G7エルマウサミットとエネルギー温暖化問題(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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前回:G7エルマウサミットとエネルギー温暖化問題(その1)

気候クラブ

 今回のサミットでドイツは「気候クラブ」のアイデアを打ち上げ、共同声明にも盛り込まれた。気候クラブに関する特別声明注4)によると、気候クラブとは「産業部門に焦点を当てて気候行動を加速させ、野心を高め、それによって国際ルールを遵守しながら排出集約財のカーボンリーケージのリスクに対処することによって、パリ協定の効果的な実施を支援する」ことを目的としており、以下の3点を柱としている。

  • 排出量の算定及び報告メカニズムを強化し、国際レベルでカーボンリーケージに対抗することにより、参加国の排出集約度を低減させるための野心的で透明性のある気候緩和政策を推進。メンバーは、ベスト・プラクティスを共有し、明示的な炭素価格付け、その他の炭素緩和策及び炭素集約度等の緩和政策の有効性及び経済的影響を比較する評価手法に関する共通理解を増進
  • 産業脱炭素化アジェンダ、水素行動協定及びグリーンな産業製品の市場拡大等、産業を共同で変革
  • 気候行動を奨励及び促進し、気候協力による社会経済的便益を引き出すとともに、公正エネルギー移行を促進するため、パートナーシップと協力を通じて国際的な野心を強化

 「気候クラブ」が、現在、欧州委員会が導入を検討している炭素国境調整措置とどう関係するかは必ずしも明らかではないが、「気候クラブ」は「包摂的な性格を持っており、パリ協定、グラスゴー気候合意の実施のため自国の行動を加速することを約束した国に開かれる」としており、炭素価格の違いや炭素集約度の違いに応じて一種の関税をかける炭素国境調整措置とは性格を相当異にしている。EU加盟国の中ではフランス等が国境調整措置を強くプッシュしているのに対し、ドイツ、離脱前の英国は慎重な立場であった。特に対中輸出に大きく依存しているドイツは中国との貿易戦争をぜひ避けたいと考えている。中国、インドの炭素価格、炭素集約度を考えれば、恣意的に炭素国境調整措置の適用除外とすることはできず、中国、インドの激しい反発を招くことは間違いない。

 気候クラブは野心的な姿勢さえ示せば参加でき、ベストプラクティスの共有等の対話の場、サロン的な色彩が強いため、炭素国境調整措置よりは反発が少ないだろう。サミットコミュニケでは「我々は、2030年NDC目標がまだ整合していない全ての国、特に主要排出国に対し、COP27より十分に先立って、野心を高め、2030年NDC目標を1.5℃の道筋に整合性のとれたものとするよう強く求める」とされている。中国、インドがNDCを引き上げれば気候クラブに「参加資格あり」ということになろうが、彼らが年内に目標を引き上げるとはとても考えられない。「我々は、野心的な気候政策を世界中で促進するために、共に、また、G7以外のパートナーと協働していく。その目標を支持し、国際ルールと整合的な、開放的、協調的かつ国際的な気候クラブを2022年末までに設立する」とあるが、中国、インドも含めた気候クラブが発足するかといえば筆者は懐疑的である。他方、G7のみのクラブを作っても意味がない。目標引き上げを表明しなくてもとりあえず参加を認めるようハードルを下げるのではないかと思われる。

 国境調整措置の適否は別として貿易に体化されたCO2を「見える化」することは必要であり、そのためには気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケに盛り込まれた排出集約度や産業脱炭素化アジェンダ(IDA)の考え方をG7を超えた場で詰めていく必要がある。気候クラブはそうした議論の場になる可能性がある。

G7の独り相撲に終わる可能性

 石炭火力にしても化石燃料セクターへの公的支援についても、環境原理主義に冒されたG7(更には先進国)ならではのこだわりであり、新興国、途上国にとっては「我関せず」であろう。

 そもそもG7諸国が化石燃料セクターへの公的融資から撤退したとしても、新興国、途上国がそれに追随するとは考えられない。コミュニケの中では「世界のインフラ・投資のためのパートナーシップ」を通じ、今後5年間で6000億ドルを動員し、インドネシア、インド、セネガル、ベトナムとの間で新たな公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)を行う」と謳っている。しかしIEAは2050年カーボンニュートラルを実現するためには2030年だけで世界全体で5兆ドルのエネルギーインフラ投資が必要であるとしている。エネルギー以外のインフラも含む「パートナーシップ」の年間1200億ドルとは比較にならない。途上国のエネルギーインフラニーズが今後も拡大していく中で、「顧客」である途上国はG7のパートナーシップと中国の一帯一路を天秤にかけることになる。G7諸国が「化石燃料セクターは支援しない」等、あれこれ条件をつければ、そのような制約のない中国の一帯一路の方が使い勝手がよいことになる。

 ウクライナ戦争によって中国、ロシア等の権威主義国家と西側民主主義国家の対立・分断が顕在化している。当然、それぞれが国際社会の中で味方を増やそうとするだろう。中国は「自らの価値観を途上国に押し付ける西側先進国と異なり、自分たちは途上国の立場に立って支援を行う」として自らの影響力を拡大しようとするだろう。これは地政学的にも決して望ましいことではない。

 途上国の立場からすれば経済発展のために各種インフラの整備が喫緊の課題であるのに、化石燃料を湯水のように使って豊かになり、温暖化問題の原因を作った先進国が、上から目線で途上国の化石燃料利用に制約を加えるのはとんでもない偽善と映るだろう。

 昨年のCOP26で「国内石炭火力のフェーズアウト」との原案に対し、インドが「我が国には貧しい人が数億人おり、国内に潤沢に存在する石炭資源をクリーンに使うことは受け入れるが、フェーズアウトは不可」として最後まで抵抗し、「フェーズダウン」に改めさせた。筆者は温暖化交渉において先進国との差別化をひたすらに要求する途上国と戦ってきたが、最近は環境原理主義的な立場から化石燃料を否定する欧米諸国の方に疑問を感ずる。COP26における石炭フェーズアウト論争もインドの議論の方によほど説得力を感じたものである。

 G7レベルで前のめりのメッセージを出したとしてもインドネシアが議長を務めるG20サミットでそれが受け入れられるとは考えられない。新興国が参加するG20において温暖化やエネルギー転換に関するトーンがG7よりも低くなるのは昨年の英国主催のG7、イタリア主催のG20で実証済みだ。ましてウクライナ戦争の結果、エネルギー・食糧品価格は高騰し、世界経済がスタグフレーションに陥るリスクが顕在化している。ウクライナ戦争が突き付けた現実の前に、環境原理主義は政治的スローガンとしてはともかく、現実からますます遠ざかっている。

 日本は2023年のG7議長国となる。米欧が環境原理主義的傾向を強める中、議長を務めることは容易ではない。今回、議長国としてとりまとめに専念したドイツ緑の党のハーベック大臣は今回盛り込めなかった石炭火力のフェーズアウト年限等を声高に主張するかもしれない。G7が率先垂範すれば世界がついてくるという時代ではなくなっている。むしろ日本はアジアに位置する唯一のG7諸国としてASEANやインドが受け入れられるような現実的な方向性を提示してほしい。

注4)
英文 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100364062.pdf
和文 https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100364063.pdf