バイデン政権が直面する理想と現実のジレンマ
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)
(「アゴラ言論プラットフォーム」より転載:2022年6月25日付)
6月22日、米国のバイデン大統領は連邦議会に対して、需要が高まる夏場の3か月間、連邦ガソリン・軽油税を免除する(税に夏休みをあたえる)ように要請した。筆者が以前、本サイトに投稿したように、これはマイナスのカーボンプライスを掛ける政策である。
現在行われている日本のガソリン価格への補助金25円/リットルを炭素価格換算するとCO2・1トン当たり約マイナス1万円の炭素価格になるので、連邦ガソリン税18セント/ガロンの免除は約2500円/ CO2-tの「マイナスのカーボンプライス」になる。逆に見れば、化石燃料にコストをかけてCO2削減を促すというカーボンプライス政策の痛みが意味することを身にしみて感じることができる。
米国の化石燃料情勢
実際バイデン政権は、ロシアのウクライナ侵攻がきっかけとなり、自らが掲げる気候変動対策の理想と、化石燃料に依存して成り立っている米国社会・経済という現実のジレンマに直面している。
バイデン大統領は21年1月の就任初日に、カナダと米国をつなぐキーストーンXLパイプラインの建設許可を取り消し、アラスカの北極圏国立野生生物保護区(ANWR)での天然ガス・石油鉱区の新規リースを停止した。
1週間後、彼は連邦政府の持つ土地と水域での新規の石油とガスの鉱区リースを禁止し、6月にはANWRでの既存のリース鉱区の探査も停止した。10月にはパイプラインなどのインフラ建設に対する規制の負担を増やし、さらに今年の2月、大統領はアラスカの国家石油保護区における鉱区リースを制限した。バイデン政権は発足以来、米国内の石油とガスの生産を制限し、減らすために様々な努力をしてきたのである。
政府はまた、連邦所有鉱区の使用料を50%引き上げてエネルギー消費者の負担を増やし、さらに金融機関が化石燃料関連企業に対する資金の提供に消極的になるような気候関連開示規則を発令した。
6月23日付ウォールストリートジャーナル紙によれば、そうした化石燃料敵視政策の結果、チーム・バイデンは望んでいたものを手に入れたのだという。すなわち米国の1日の石油生産量は、2019年の1229万バレルから、パンデミックから需要が回復した後の2022年に、推定1185万バレルに減少している。
燃料価格上昇について米政権はロシアのプーチン大統領を非難しているが、実際は2021年1月に米国内のレギュラーガソリンの平均価格はガロンあたり2.33ドルだったものが、ロシア侵攻前の2022年2月には3.52ドルになっていた。今年5月時点の平均価格は4.44ドルだったので、急激な価格上昇の半分以上がウクライナ侵略より前に発生していたことになる。
両陣営から受けるダメ出し
こうしたバイデン政権の動きについて、カリフォルニアの革新的な環境NGO、Emvironmental Progressを主催しているMichael Shellenberger氏は、そのニュースレターの中で、バイデン政権に対して「エネルギーについて嘘を続けて」いて、これこそフェイクなのでウェブニュースから排除されるべきだと痛烈に批判している。
同氏によるとバイデン大統領は6月21日、主要石油企業7社に対して、「更なる石油精製能力が必要だ」と増産を求める書簡を送り、同時に「石油・ガス会社は採掘する資源が足りないというのは全く正しくない」とも発言したという。
しかし現実には、バイデン政権は約1か月前の5月12日に、アラスカで提案されていた100万エーカーの石油・ガス田鉱区(Cook Inlet)のリースをキャンセルしたばかりである(既にこの時点でウクライナ紛争によるエネルギー危機は勃発していた)。米国内務省によるとキャンセルの理由は「業界が関心を示さなかったから」ということになっている。
しかしこの連邦政府の発表の直後に、アラスカ州選出のマコウスキー上院議員は「業界の関心がなかったというのは米国産のエネルギーを疎む政権の抱くファンタジーだ。自分は昨晩アラスカの業界関係者に確認したが、彼らは鉱区のリースに関心を持っている。そうでないというのはウソであり、短絡的な結論だ。」と批判しており、またアメリカ石油協会のマチャリオラ代表は「これはバイデン政権の国産石油・ガス開発へのコミットの欠如の新たな証だ。」と批判している。
米国の石油精製設備は現状でその能力の94~96%で稼働しており、事実上フル生産を続けており、さらに増産するには追加投資が必要となるが(それでも直ちに増産に繋がらないが)、そうした投資は精製する原油が長期にわたり確保でき、確実に販売できるという確信がないと判断できないだろう。
しかし既述のようにバイデン政権は発足後、一貫して米国内の化石燃料の生産拡大を阻止する政策を展開しており、金融界にも化石燃料投資への資金提供を控えるように働きかけてきた。
そもそもこの背景には、米国の石油精製能力が2020年以降、減少してきたことがガソリン供給不足に繋がっているようだが、Shelleberger氏によればそれは、連邦政府、大手銀行やGAFAMなどのIT大手が、投資先や自社のエネルギー調達先を化石燃料から再エネ、バイオ燃料に切り替えてきたため、米国内のかなりの製油所が、石油ではなくバイオ燃料の処理設備に改造されてきたことに拠っているという。
バイデン政権が直面する理想と現実のジレンマ
巨額の資金投じ、回収に長期を要するエネルギーの上流投資の判断を行う際に、数年後には政府によって石油やガスの採掘や使用が禁止され、あるいは需要を落ち込ませる炭素価格が課されることが予見ないしは懸念される場合、企業やその取締役会は投資を決断することはできないだろう。
そうした構造的な問題が背景にある現在の米国のエネルギー・インフレは、バイデン政権が「脱・脱炭素政策宣言」でもしない限り、長期にわたって続き、政権は「環境か経済か」というジレンマの中でもがくことになるだろう。
一方、国内にこうしたジレンマを抱えながら、バイデン大統領は7月にサウジアラビアを訪問し、石油や精製品の増産を求める方針だとされている。
ロシアの化石燃料の肩代わりを自国内のアラスカに求めずサウジアラビアに求めるというのは、結局のところ自らの主義に反する化石エネルギーへの「非ESG投資」は、脱化石ドクトリンに縛られる欧米の息のかからない、「他人の庭で他人の金を使って」行ってもらい、その果実だけをいただくということのようにも見える。
しかしそうした動きが米国内政治的には、自国内に潤沢に賦存する化石資源開発とそれによるエネルギー安全保障、米国のエネルギードミナンスを求める共和党右派の攻撃の的となることは目に見えている。
米国のエネルギー情勢から目を離すことはできない夏になりそうだ。