需要側の視点から見たエネルギー供給に望むこと(1)


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」より転載:2022年3月号)

 世界の多くの地域において、エネルギー・電力供給が不安定になる事態が引き起こされている。その結果、欧州諸国を中心にエネルギー・電力価格が大きく変動することになった。昨年の価格上昇局面では、欧州各国政府が補助金、税投入などにより値上がり額を抑制し、家庭、産業への影響を軽減することもあった。

 供給の不安定化と価格変動には複合的な要因がある。まず、コロナ禍が引き起こした需要減少に伴いエネルギー価格の下落が引き起こされた。2020年4月には米国で原油の先物価格がマイナスになった。大きな需要減少が貯油スペースを埋めてしまったため、マイナスでも手放したい売り手が出てきた。

 しかし、2021年になり多くの地域で経済活動が再開され活発になったことから需要量が急回復し、需給バランスが崩れ急激なエネルギー価格の上昇が発生した。経済活動ばかりでなく、天候要因による需要もあった。例えば、20年から21年にかけて欧州では厳しい冬季の天候となり、天然ガス需要量が増え在庫量が減少した。そのため21年春から在庫量回復需要が発生した。

 加えて、21年春から夏にかけ、欧州では20年ぶりに風が吹かなかった。脱炭素政策の下、石炭火力の休廃止を進め、風力発電など設備の導入を行っていた欧州では、風力発電量の落ち込み分を賄うため天然ガス火力の利用率が上昇し、天然ガス需要量が増加した。需要は複合的な要因で増加したが、供給量は需要の回復に追いつかなかった。

 コロナ禍によるエネルギー需要低迷を受け、世界最大の天然ガス生産国米国ではシェールガスの生産が低迷した。また、欧州向け天然ガス需要量の40%以上を供給するロシアは、欧州の多くの需要家が長期契約からスポット契約に切り替えていたため、スポット契約については、価格次第で供給義務はないとの立場だった。結果、欧州向け天然ガス価格は20年の価格低迷時から約20倍に急騰することとなり、エネルギー危機と呼ばれる事態になった。

 エネルギー危機は複合的要因で引き起こされたが、その根本にあるのは、脱炭素政策だ。欧州ばかりでなく、米国カリフォルニア州でも脱炭素政策が供給の不安定化とエネルギー価格上昇を引き起こしている。政策はどのように供給の安定化に影響を与え、時としてエネルギー価格上昇を引き起こすのだろうか。脱炭素政策は将来世代の温暖化の影響を防ぐために導入されるが、結果、価格上昇と供給の不安定化が引き起こされる可能性があり、現世代に大きな影響を与える。政策は何のために導入されるのだろうか。

欧州エネルギー危機の原因は

 21年欧州諸国は、急激な電気料金とガス料金の上昇に直面した。イタリア、スペイン、ギリシャ、フランスなど欧州連合(EU)内の20か国以上が、エネルギーへの課税を一時停止、補助金支出、税投入などによりエネルギー価格の上昇を抑制することになった。例えば、家庭用電気料金とガス料金が規制されているイタリアでは四半期ごとに料金改定が行われるが、21年7月の改定時、天然ガス価格上昇により大きな料金値上げが必要なことが分かった。イタリア政府は何としても電気料金の上昇幅を10%以下に抑え込むとして、12億ユーロ(約1600億円)の税投入により値上げを9.9%に留めることに成功した。家庭用のガス料金は15.3%上昇した。
 
 イタリアの試練は10月も続いた。10月1日の改定では、電気料金上昇を30%以下、ガス料金上昇を15%以下に抑制するため30億ユーロ(約4000億円)の税が投入され、電気料金は28.9%、ガス料金は14.4%の上昇に抑制された。欧州における天然ガス価格の上昇は、第4四半期も続き、22年1月1日、電気料金と天然ガス価格が大幅に上昇すると予測されたことから、政府は40億ユーロ(5300億円)を投入したが、電気料金は55%、ガス料金は41.8%上昇した。

 エネルギー価格の上昇は多くの商品の値上がりにつながり、欧州ではインフレを引き起こしている。21年11月のエネルギーと食品の欧州地域のインフレ率は、前年比4.9%になった。イタリアでは、22年の標準家庭のエネルギー購入に係る負担は1300ユーロ(約17万円)増加するとの試算もあり、家計には大きな負担増が生じることになる。

 なぜ、欧州ではエネルギー危機と呼ばれる状況になったのだろうか。20年から21年の冬にかけ気温が低かったことから、欧州の暖房の主力を担っている天然ガスの消費量が増え在庫が減少した。例年、暖房用ガス需要が減少する4月から次の冬に備え天然ガスの在庫積み増しが行われるが、発電部門での天然ガス消費量が増加し、天然ガス需要量が減少しない事態になった。

 欧州では21年初春から20年ぶりの無風状態になった。10年代から欧州主要国は脱石炭を進め、石炭火力に代わり風力発電、太陽光発電設備の増強を図っていたが、石炭火力発電量の落ち込みを埋めることができず、結局天然ガス火力の利用率を上げ対処していた(図―1)。コロナ禍の20年前半には欧州の多くの国で都市ロックダウンが行われ、電力需要が落ち込んだ。21年には多くの国でロックダウンが解除され電力需要量は回復していたが、そんな中で風力発電量が落ち込んだため、天然ガス火力をさらに炊き増し対応することになった。


図−1 EU の電源別発電量推移

 天然ガスの需要量は増加したが、供給は追いつかなかった。欧州内では、英国、オランダ、ノルウェーのガス産出国の生産量が減少気味になっている。条件に恵まれたガス田の埋蔵量が減少しているのだろう。EUの天然ガス輸入比率は9割まで高まっている。最大の輸出国はロシアであり半分近い輸出シェアを持つ。EU内の天然ガス需要量の4割強はロシアが供給している。

