二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析(その2)


北海道大学名誉教授(社会学)

印刷用ページ

※ 前回:二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析(その1)

第3節 「再エネ」による被害モデル

 最初にほとんどの「再エネ」論が省略するようになったその被害について、先行研究から学んでおきたい。たくさんの科学的研究があるが、たとえばネットで公開されている「風力発電等による低周波音・騒音の長期健康影響に関する疫学研究」(課題代表者名 石竹達也(学校法人久留米大学医学部環境医学講座教授)研究実施期間 平成25~27年度 累計予算額 69,496千円(うち平成27年度:20,699千円)を利用しよう。本研究では、風力発電がもたらす超低周波音・騒音、健康影響、疫学研究、睡眠障害、環境影響評価などがテーマになっている。複数の大学による共同研究であり、久留米大学、産業医科大学、帝京大学の研究者が参加したプロジェクトである。
 この共同研究は、風力発電先進国のデンマークや風力発電施設が設置されている鹿児島県出水郡長島町を調査地域とした大がかりな調査を軸とする。オリジナル調査対象地区は、21 基の風力発電施設が島の中心部に位置する鹿児島県出水郡長島町であり、島は南北に長い約110km、中心部が山間部で、島の周辺各地に港がある。風力発電施設は代表的な1基が2,400kW で定格風速が12.5 m/sである。多くの住居は最近接風車から約1 ㎞以上離れている地域にあり、500m以内に近接した住居はなかった。またこの地区では、風力発電施設の導入の際にも大きな反対運動はなく、風力発電施設への態度も約半数は好ましいと回答していた。
 調査票配布分析ととともに疫学研究もなされ、そのうちの健康影響評価指標騒音曝露に伴うヒトの反応連鎖についてみてみよう。石竹らの図1モデルを活用して、騒音曝露がもたらす影響を、Perception(騒音の知覚)、Annoyance(騒音によるうるささ)、Stress indicators(ストレス指標)、Biological risk factor(各疾病の生物学的リスク因子)、Disease(疾病)と整理した「科研成果報告」から簡単に要約する。


図1 騒音曝露に伴うヒトの反応連鎖(引用文献13.14より改編)
13:Babisch W. The noise/stress concept, risk assessment and research needs. Noise & health. 4 (16): 1-11, 2002
14:World Health Organization Regional Office for Europe: Night noise guidelines for Europe, 2009

