気候変動による豪雨災害へ備える治水対策のパラダイムシフト


JAPIC 国土・未来プロジェクト研究会/豪雨災害に関する緊急提言WG 長代理/大成建設株式会社 執行役員

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(「株式会社共同通信社 KyodoWeekly」より転載:2021年9月20日付)

 今、地球規模の気候変動が予想を上回る速さで進展している。2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」などの取り組みに呼応して、これまでの考え方に捉われない治水対策のパラダイムシフト(価値観の転換)が求められている。

 2021年8月の洪水被害をはじめ、近年、これまで経験したことのない風水害・土砂災害などが日本全国の至るところで発生し、その直接被害額は1年で2兆円を超え、災害保険の支払額も1兆円を上回っている。今後どのような水害リスクに直面し、治水安全度がどのように低下していくのかを科学的に評価し、新たな水害リスクの下での水害対策の構築が不可欠である。
 2021年6月に、治水対策に関係する複数の法律が同時改正され、産学官民の総力戦で挑む「流域治水」の取り組みが本格的に始まった。日本プロジェクト産業協議会(JAPIC、会長・進藤孝生日本製鉄会長)は、これに先立ち、2020年年12月、広域化・長期化・深刻化する水害に焦点を当てた緊急提言をとりまとめ、赤羽一嘉国土交通相に手渡した。「解明・発信」「総力戦」「重層かつ大胆に」を基調スタンスにして、災害に負けない国づくりに向けた方策や実行すべきプロジェクトが盛り込まれている。

洪水をためる

 洪水ピーク流量を「ためる」ことは、下流域の治水対策に直接的に有効であり、住民の避難時間の確保にもつながる。また、その水害リスク軽減効果は、河川の両岸地域に等しく及ぶ。そのため、ダム・遊水地の再開発や新規施設整備の可能性をあらためて検討する意義は極めて大きい。 
 2019年台風19号の来襲時に、利根川流域で本格運用前に貯水試験中であった八ッ場ダムの洪水貯留は、下流河川の水位を大幅に低下させた。また、2020年7月豪雨では、九州・球磨川流域では、ダムによらない治水対策を模索中に豪雨災害に遭遇した。
 その直後の国による検討では、休止中の川辺川ダムがあったとしても全ての被害を防ぐことはできないが、被害軽減効果は大きかったと試算され、その後、川辺川ダム建設は必要不可欠であると方針転換が図られた。淀川水系の大戸川ダムについても再検討が行われ、河川整備計画に位置付けられて建設への途に踏み出した。
 過去に、環境問題や地元の反対運動などで、中止・休止や優先順位を先送りにした「ダム」「遊水地」「放水路」の整備・建設について、洪水を「ためる」ことを論点にして、あらためて再検証・再評価・再検討を行うことが重要である。


高規格堤防の多目的化による、破堤被害防止と、安心・快適な都市空間づくりの両立

高台を創る

 河川堤防が決壊した場合、越水とは比較にならない壊滅的被害をもたらすことから、ゼロメートル地帯での破堤氾濫による被害を完全防止するための高規格堤防の整備促進は有効である。その際、貯留機能や交通輸送機能を付加するなどの多機能・多目的化を図り、また、堤防を活用した大規模避難空間(命の丘)づくり、宅地開発などとの共同事業(PPP)による「ピロティ建築物」の整備、大規模広域盛土などによる街の高台化も有用である。
 他方、多数の住民の権利調整で事業が長期化しやすいため、効率的でコスト抑制の観点から、PPPや社会資本整備(PFI)を活用した民間資金や新技術の導入支援が求められる。また、河川整備や洪水管理を行う公的主体と、まちづくりを担う自治体やデベロッパーなどの民間事業者とが適切に役割とリスクを分担することができれば、協働した河川整備も可能となり、まさに、産学官民による総力戦が実現する。

リスクの共有化

 危機感の共有化については、ハザード情報(事実)を科学的知見に基づいて適切にリスク情報(危険)に変換し、その情報を広く公開し、防災・減災の活動につながるさまざまな活動への活用を図ることが肝要である。そのため、降雨量・河川水位・氾濫水深などの観測・計測情報、ハザードマップ、土地利用変遷地図(切土・盛土・地名)、治水施設・都市施設などの立地・運用情報、避難に係る防災情報などを、国民一人一人が共有できる仕組みづくりが必要である。その際、これらハザードおよびリスク情報のデータの使いやすさの向上・改善やそのマーケット化への取り組みも重要な視点である。
 また、事前の備えとしての水害保険制度の内容の充実と普及促進や、洪水氾濫への対応力を高めるためのビル・マンションなどに敷設される電気室の上位階への移設に関わる制度創設など、産学官民の協働を促進する方策を提案した。
 治水は国家百年の大計といわれる。その一方で早急に手を打つべきプロジェクトもある。本提言が、気候変動の要因となる地球温暖化の抑制を常に念頭におき、今後の災害リスクの増加や激甚な災害の頻発に対して、世界規模のパンデミックが同時・複合的に発生している中であっても、安全・安心を国民と社会に与え、強靱な国土づくり・地域づくりを実現する嚆矢となれば幸いである。