自動車燃料代値上げが招く社会の混乱
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「EPレポート」より転載:2022年2月21日付)
米国人は長距離の移動に車を利用することが多い。車を利用する理由は簡単だ。有料道路はまずなく、高速道路に相当する州際道路も無料だ。ガソリン代は上がっているが、2月初旬でも全米平均は1リットル当たり90セント。日本の約半分だが、長かった1ガロン(3.8リットル)1ドル時代からすると大きな上昇だ。公共交通機関が少ない社会では自動車燃料の上昇は大きな混乱を招くことがある。
今年初めからカザフスタンで騒乱状態が発生し鎮圧に当った治安部隊にも市民にも多数の死者が出たと報道された。日本のメディアは、ガス価格が2倍に上昇したのが混乱の原因と伝えていたが、値上りしたのは液化石油ガス(LPG)だ。カザフスタンでは自動車の8割が、日本ではタクシーに多く使用されている価格が安いLPGを使用する。この自動車燃料価格上昇が、騒乱を引き起こした。
自動車燃料価格の値上げが、騒乱を招いたことは18年にもあった。フランス政府が導入している二酸化炭素に価格を付ける制度がガソリン、ディーゼル価格値上げを招くことに多くの市民が憤り、黄色ベスト運動が発生した。値上げは、毎年のCO2価格引き上げが事前に決まっている中で行われたが、原油価格が上昇した後だったので、自動車燃料価格を大きく上昇させることになってしまった。
燃料価格の上昇は、車の利用抑制、CO2排出量削減につながる。脱炭素に邁進する欧州委員会は25年から自動車燃料を対象にした排出量取引を導入する予定だ。自動車を利用する消費者への直接の排出枠割り当ては困難なので、燃料供給事業者が制度の対象になるが、自動車燃料の値上がりは必須なため、EU東部の国からは黄色ベスト運動の再燃を懸念する声も上がる。
日本でも炭素税の導入に関する議論が活発になってきたが、多くの人にとっては、温暖化よりも生活にとり大切なことがあった。ガソリン価格上昇時に補助金を投入する国が、燃料価格引き上げにつながる炭素税を導入可能なのだろうか。政策は温暖化対策のためだけにあるのではない。