円安とも相まって経済に危機的な負担を与えている。原発の長期停止や火力発電の休廃止の増加で電力供給力が低下し、今冬の需給逼迫は深刻なものになると予想されている。

 8月24日の第2回会議はこうした危機感を受けて開かれた。

遅れれば日本が取り残され

 東京電力福島第1原発の事故前、当時の民主党政権は非常に野心的な温暖化対策目標と整合性をとるべく、2020年までに9基、30年までに14基の原発を新設するとしていた。事故後、原発への依存度を低減すると百八十度の転換をしたことは、事故の重大性や原子力に対する国民感情を考慮すれば当然ではあった。

 だが1億2000万人以上の人口を抱え、製造業主体の経済を支えるエネルギー供給を確保し、かつカーボンニュートラルを目指すのであれば、原子力の活用は必須だ。エネルギー安全保障を巡る緊張も高まり、わが国が原発という選択肢を手放すことができない事情はより深刻になっていた。

 新たな規制基準に合格した発電所は活用するという方針は従前から明示されていたが、規制行政については原子力規制委員会に、地元合意の獲得は事業者に丸投げされていた。当面数年間の電力危機を乗り切るには、既存の発電所は徹底的に活用する必要がある。冬までの残された時間を考えれば、今がぎりぎりのタイミングだ。

 原子力事業のサプライチェーン(供給網)に携わる技術・人材は細り続けている。原発の新設・建て替えの方針を示すことがこれ以上遅れていたら中国・ロシアに席巻された原子力技術で、西側諸国が巻き返しを図る構図から日本が取り残されたことは間違いない。

 このタイミングでの方針の明示は大きな一歩ではあるが、非常に不透明な状況に置かれた原発事業を立て直すのは、まさに万里の道のりだ。課題は山積しているが、3点に絞って指摘したい。

前に進む現実的議論期待

 1点目は政策の安定性だ。原子力政策の転換が一時的ではないことを示さなければ、立地地域の方々はもちろん、原子力産業も疑心暗鬼に陥りかねない。どのような技術利用も同様であろうが、「今必要だからちょっと使いたい」といった安易な利用は原子力技術では不可能だ。福島事故後、原子力政策大綱の策定も廃止され、わが国の原子力技術利用の方針は、主としてエネルギー基本計画で示されるのみとなっている。より高いレベルで原子力の位置づけを明示し、進捗を管理していく体制の構築が必要であり、国民および立地地域への説明責任もその過程で果たしていくべきだ。

 2点目が、安全規制の最適化と賠償制度の見直しである。原子力は潜在的危険性の高い技術であり、事前予防(安全規制)と事後救済制度(賠償制度)の確保が極めて重要である。原子力規制委員会が行政機関として予見性ある規制活動を行うよう、国会がチェック機能を果たす体制なども検討する必要があろう。わが国の原子力損害賠償制度は、事業者が無限の賠償責任を負い、政府はその事業者に無利子で資金の貸し付けを行うにとどまるが、それが原子力技術利用に対する国の責任のあり方として適切かも問われる。

 3点目が、電力自由化の修正だ。原子力は初期投資も莫大(ばくだい)で、廃棄物処分まで含めれば事業期間は超長期にわたる。資金調達コストの低減や収入の変動に対する耐性を高める必要があるが、自由化はそれらと逆行する。

 このほかにも、廃棄物処分場選定や福島の復興・廃炉の着実な進展に向けた支援、事業体制の総合的な見直しも必要だ。旧に復する原子力利用ではなく、前に進む原子力利用について、現実的な議論がここから始まると期待したい。