 長島町の調査は、2013年12月から2014年3月までと2014年12月から2015年2月までの2回実施された。初回の調査では、日本郵便株式会社の配達地域指定郵便物制度を利用し、郵便局が管轄する同地域の4,234世帯を対象に、調査票各2通、合計8,468通を郵送配布した。しかしその回収率が約17%であったために、そのデータの信頼性が不足していたと判断されたため、再調査が行われた。
 その再調査は郵送法を止めて、長島町内の公民館地区(57)の館長の協力の下、回覧板配付時に併せて各世帯に調査票を配付した結果、2,593通の回答(回収率28.3%)が得られた。
 2回の調査テーマは、低周波音・可聴音の推定騒音レベル、視界等の環境要因と音への感受性、病歴等の要因について、睡眠障害の有訴率との関連性を検討し、低周波音・騒音曝露が長期健康影響(睡眠障害)のリスクファクターである可能性についてであった。
 その結果、風力発電施設から発生する騒音(可聴音:聞こえる音)は、居住環境等の条件等で長期の健康影響(睡眠障害)のリスクファクターとなる可能性が高いことが示唆された。その条件とは、(a)風車音として自覚的に聞こえる場合、(b)風車からの住居までの距離が近い場合(1,500m 以内)、(c)風車騒音と残留騒音の差が 5dB 以上の静穏地区の居住している場合、(d)風車騒音への曝露に関係なく、「風力発電施設への態度」の要因が睡眠障害の発症に関係しているなどが分かった。
 すなわち、図1で示されているような、Perception(騒音の知覚)、Annoyance(騒音によるうるささ)、ストレス、睡眠との関連が報告されたのである。風車騒音とうるささについて、主観的評価に基づく健康指標の間には統計的に有意な関連があった。また、交絡因子として、風力発電への姿勢、景観に対する姿勢、風力発電からの経済的恩恵、風車の可視性、音への感受性、健康への懸念との影響が報告されている。
 この報告書では、「再生可能エネルギーの導入が世界各地で進むにつれて、エネルギーを供給する側の地方と、エネルギーを消費する側の都市との間で、誰がその代償を払うのかという議論が聞かれるようになってきた。米国などでは盛んに環境正義が語られるようになっており、ヨーロッパでも広がりを見せつつある。これはまさに倫理学的、社会学的議論であり、非常に広範な問題で、どこかでバランスをとっていく必要がある」(同報告書:10)という指摘もあり、同感である。
 ただ今後は、風力発電が陸上から洋上風力に移っていくので、風力発電機による近隣住民の健康被害はあまり増えそうにない。しかし、洋上風力発電の設置点から海岸までのケーブルの引き方やその費用負担などは新しい争点になる。さらにその洋上風力発電による景観撹乱や自然破壊、そして住んでいる地域の「生活の質」の低下もまた問題となる。「再エネ」推進派はこのような顕在的・潜在的逆機能についても誠意ある姿勢を示さないと、「再エネ」増加に関して国民の支持は増えていかないであろう。
 次に太陽光発電がもたらす災害や事故について、経済産業省「今夏の太陽電池発電設備の事故の特徴について」を参照しながら現状を見ていくことにする。これは2018年11月26日に産業保安グループ電力安全課が出したレポートである。
 当時の西日本豪雨や台風21号、24号、北海道胆振東部地震に伴う太陽光発電設備への被害については、計48件の事故報告が上がっている。主な被害には、西日本豪雨時には、設備の立地場所の浸水や土砂崩れ等によるパネルやパワコンの損傷が多い 。台風では、強風によるパネルの飛散・破損等が多く挙げられる。
 敷地被害があった89件のうち、設置面の斜度が5度以上の場所に設置されていたものが33件、造成(切土・盛土)した⼟地の敷地被害は29件発生していた。設置時に⼟質調査を⾏っていたものは、敷地被害があった事案の約4割(34/89)であった。水没被害のあった21件のうち、約6割(12/21)が、ハザードマップ上の浸水想定区域(洪水または津波)で発生していた。
 猛烈な風の影響で、大阪湾岸部では今までとは異なる「パネルが被害を受ける事象」が発生した。(従来の強⾵被害は、パネルと架台の接合部の強度が⼗分ではなく、留めていたネジやクリップが外れたことで、パネルごと吹き飛んでいたが、今回は、ネジが外れずにパネルだけが引きちぎられたり、強⾵でパネル表面のガラス面が破損した被害が発生)とある。
 沿岸部においては、非常に強い風によりパネルが架台から引きちぎられ飛散する事象が発生した。また、破損したパネルからの発火も⾒られた。そのうえ、強⾵によりパネルの耐荷重仕様値を超える外部圧力が生じ、パネルのガラスが割れたと推定されるところもある。加えて、構内外の砂利が飛散して、パネルに衝突したため破損した事例もある。