 20年から21年冬、ロシアも厳冬であり天然ガス消費が増えたこともあり、ロシアはEU向け天然ガス供給を抑制気味にしたと言われている。国際エネルギー機関は、ロシアはEU向け出荷量を15%増やすことができるはずと指摘していた。ロシア依存度が高まるリスクをEU諸国も当然認識しており、液化天然ガス(LNG)の輸入基地を増やし米国からLNGの輸入を開始したが、世界一の天然ガス生産国米国ではコロナ禍によりシェールガスの生産量が減少し、21年前半は回復しないままだった。さらに、日韓中の米国からのLNG輸入量が増えていたこともあり、EU向けには出荷量が極めて少なくなっていた。

 需要は複合的要因で増え、供給は複合的要因で増えないのだから、当然需給はアンバランスになり、天然ガス価格は急騰することになった。ただ、需給がアンバランスになった背景には、EUのエネルギー政策が影を落としている。

危機を招いたエネルギー政策

 エネルギー危機を招いた政策の要因も複合的だが、根本に横たわる原因は脱炭素だ。EUは30年までに90年比温室効果ガスを55%削減、50年に実質排出量(ネット)ゼロ達成を定めている。このために、脱石炭を進め、再生エネ導入を進めた。さらに、移行期には天然ガスの利用増もあると考えられた。

 脱石炭のため、英国、フランス、ドイツなど多くの主要国は、石炭火力発電所の休廃止を進めた。ただ、この背景には、主要国において採炭条件悪化、コスト上昇を受けた炭鉱の閉鎖が進み、隣接地に多く建設されていた石炭火力発電所の休廃止が進んだだけのようにも見える。例えば、20世紀初頭には年間約3億トンを生産していた英国では、経済性のない坑内掘り炭鉱は全て閉鎖され生産量はなくなったほどだ。経済的な要因を脱炭素と説明すれば世間体はよい。

 この「脱炭素」のため、太陽光、風力の再生エネ導入を進めたが、当然石炭火力の落ち込みを補うほどのスピードでは進められない。いつも発電できない不安定な再生エネが増える傍ら、安定的に供給できる石炭火力が減少するのであれば、供給不安的化のリスクは高まる。このリスク回避のため、ドイツを中心に推進されたのが、ロシアから他国を経由することなく天然ガスを輸入することができるノルドストリームⅡプロジェクトだった。

 2006年、09年と2度にわたり、ロシアはウクライナとの天然ガスの価格交渉が難航したことを理由に、ウクライナ向け天然ガス供給を停止した。当時、ロシアから欧州向け天然ガス供給の8割から9割は、ウクライナ経由だった。二度とも厳冬期の停止だったので、欧州諸国は暖房ができなくなり凍死者がでるのではないかと肝を冷やした。

 この事態を回避するため西側諸国を中心に天然ガスの備蓄が進められ、さらにロシアからの供給ルートの多様化が進められた。その一つが、11年に完工したドイツに直接天然ガスを輸出可能なノルドストリームⅠだった。ドイツが直接のパイプラインを必要とした理由の一つは、脱原発・石炭政策だろう。脱石炭に加え脱原発までも進めるのであれば、安定的な電源として天然ガス火力が必要だ。そのためには安定的な供給が必要と考えるのは当然だ。

 新たなパイプラインとして建設されたノルドストリームⅡは完工したが、まだドイツ、EUの規制当局の使用前審査は終わっていない。ロシアは、対立するウクライナ経由の天然ガス量と通過料支払いをさらに削減し、ウクライナを窮地に追い込みたいようだ。そのため、一刻も早くノルドストリームⅡの使用を始めたいと考え、意図的にEU向け天然ガス供給量を増やしていないと欧州委員会などは見ている。

 脱石炭の結果、ロシアからの天然ガスへの依存度を高めたドイツ、EUの政策がロシアに天然ガスという絶好の政治的な取引材料を与えたのかもしれない。一方、ロシアのプーチン大統領は、ロシアが供給量を抑制しているのではなく、欧州の需要家が招いた結果だと反論している。

 60年代オランダが産出する天然ガスを長期契約で購入する交渉が、輸入国ドイツなどとの間で行われた。この時に合意されたのが、「石油価格にリンクして天然ガスの価格を決定する」ことと、「引き取りを行わない時でも支払いは行う、“Take or Pay”契約」だった。その後の天然ガス長期契約のひな型となり、アジアの需要家も利用することになった。長い間天然ガスの国際取引はこの契約条件で行われたが、2000年代になり、欧州の需要家の多くは長期契約の原油価格リンクよりも、例えば米国のスポットガス価格に準拠するほうが安く買えると考え始め、長期契約からその都度数量と価格を決めるスポット契約に切り替え始めた。このため、2000年代にほぼ同じ動きをしていた日欧の天然ガス価格は、10年頃から全く別の動きをすることになった。

 いま、欧州の需要家が購入する天然ガスの長期契約比率は、2割まで低下したと言われている。一方、アジアの需要家は依然として8割を石油価格リンクの長期契約で購入している。需給が緩んでいる時であればスポット契約価格のほうが有利だろう。2000年代後半から米国シェールガスの生産が始まったことから、米国の天然ガス価格は大きく下落した。欧州の需要家も低価格での購入が可能だった。ただ、需給が締まると話は逆だ。価格は大きく上昇する。プーチン大統領は、「欧州向け長期契約は完全に履行している。スポットで購入したいのであれば、条件次第」と発言している。

 脱炭素政策とエネルギー購入方針が欧州エネルギー危機の要因になったと言える。

次回:「需要側の視点から見たエネルギー供給に望むこと(2)」へ続く