ロシア産石油を切れない欧州
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
2月24日のロシアのウクライナ侵略以降、欧州連合(EU)諸国が化石燃料の輸入代金としてロシアに支払った額は、5月31日現在560億ユーロ(7兆6000億円)を超えたが(図1)、原油と石油製品の対価として支払われた額が半分以上を占めている。米国産液化天然ガス(LNG)輸入量の増加などにより、ロシアからの天然ガス購入量が減少しているため、石油の占める比率が高まっている。
石油の輸入禁止がEUの喫緊の課題だが、欧州委員会は、5月31日ロシア産原油と石油製品の年内での輸入禁止を発表した。ただし、海上輸送による石油だけが対象であり、パイプラインでロシアから輸入される原油は当面対象外となり、輸入が認められる。いつ全面禁止になるかも、可及的速やかに再度議論としか現時点では発表されていない。
BP統計では、2020年欧州諸国がロシアから購入した原油は、1億3800万トン、石油製品は5800万トンある。最近の原油の輸入量をみるとパイプライン経由のシェアは4分の1程度なので、石油製品と合わせると、ロシアから供給される石油の5分の1程度がパイプライン経由と推測される。欧州委員会は、ロシアの石油の3分の2以上が年内禁輸の対象としている。
ハンガリーが禁輸に強く抵抗したためパイプライン経由の原油が対象外となったが、ハンガリーが抵抗したのは、EU内で最もロシアと親密とされる国だからではない。ロシアからの天然ガスは、パイプライン経由で1970年代の初めから欧州諸国に運ばれ始めた。相互依存が冷戦時代の安全保障に寄与すると考えられたからだ(そうでなかったことは今回のロシアのウクライナ侵略で明らかになったが)。
一方、原油パイプラインは旧東側の国までしか敷設されなかった。図2のパイプラインがたどり着く先は、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランド、旧東独だ。パイプラインの先には製油所がある。ロシア産原油を精製し、ガソリンなどにする。この製油所は、ロシア産原油の品位に基づき設計されている。
製油所が利用する原油の品位が変わると、効率が落ち、コストアップになる。例えば、米国ガルフ(メキシコ湾)沿いに建つ製油所は、ベネズエラ、中東などの重質油を処理するように設計されている。米国で最近生産量が伸びているシェールオイルは、軽質油だ。製油所の効率を考えると、軽質油を輸出し、重質油を輸入するほうが良い。米国が2020年に、3億トン近い原油を輸入しながら、1億6000万トンの原油を輸出している大きな理由だ。
ロシア産原油と石油製品の輸入禁止に踏み切った米国は、ロシア産原油と同じく重質油を産出するベネズエラへの制裁を緩和し、原油輸入再開に動いているが、その背景にはガルフ沿いの製油所が重質油を必要とすることがあるのだろう。中東欧諸国がパイプラインでロシア産重質油を輸入できなくなっても、米国産軽質油では代替にはならない。重質油を探し、どこかの港で揚げ、その後、鉄道、はしけ、トラックなどで製油所まで輸送する必要がある(ハンガリーにはクロアチアから石油パイプラインがあるので、一部はパイプラインも利用可能かもしれないが)。
ハンガリー、チェコ、スロバキアは、その品位の問題と輸送コストを考えると、ロシア産原油の代替を行うことは簡単にはできないと考えた。一方、港湾を持つポーランドとドイツは、代替する原油を揚げ、輸送するにせよ、内陸部の国ほどコストは必要ない。そのため両国は、12月末までにパイプラインからの原油引き取りを中止することを約束した。欧州委員会によると、年末までにロシア産石油は9割削減される見通しになった。
石炭と原油は国により産出地により、品位が大きく異なる問題がある。日本の場合には、ロシア炭については、輸送に利用する船型という制限もあり、大型船を利用する豪州などの石炭で簡単に代替できないケースもありそうだ。