中国の気候変動問題対応とその裏に見え隠れする戦略的狙い
伊藤 仁
国際環境経済研究所 主席研究員
中国政府も、2060年温室効果ガス排出実質ゼロを宣言した。2050年を目標と宣言している日本、欧米の先進国に10年遅れるが、温暖化問題に取り組む姿勢を見せたと評価されている。2021年11月に英国で開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、米国と温暖化対策で協力する共同宣言を出し、2大排出国が協力する姿勢を示し、世界を驚かせた。
しかし、今中国が行っていることは、ペースが多少落ちたとはいえ、相変わらずの石炭火力発電所の新設だ。エネルギー消費が増大するなかで、安価、安定供給可能な石炭を離れることは難しい。短中期には天然ガスも石油も、さらに消費量が増えると、米国エネルギー省は予想している。
その一方、風力、太陽光発電設備導入量は、共に世界一であり、太陽光パネルも風力発電設備供給も、自国の巨大市場を背景に、世界一になっている。そこに見え隠れするのは、世界のエネルギー供給設備が再エネに移っていけば、自ずと価格競争力のある中国製設備が買われ、中国がエネルギーの世界で覇権を得ることができるとの中国の自信だ。
同じことは、電気自動車(EV)の世界でも言える。内燃機関自動車では、日本あるいはドイツのメーカーと中国企業が競争することは難しい。ゲームのルールを変え、部品数が少ないEVにすれば、日独に勝つことも可能になる。ここでも見えるのは世界一の自動車市場を梃に世界シェアを狙う野心的な姿勢だ。
自国は当面安価なエネルギーを利用しつつ、エネルギー、輸送の世界で覇権を狙う中国の姿勢を常に他国は意識し、自国の温暖化対策を考える必要がある。うかうかすると、欧州諸国が、ロシアに化石燃料を依存し、難しい状況に追い込まれた同じ状況が、中国との間で起きる可能性がある。
1.経緯
2020~2021年、世界がコロナ禍に翻弄されるなか、温室効果ガス排出大国である米中の気候変動問題への取組姿勢が注目された。CO2排出量トップの中国(2020年世界シェア:31%)が「カーボンニュートラル目標(2060年)」を公表(2020年9月)、第2位の排出国である米国(同14%)がバイデン民主党政権移行後、地球温暖化対策の国際的枠組《パリ協定》復帰(2021年2月)。そこで、見逃してはならないのは、気候変動問題に中国が示した国際協調姿勢とその裏に隠された戦略的狙いだ。
2.中国「カーボンニュートラル」宣言から現在に至る経緯
①一方的なコロナ対策成功宣言、気候変動問題への取組強化で対中非難かわす
世界に蔓延したコロナ禍の発生源も充分に検証できず、各国で感染拡大が続いていた2020年9月、習近平政権は突如「世界に先駆けて中国が《新型コロナウイルス》対策に成功した」と宣言。党・政府主導で政府感染症対策チームや軍生物兵器・化学兵器専門家、武漢の医療従事責任者など功労者を賞賛する《全国コロナ対策表彰会》を大々的に挙行(9/8)。当時の中国は威圧的に振舞う戦狼外交とも相まって、国際社会から「不遜・不適切過ぎる」との厳しい批判に晒された。
習近平政権はそうした対中非難の声を払拭し、起死回生を図るためのメッセージを用意した。同表彰会の2週間後(9/22)の国連総会一般討論《ビデオ演説》において、習近平自身が、既に国別気候変動計画目標(2015年パリ協定)に含まれている「2030年(習氏77歳)までにCO2排出量をピークアウトさせる」ことに加え、新たに「2060年(習氏107歳)迄にカーボンニュートラル実現を目指す」と世界に発した。
中国の目論見通り、国連、欧州各国や米民主党政権及び環境保護NGOなどがこれに諸手を挙げて賛同表明。「中国が温暖化へのコミットメントを深めていくことは、国内の環境汚染対策やクリーン化への構造改革を一段と促すとともに、地球温暖化対策における国際協調を後押しする力にもなるだろう」。
②米中気候変動担当高官協議、米側に対中強硬姿勢を退けるよう強く牽制
