核融合を実現する材料のメドはもう立っている
岡野 邦彦
元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与
核融合炉の実現に至るには、まだいくつか課題があるのは事実だが、だいたいのメドは立っており、後は着実に実験を積み重ねてゆけばよい。
ところが「夢のような材料が必要だから、出来るはずがない」という批判がかつて大きく取り上げられ、何となく分かり易いことから、ずいぶんと多くの人の印象に残ってしまったようだ。
このせいで、今でも核融合炉の実現は不可能だ、との印象をもっておられる方も多いようだ。だがこれは、誤解であり、残念なことだ。
例えば日経サイエンス記事「核融合炉は本当に可能か?」は、将来の核融合発電所の材料について技術開発の余地があることなど、工学的課題の指摘は正しかった。しかし、「それらの課題を後回しにしてITERを建設している」というのは誤解である。
解決策はすでにあり、技術開発は進んでいて、ITERでは実験でそれを確認することになっている。まさにそのためにITERがあるのだ。
また、朝日新聞記事「核融合炉の誘致は危険で無駄」で論じられていた「ITERは中性子照射損傷で材料が持たない」というのも、まったくの誤解である。
今回は、誤解を解くべく、特に核融合の実現に必要な主たる材料について、詳しく説明する。以下では、(1)実験炉ITER(イーター、建設中)、(2)ITERに続く発電実証のための原型炉(2035年~)、(3)核融合実用炉(2050年~)、の3つのステップについて、はっきり分けて話を進める。そして、本稿の最後の節(4)では、「やっかいもの」扱いされることのある中性子であるが、じつはそのお陰で核融合炉が可能になる、という話をする。
まず、核融合炉の構造と、難しさの所在を思い出していただくために、以前に「核融合炉はどこまで小型化できる?(その1)」で示した図を再掲載しておく。リング状に並んだ超伝導コイル(オレンジ色)の中に1億度のプラズマ(黄色)が閉じ込められる。プラズマと超伝導コイルの間には、ブランケットという構造物(水色と青色)と、ダイバータ(茶色)という排熱部がある。
ブランケットとダイバータのプラズマに面した部分は熱負荷が大きく、その冷却に気を遣う必要がある。熱はイオン、電子、電磁波の形でプラズマから照射される。これに加えて、中性子もプラズマから照射されてくる。
(1) 実験炉ITERの材料
まずITERについて。1億度のプラズマに10cmほど離れて直面するブランケット(図の④)は、「普通のステンレス鋼」で作る。中性子照射にたいしても、それで十分だからだ。普通とは言っても、家庭の台所にあるステンレスシンクと同じものではなく、もう少し高価なステンレス鋼ではあるが、工業的によく利用されている鉄鋼材である。プラズマに直面する壁の表面には薄いベリリウムタイルを貼る計画になっているが、これはプラズマに不純物が入るのを防止するためで、中性子照射とは関係がない。
「核融合炉はどこまで小型化できる?(その1)」では、排熱部(図の③)の表面は、一番熱が来るので、この冷却が大変であることを説明した。ITERのこの部分は、熱対策として、表面には高温に耐える「タングステンタイル」を貼る。これも中性子照射への対策ではない。
(2) 原型炉の材料
次に、原型炉に話を移そう。ITERは実験炉なので、稼働率が低く、中性子照射量も低いが、原型炉は長期間連続運転や高い稼働率を実証するのが役割だから、中性子照射量は増える。ゆえに、普通のステンレスは寿命の点で採用できない。
しかし、材料が無い訳ではない。むしろ、原型炉用の材料はすでにほぼ決着がついており、他の選択肢は特段必要無い。原型炉のブランケットは「低放射化フェライト鋼」で作る。これは、ステンレスの一種だが、核融合用に開発した新しい鉄鋼材だ。熱伝導率が高く(すなわち冷却が速やかに出来て)、しかも中性子照射に強い材料である。技術開発は進んでいて、量産技術まで出来ている。
ITERでは、ここまでの高い性能は不要なので、普通のステンレスで作る。けれども、ITERに挿入して核融合プラズマに直面させる「テストモジュール」において、この低放射化フェライト鋼を使い、実地でテストを行う。そこで性能を確認した上で、データを積み重ねて、原型炉の詳細な設計に活用する。
原型炉の排熱部は熱負荷が大きいが、やはりタングステン材を使う。ITERと基本は同じだ。高耐熱材としてタングステン以上の材料は無いので、原型炉では、「夢のような材料」の登場を期待するのではなく、ダイバータに行く熱を減らす方法を考えている。
するとこれは材料の問題でなく、プラズマのほうの工夫になる。これもだいたいのメドは立っているので、今後は、実験を積み重ねたり、スパコンによるシミュレーションをして、確認してゆけばよい。その成果に応じて、原型炉の設計を最適化することになる。
(3) 実用炉の材料
実用炉の材料でも、夢のような材料の登場などは期待していない。低放射化フェライト鋼が、核融合実用炉でも十分に主材料になる。
ただし、実用炉の建設までには材料開発の時間もあるので、他の材料の可能性も探求する計画である。候補の一つのバナジウム合金は液体金属での高効率な冷却を可能とする。もう一つの候補のシリコン炭素セラミックスは、一層の高温での使用を可能とする。
ITERのテストモジュールでも、これらの材料を試験する計画である。上手くゆけば、原型炉、実用炉へと駒を進めることになるだろう。
(4) 実は役に立っている中性子
最後に、しばしば悪玉にされる中性子が、じつは核融合炉では無くてはならない役割を担っていること紹介しよう。
まず、見落とされがちな方から。核融合で発生するエネルギーの80%は、透過力が強い中性子が厚さ1メートルのブランケットの内部まで運んでエネルギーを分散してくれる。残る20%のみが熱としてプラズマに直面する壁の表面で吸収される。もし、100%の核融合エネルギーが熱として壁の表面だけに集中したら、冷却の設計はかなり難しくなってしまう。中性子はそれを大幅に緩和する役目を果たしている。
中性子のもう一つの役割は、ブランケット内部に置いたリチウムから、燃料となる三重水素を生産することだ。三重水素は天然資源としては殆ど存在しないので、豊富なリチウムから作り出せるのは非常に幸運なことなのだ。これも中性子のおかげである。
もちろん中性子は、材料を放射化するし劣化もさせる。しかしながら、上記のように、核融合炉が実現できるのも中性子のおかげである。悪者と決めつけるのはかわいそうで、上手に使えばお役に立つやつなのだ。