 台⾵21号に伴う暴風により、水上設置型太陽光パネルを係留するアンカーとフロートを接続するボルトが折損し、フロート全体が流され、パネルの⼀部が変形・破損した。太陽光パネルの飛散はなかったものの、フロート部分が⾵であおられ、パネル733枚が反り返る被害も発生している。地震による地⾯の隆起、地割れ、液状化等に伴う、架台及びパネルの損傷も発生した。
 台⾵24号においては、報告対象の事故が3件あった。一つは強⾵によるパネルの飛散・破損であり、二つ目はパワコンの焼損で、三点目が支持物の変形・破損になった。
 台風の際には太陽光パネルや発電設備が飛ばされることも珍しくない。2019年台風19号のような強い勢力の場合では、新潟県の太陽光発電設備のように、パネルが架台から脱落する被害もおきた。
 住宅の屋根にではなく、地面に架台を設置した上に太陽光パネルを載せる野立て太陽光発電の場合、台風を原因とする強風や地滑りなどによって基礎に歪みが出たり、最悪のケースでは、基礎ごと押し流されたり、吹き飛ばされたりする危険性にも配慮しておきたい。地盤が緩い土地に直接架台を設置すると、基礎に打ち込んだ杭が抜けてしまうからである。
 また、冠水被害で電気系統が故障することがある。台風では、豪雨や河川の氾濫により、冠水被害が発生して、地面から低い位置に発電設備がある野立て太陽光発電の場合、浸水や水没の危険性に直面する。
 さらにパネルからの「電磁波」による過敏症も世界的報告がなされている。これは、電磁波を敏感に察知してしまい、心身の調子が崩れることを指す。身体面では頭痛、吐き気、めまい、肌の乾燥、精神面では集中力の欠如やうつ状態を引き起こしてしまう。このような顕在的逆機能への配慮も、太陽光発電の影響分析には不可欠である。
 そして、2021年11月8日の「伊勢新聞」では、松阪・飯高に巨大風力発電計画が出されていることに対して、経産大臣がこれを「取りやめ」について言及し、計画の見直しになったことを詳述しているので、同紙から要約しておこう。 
 三重県松阪市飯高町に民間事業者が計画する国内最大規模の風量発電施設「(仮称)三重松阪蓮(はちす)ウィンドファーム発電所」に対し、経済産業大臣は環境保全面から「重大な影響を十分低減できない場合は、本事業の取りやめも含めた事業計画の抜本的な見直しを行うこと」を求めた。計画初期段階での管轄大臣からの異例な見解で、見直しが不可避となった。
 この理由は、計画中の風力発電機が完成時点で60基の建設となり、最大25万1000kWが見込まれるからである。事業想定区域は、室生赤目青山国定公園と香肌峡県立自然公園、奥伊勢宮川峡県立自然公園に指定されていて、すでに周辺6か所で風力発電施設が稼働してもいるが、それらと比較した場合にこの蓮ウィンドファームは桁違いの規模となるからである。
 もちろん環境アセスメント法に基づく計画段階環境配慮書は公表されているが、行政の足並みは揃っていない。そこには、自然環境や景観の保全に対する不安があるようだ。経済産業大臣の意見は10月12日に公表され、環境保全のため風力発電設備の配置の再検討と事業実施区域の見直し、基数の削減を求め、「重大な影響を十分低減できない場合は、本事業の取りやめも含めた事業計画の抜本的な見直しを行うこと」と、知事意見を踏襲した。風力発電機の設置工事により、騒音や土地改変、生態系、景観などの項目で「重大な影響が懸念される」とされた。以上が「伊勢新聞」からの要約である。
 すなわち、「再エネ」でも健康被害があればそれは個人にとっても効用がない。さらに、社会にとっては逆機能である自然攪乱や景観破壊なども含めなければ、火発の二酸化炭素排出という顕在的逆機能、被災時原発の放射能漏れという潜在的逆機能を等しく論じることができなくなる。 
 加えて、地球気象環境のもつ国際性への配慮不足である。日本が単独でいくら力んでも、数千キロ離れた火山の爆発による火山灰の浮遊や森林火災の煙が日本の気象に影響を与える。また、二酸化硫黄などの環境汚染物質のたれ流しがそのまま偏西風にのってくれば、日本各地で光化学スモッグの発生因になる。今のところ二酸化炭素による実害はあまり鮮明ではないのに、その30年や80年先のシミュレーションによる予想だけに基づき、仮定法を連発して危険があると大騒ぎしている印象を免れない。  
 いずれにしても、今日のような「再エネ」の正機能だけを高唱して、その推進を図るような世論形成ではいずれ行き詰まることは明らかであり、バランスの取れたエネルギー転換問題の議論に志向したい。それでは電源問題から見ていこう。

