欧州向け石炭はどこから来る?
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「エネルギーレビュー」より転載:2022年5月号)
ロシアのウクライナ侵攻後、国際エネルギー機関(IEA)と欧州委員会(EC)は、ロシアの化石燃料依存からの脱却を発表した。IEAは2030年までに依存度ゼロをめざし、当面の10の対策を発表し、ECは27年までの脱却をめざし具体策は5月に発表予定としている。
今、EU27か国の一次エネルギーの比率(2019年)は、石油34.5%、天然ガス23.1%、石炭11.6%、再エネ15.8%、原子力13.5%だが、全エネルギーに対するロシア依存度は、石油8.9%、天然ガス7.1%、石炭2.5%だ。
代替ソースの入手可能性を考えると、天然ガスについてはロシアの代替になるのは液化天然ガス(LNG)を出荷する米国、カタールが中心になる。石油は産油国の協力が必要だ。石炭については、輸入におけるロシア依存度は高いものの、絶対量では少なく、また産炭国が、米国、豪州など安定している国が多いことから、ロシア産石炭を代替する取り組みが容易なようにみえる。
このため、IEAが3月上旬に発表したロシア依存度削減策の中に、石炭火力の利用率向上により1200億キロワット時の発電を行い、相当する天然ガス消費を削減する案が含まれていた。削減可能な天然ガス量は220億立方メートル。ロシアからの輸入量1650億立方メートルの10%以上にも相当する量だ。
EUの石炭輸入シェア(熱量ベース)は、ロシア50%、コロンビア17.1%、米国15.4%、豪州8.4%、インドネシア7.9%。ロシアからの石炭輸入を代替する必要があるが、問題がある。ロシア以外の輸出国がEUの需要増に応えて生産増を行うかどうかだ。
欧州諸国を中心に、50年脱炭素の目標を達成するため二一か国が石炭火力の廃止を宣言している。廃止を宣言していない米国では、シェール革命により天然ガス価格が大幅に低下したことから、炭鉱から距離のある発電所では輸送費がかかる石炭よりも、パイプラインで送られる天然ガス火力の競争力が増した。石炭から天然ガスへの転換が行われ、石炭需要は低迷している。
脱石炭の動きにもかかわらず、世界の石炭生産量は増加している。米エネルギー省データでは、16年81億4600万トン(原料炭を除く。ショートトン)は、19年88億4600万トンと増加している。コロナ禍の影響により20年には83億7900万トンと減少しているが、世界の生産は増加傾向にある。
世界の増産を支えているのは、中国とインドの二大石炭生産、消費大国だ。中国の生産量は、16年37億5900万トンが20年42億3700万トン。インドの生産量は、16年6億9100万トン、20年7億7200万トンと旺盛な国内需要を支えるために増加している。
ところが、インドに次ぐ生産国米国では国内需要の減少を受け生産量は減少している。20年の生産量は、16年から2億トン近く減少し、5億3500万トンになった。欧州向けに輸出を行っている産炭国でも、需要の状況と見通しを反映し、生産数量は減少気味になっている。
IEAが提案する石炭火力の利用増を行うと、必要になる石炭は年間約4000万トンになる。脱ロシアのためには、ロシア以外の輸出国から手当てする必要があるが、輸出国が生産量を落としている中で手当てすることが可能だろうか。欧州諸国のロシアからの石炭輸入量は6800万トン(2018年)あった。この数量も削減することが必要になる。
欧州主要国が脱石炭を進めた結果、中国、インド以外の石炭生産国は、生産数量を落とした。EU諸国は、温暖化問題しか頭に置いておらず、エネルギー安全保障の問題は、ロシアがウクライナに侵攻するまで考えなかったのではないか、と思わざるを得ない状態だ。脱ロシアを進めることは容易ではない。