ウクライナ経由天然ガス輸出を続けるロシアと毎日1000億円をロシアに支払うEU
ーそれでも脱原発を行うドイツの政策が日本に示唆することー
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
一連のロシア、ウクライナ問題に関する原稿を昨年からWedge Infinityに連載しているので、お読みいただければと思う。ロシアのウクライナ侵攻の背景にある昨年からの欧州エネルギー危機、欧州の脱炭素政策とロシアへの依存度上昇との関係、国際決済システムSWIFTの問題などを解説している。
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- 露SWIFT排除を決めたドイツに脱原発はできるのか
欧米諸国は、SWIFTからのロシアの銀行排除を決め、日本も追従したが、SWIFT排除からガスプロムバンクが除外されるなど化石燃料輸入には支障がない策が取られた。欧州連合(EU)のロシアからの化石燃料の輸入は滞ることなく続き、ロシアが侵攻した後も、データを見る限りガスプロムはウクライナ経由の天然ガス輸出すら継続している。欧州のシンクタンク、ブリューゲルによると、EU諸国が天然ガス輸入代金としてロシアに支払う額は毎日6億ユーロ、原油購入代金は3億5000万ユーロになるとされる。原油と合わせると毎日約1300億円をロシアに支払っている計算だ。天然ガス価格が上昇を続けていることから、3月2日の天然ガス支払額は6億8900万ユーロの史上最高額に達している。
侵攻したと非難する相手に毎日戦費を貢いでいるようなものだ。しかも、天然ガス価格、原油価格は上昇し、ロシアが受け取る輸出代金も増える一方だ。欧州委員会フォン・デア・ライエン委員長は、ロシアからの天然ガス供給がなくとも、この冬を乗り切れると大見得を切っていたが、どうもそうではないようだ。
天然ガス価格が上昇したため、欧州の中で温暖化対策に熱心なドイツも英国も石炭火力の炊き増しを行わざるを得なかった。石炭火力の発電量の増加により電気料金抑制効果はあった。それでも、2021年EU内の電気料金は平均30%上昇した。20カ国以上の政府がエネルギー価格、電気料金抑制のため補助金投入、税金の減免策を行ったので、小売り料金は30%上昇に収まっているが、政府の助成がなければ電気料金は大きく上昇しただろう。なにせ卸電力価格は260%上昇しているのだから。いまEUの石炭輸入量の55%はロシアから供給されたと言われている。消費量の約4割をロシアに依存している天然ガスより、石炭消費量でのロシア依存度は小さいが、EUでの石炭の輸入比率が消費量の半分近いことからすれば、石炭でのロシア依存度も約4分の1あることになる。
世界有数の石炭生産国であった英国では坑内掘り炭鉱はなくなった。欧州有数のルール炭田、フランスとの間で帰属を巡り争いになったザール炭田などを持つドイツでも採炭条件の悪化により石炭生産はなくなり(褐炭の生産は残っているが)、石炭火力の燃料は全て輸入になった。ドイツのロシア依存度はEU平均よりも高く、天然ガスも、石炭も消費量の半分をロシアに依存している。EUの一次エネルギー供給でのロシア依存度約20%に対し、ドイツのロシア依存度は約30%。となれば、ドイツが弱腰になるのも無理はない。
侵攻を強く非難しながら、戦費を渡す。ドイツのハーベック副首相兼経済気候保護相(緑の党)は、「ロシアからの化石燃料が途絶えれば治安が脅かされる」とフランスの黄色ベスト運動が想起される発言をし、ロシアへの支払いは止むを得ないと示唆している。昨年の暮れに3基の原発を停止しなければ、天然ガスの消費量と値上がり額も少し抑制され、ロシアに渡す金も減っただろう。だが、ロシアへの戦費支払いよりも脱原発が大事というのは変わらないようだ。ドイツは今年末の脱原発を見直すとの報道もあるが、副首相は「最後の3基を今年末までに停止する脱原発計画を中止しても、来年の冬の需給への影響はない」と否定的な発言をしている。
脱原発と脱ロシアにより、これからロシア以外の地域からの石炭輸入量とLNG輸入量は増えるだろう。引き起こされることは、相対的に価格が高いLNGの利用とCO2排出量の多い石炭利用のための排出枠購入、つまり燃料と炭素価格が引き起こす電気料金の上昇だ。ドイツ政府副首相は、ロシアを非難しながら脱原発を行う矛盾に気が付かないようだが、我が日本政府の再エネ主力電源化のエネルギー政策は、安定供給と価格競争力をどのように達成可能なのだろうか。エネルギー政策の目的は温暖化だけではない。欧州エネルギー危機をよく分析し、考えた方が良い。