第4節 自然再生エネルギーを取り巻く電源問題

 本節では、マートンが定式化した「機能的等価性」(functional equivalents)の観点から、「資本主義の終焉」の先に予想される新しい経済社会システムにおいて、自然領域の一部として脚光を浴びつつある「再エネ」をテーマにした検証を試みる。なぜなら、ハーヴェイが喝破したように、「自然は『一つのガソリンスタンド』(ハイデガーの言葉)であり、自然の使用価値は貨幣化され、資本化され、商業化され、商品として交換される」(ハーヴェイ、2014=2017:330)現実が、「再エネ」という形で世界的に拡散したからである。しかも「脱炭素」と「二酸化炭素地球温暖化」防止との融合で進められている。
 まずは最新の世界における発電方法を図2で概観する。火力発電電力量を電源別に見ると、石炭火力の伸び率は、1990年代から電源全体の伸び率を上回るようになり、全発電電力量に占める石炭火力の割合は1975年の36.5%から2018年の38.5%に増加した。発電電力量でいえば、石炭火力発電が一番多い。


図2 世界の発電設備と発電量
出典:資源エネルギー庁『エネルギー白書(2021)』

 しかしIPCCやその影響下にある国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)などでは、真っ先に否定される電力源は「石炭火力発電」であり、2021年11月のCOP26では「石炭火力発電の段階的廃止」が俎上に載せられて、参加した197カ国のうち46カ国(23.4%)がそれに署名した。インドネシアやベトナムという石炭火力発電に依存している国の賛成があった一方で、日本、アメリカ、中国、インドなどは署名しなかった。
 環境団体はこれを批判するが、石炭火力発電は一般国民生活や産業活動向けだけではなく、鉄鋼、製紙、化学工業という製造業は自社内の自家発電にそれを使っている現実を軽視した発言であるといえる。なぜなら、製鉄所内部の自家発電の91%でも石炭火力発電に依拠している日本製鉄グループ一社だけでも、年間消費電力量は270億kWhにも及ぶからである。これをすべて大手電力会社から購入すると、電力コストは年間5000億円にのぼり、日鉄グループの年間営業利益113億円が吹き飛んでしまうからである注5)。そうすれば、製品値上げしかなくなり、鋼材を使用するすべての商品価格の高騰につながる。
 さらにいずれ石油火力発電やLNG火力発電もまた廃止を主張する声が一部には大きい。それを受けてCOP26でも、石炭はもちろん石油や天然ガスなどを含む化石燃料発電全般の公的な海外投資の停止に合意した国が20カ国になった
 現在10%程度の「再エネ」が38.5%の石炭火力発電を駆逐するには、どれほどの自然攪乱、景観破壊、健康被害をもたらすかも、その種の国際会議のテーマにはなりえていない。それが半数を超えて、100%に近づくことはないにしても、原発、火発と「再エネ」は同じような安定した発電能力を持ちうるのか。図3のように、各国ともに地勢的特徴や歴史的事情があり、一律の電源構成ではない。フランスのような原発比率が70%に上る国もあれば、中国のように石炭火力発電が70%近い国もある。図には出ていないが、インドもまた石炭火力発電が中心である。


図3 主要国の発電電力量と電源の内訳
出典:資源エネルギー庁『エネルギー白書(2021)』

 さらに図3には掲げていないが、カナダのように水力発電が57%と最も重要な電源となっていて、原子力15%、火力21%、その他7%の国もある(電気事業連合会ホームページ)。地球環境を二酸化炭素の排出量規制だけで守れるとは思えないが、規制に関してもさまざまな論点を克服しない限り、先進国(GN)の合意だけではなく、途上国(GS)の賛同も得られない。
 このような立場からIPCCやCOPで否定される「原発」と「火発」がもってきた社会的機能に対して、対置される「脱炭素」と「二酸化炭素地球温暖化」防止の融合の延長にある「再エネ」が、どこまで機能的等価性を持ちうるか。「再エネ」が機能的等価性を持ち得れば、われわれが目指す資本主義を基調とする新しい経済社会システムの基本的動力源になるであろう。しかし、それが機能的に劣っていたうえで、従来の原発や火発を廃止すれば、「資本という経済エンジン」(同上:15)は回らずに、グローバル資本主義はますます袋小路に追い込まれる。このジレンマを解くカギをどこにあるか。

注5)
『週刊ダイヤモンド』(2021年11月6日号)の「脱炭素地獄」特集は具体的な資料に基づき、性急な「脱炭素」運動や無条件の「再エネ」賛歌を見直す内容に富んでいる。ただし、電力購入コストが5000億円にのぼるといっても、自家発電でも電力コストはかかるので、その差額は数百億円くらいであろうと考える。

※ 次回:二酸化炭素地球温暖化と脱炭素社会の機能分析(その3)