翌2021年4月、《気候変動サミット》では、米国のケリー気候変動担当大統領特使が、中国側に石炭依存度の低減などより野心的な取組を求めたに対し、解振華気候変動担当特使は「石炭消費を2025~2030年にかけ段階的に減少させる」と明言。しかし、中国側はケリー特使との《米中気候変動問題対応協議(8/31~9/2/於・天津)》には応じたが、人権非難・対中関税制裁・同盟国との安保連携など対中強硬姿勢を強めるバイデン政権に対し、気候変動問題も含め、米中間の諸課題を包括した協議でなければ、同じテーブルには付けないと釘を刺した。
③途上国《石炭火力発電所》新設停止を公言したが、COP26欧米《CO2削減目標》拒否
2021年9月、国連総会でリモート参加した習近平氏は「他の途上国との取引では、グリーン・低炭素エネルギーの開発を優先し、石炭火力発電所の新規建設を中止」を宣言したが、グラスゴーでのCOP26(10/31~11/13)では、米中が気候変動対策の強化に向けた共同計画で合意、同計画では(1)強力な温室効果ガスであるメタンガス排出削減への注力の必要性、(2)石炭火力発電の段階的削減を謳った以外、カーボンニュートラル目標の前倒しなど建設的な提案はなかった。
④党主導の極端な脱石炭政策で深刻なエネルギー逼迫、国務院総理が急遽政策転換
一方、国内では党主導による全国一律のCO2排出削減・石炭減産が発令され、2021年央以降、エネルギー不足が顕在化、これを憂慮した国務院李克強首相「電力制限・石炭減産・キャンペーン的なCO2削減などに関する、大局観を欠き、思慮不足の政策を是正し、北部地域の人々には温かい冬を確保するとともに、国内産業と国民経済の安定した発展を保証しなければならない」と急遽、政策転換を指示。
李克強首相は石炭・電力・石油の国有企業トップに対し「何としても冬場のエネルギー供給を確保するよう《炭鉱の臨時増産を認める緊急措置》」発令。特に、内蒙古70以上の炭鉱に1億トン余の増産指令、休止していた炭鉱を復活させ、一気に増産シフト。その結果、2021年の中国の石炭生産(前年比∔4.7%、40.7億トン)は過去最高更新。年明け後(1~2月)の石炭生産は前年比∔1割増産持続。
3.中国の気候変動対応の裏に隠された戦略的狙い
中国では、自然エネルギーシェアが増えているとはいえ、電源の太宗を化石燃料に頼る構造。最も安定的且つ安価で信頼できるエネルギーである石炭を放棄しようとはしていない。中国が昨年、新規増設した石炭火力発電所(38.4ギガワット)は世界の他の地域で新たに建設された同火力発電所の3倍以上。更に、世界最大規模(247ギガワット)の石炭発電プロジェクトが現在も計画・建設中。
中国は国家主導による《一帯一路》、《補助金》、《産業振興策》や非市場主義的な経済運営を通じて、鉄鋼・家電・造船・鉄道・通信機器などかつての多様なプレイヤーを一掃し、世界市場を席捲。重要資源の一つであるレアアースでは、国有企業統合による資源戦略強化を図っている。更に、自然エネルギー分野では、風力(陸上・洋上)発電産業と太陽光発電産業ともに世界市場を独占。
中国が推進している自然エネルギー施設は、欧米の環境保護主義者に見学させるための効果的な実証プロジェクトとして機能しており、欧米諸国に高コストで信頼性の低い自然エネルギー技術の導入を促している。
結び
国内でCO2削減を追究することは、化石燃料を放棄せず、共産党支配の存続・維持を図り、2049年(習氏95歳)に世界一の超大国になるという目標(中華民族の偉大なる復興)に背くことになる。そのことは、次の国家指導者の言葉からも伺える。
習近平総書記は党中央財政経済委員会(2020/4/10)で《新型コロナ流行を踏まえた中長期的発展戦略》をテーマにした講演での指示。「産業(自然エネルギー分野含む)の質をより高めて世界の産業チェーンの我国への依存関係を強め、外国に対し、供給停止が強力な反撃・威嚇力を形成するよう要求する」「国の安全に関わる分野(石炭含む)では、自ら制御可能な国内の生産・供給体系が必要だ」。
中国を中心とした重要資源及び風力・太陽光・EV電池など設備製造のサプライチェーン網に、世界を縛り付けるという戦略的狙いが透けて見える。