ウクライナ侵攻が引き起こしたEU排出枠価格急落
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EPレポート」より転載:2022年3月21日付)
ロシアのウクライナ侵攻後、欧州では化石燃料のロシア依存度をいかに下げるかの議論が活発になっている。欧州連合(EU)全体では天然ガス需要量の約4割、石油の3割、石炭の2割をロシアに依存している。国際エネルギー機関(IEA)は、天然ガスでのロシア依存引き下げのため、石炭火力の利用拡大に加え、EUの天然ガス火力で石油を利用する案も提示している。欧州の天然ガス火力設備の4分の1では石油が利用可能だ。燃料を変えるためには石炭、石油においてもロシア以外の供給国を見つける必要がある。
米国においてシェール革命が進み、欧州主要国において脱石炭が進んだため、欧州向け石炭輸出国のコロンビア、米国などの生産量が落ち込んでおり、ロシア炭の数量を埋め合わせるほどの余力はないとみられる。石油生産量についても、直ぐにロシアの輸出量を補うことは難しいだろう。化石燃料の脱ロシアは簡単ではないし、大きな価格上昇を招くことになる。
仮にロシア外から供給を得られたとしても、石炭、石油に燃料を切り替えた場合には二酸化炭素排出量が増加する問題がある。それに伴い、排出枠購入が必要になる。EUでは2005年から発電所、製鉄所、化学工場などを対象に排出量取引制度が導入された。当初はうまく機能せず、1トン当たり数ユーロセントまで下落したが、欧州委員会のてこ入れ策が功を奏し、今年2月に史上最高の100ユーロ近くまで上昇した。
しかし、ロシアが侵攻した2月24日から急落し始め、3月7日には58ユーロまで下落し、翌日は少し戻した。天然ガスに代え石炭利用が増えそうなので、上昇しても不思議ではないが、景気低迷による電力需要量減を予測した投資家が売却しているからなのだろうか。日本円にすると7500円なので、1kWh当たり数円の負担増になる。脱ロシア政策には、炭素価格制度の見直しがないと、電気料金の上昇を招くことになる。欧州委員会はそれでも制度を維持し、新たに炭素価格の国境調整制度を導入するのだろうか。