レーザー方式の核融合の開発はどこまで進んでいるか(その1)


元慶應義塾大教授、1990年代から国の核融合関連委員会にも関与

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 レーザーを使った核融合炉は、ここまでに解説してきた磁場を使う核融合炉とは方式が非常に違う。継続時間が数億分の1秒程度のレーザーを、直径5mmほどの燃料球に全方位から多数本入射し、一瞬で加熱して核融合を起こす。燃料はたちまち蒸発して飛びちるが、その飛び散る直前の100億分の1秒ほどの間に、核融合反応を終える。このパルス反応を毎秒10回くらい繰り返すことで、連続的に出力を出す核融合炉にする。

 レーザーで加熱された燃料球は、周辺部が四方八方に飛び散る。これは、いわば全方向にロケット噴射するようなものなので、その反動で燃料は押しつぶされる。この現象は爆発の逆なので「爆縮」という。直径5mmほどだった燃料球は、この爆縮で直径0.05mmくらいになり、密度も200~500g/ccくらいまで上がる。

 爆縮と同時に、周辺から中心に向かう球殻状の衝撃波も発生する。この衝撃波が燃料の中心に集まると、そこが1億度を超えて着火し、100憶分の1秒ほどの時間に、燃料全体に核融合反応が燃え広がる。

 この着火から燃え広がるまでがうまくいくには、燃料が爆縮で超高密度になると同時に衝撃波を中心に集める必要がある。しかし、これはなかなか難しい。

 小さな風船を手で握りつぶすことを想像すると、爆縮の難しさがわかるかもしれない。指の隙間、つまりちょっとでも締め付けが弱いところから、風船がはみ出してきて、一様に握りつぶすのは難しい。これと同様の変形が爆縮中に発生し、なかなか球対称のままで圧縮はできない。変形すれば衝撃波も一点に集まらず、うまく着火ができない。

 世界最大のレーザー核融合実験装置は、米国のNIF(National Ignition Facility)である。その建設費は3500億円以上と言われる。レーザーパルスは960億キロワットを1億分の2秒間、その入射エネルギーは合計で192万ジュール。エネルギーとして世界最大のレーザーである。NIFでは、できるだけ変形させずに爆縮するため、192本ものレーザービームを用いている。


National Ignition Facility:NIF(米国カリフォルニア州)の外観。この写真の建屋の奥の方は192本のレーザー装置が占め、手前の緑の建屋に、レーザーを燃料に集光する照射部がある。画像は米国ローレンス・リバモア国立研究所のサイトより。
https://lasers.llnl.gov/content/assets/images/media/photo-gallery/large/2012-026876.jpg

 NIFは2003年に完成後、実験を続けてきたが、上記の爆縮中の変形が想定以上に発生して、なかなか核融合を着火することができなかった。最初は130万ジュールだったレーザーエネルギーを192万ジュールまで増強し、様々な改善と調整を重ねた結果、2021年8月、ついに、ある程度の着火・燃焼に成功した。このとき核融合で発生したエネルギーは135万ジュールで、それとレーザーエネルギー192万ジュールの比(以下、燃料利得という)は約0.7倍であった。
 「まだ1倍以下か」と思うかもしれないが、これは画期的成果で、20年近い努力の結晶である。ただし、NIFの当初の目標は、燃料利得が最低でも5倍だったので、0.7倍では初期の目標はまだ達成していない。
 そうはいっても、レーザー核融合では、わずかな条件の違いで燃焼率が急上昇するので、0.7倍にまで来る方法を発見したからには、5倍以上の目標達成もかなり希望が持てそうに思える。0.1倍にさえ遠く届かなかった数年前までとは大きな差だ。

 NIFで達成した燃料利得0.7倍を、磁場方式で使われる核融合利得Qと比較する場合には、注意すべき点が二つある。

 第一点は、定義が違うことだ。磁場の場合のQは、加熱入力と核融合出力(単位はワット)のパワー比だ。一方、レーザーの場合は、上記の通り、1パルス中での入力と出力のエネルギー(単位はジュール)の比である(ちなみに、1ワットが1秒続くと、そのエネルギーが1ジュールだ)。核融合利得Qを1秒ごとのエネルギー比とみなせば燃料利得と比較できないわけではないが、連続出力とパルス出力を比較している点には注意が必要だ。

 第二点は、実用化に向けた目標値が違う点だ。磁場方式では加熱入力に用いる加熱入射装置の電気効率が50%以上だが、NIFレーザーの電気効率は数%である。NIFではまだ使われていない半導体レーザーの利用によって、レーザーの電気効率は10~20%くらいには改善できるが、それでも磁場方式の加熱装置よりかなり効率は低い。この効率の差により、磁場方式では実用炉のために必要な核融合利得Qが30以上とされるのに対して、レーザー核融合で実用炉のために必要な燃料利得は、半導体レーザーによる電気効率改善を考慮しても100以上が必要になる。

 磁場核融合の解説「核融合のブレークスルーのカギは余裕を持った設計だった」で述べたように、磁場方式はQ>1が達成済で、現在建設中の実験炉ITER(イーター)の目標はQ=10である。今回のNIFの成功で、レーザー方式もその実現性が見えてきたといえよう。

 レーザー核融合は、実現できれば、磁場方式にはない様々なメリットも予想され、筆者もその実用化を非常に期待している。一方で、レーザー方式には、磁場方式にはない技術上の課題もある。本稿の「その2」以後では、これらの点を解説する予定である。