MENUMENU

放棄・投棄された漁具による海洋汚染-経済的な観点から


公益財団法人 笹川平和財団 海洋政策研究所/海洋政策研究部 研究員


印刷用ページ

1.はじめに

 近年、プラスチックごみによる海洋汚染が大きな社会問題となっている。プラスチックごみの中で、特にレジ袋・飲料容器などのいわゆる「使い捨てプラスチック」が大きく注目され、政府による規制などの対策や企業によるプラスチック削減・リサイクルなどの取組が進められている一方、漁網やロープなど漁業に用いられる漁具全般に関しては、未だ社会的な認知度が低く、対策もあまり進んでいないのが現状である。そこで、本稿では、放棄・投棄された漁具による海洋汚染についての現状を特に経済的な側面に着目してレビューする。


イメージ画像
bearacreative/Ⓒ iStock

2.放棄・投棄された漁具による海洋汚染の現状

 放棄・投棄された漁具は、英語ではLost, Abandoned or Discarded Fishing Gear(頭文字を取ってALDFGと略される)と呼ばれ、国際的には以前より問題視されていたが、2009年に国連環境計画(UNEP)と国連農業機関(FAO)が共同でALDFGに関する包括的なレポート注1) を公開したことをきっかけに特に着目されることとなった。このレポートの中では、全世界で流出する漁具の量を「粗く見積もって全ての海洋ごみの10%以下」としているが、この数字には根拠が示されておらず、他の研究者から疑問視する声も出ている注2) 。さらに、より近年に行われたタスマニア大学のRichardsonらの研究注3) では、1975年から2017年の間に行われた漁具の流失に関する調査についてのメタ分析を行い、漁網の5.7%、トラップの8.6%、釣り糸の29%が流失していると推定された。いずれにしても、流出漁具が問題になってから既に数十年経つにも関わらず、その流出量などについて未だ確たる情報がないということが、この問題の実態把握の難しさを表している。特に日本に着目すれば、環境省の実施した日本全国の海外の漂着ごみの調査では、回収されたごみのうち漁具が重量比で59.3%、容積比で52.6%、個数比で37.8%と、大半を占めている(表1)。この数字から見ると、上記の推定値は過小評価に過ぎるのではないかとも思われる。特に世界でも有数の漁業大国である日本にとって、これだけ大量の漁具が海岸に漂着しているということは非常に深刻な問題であり、早急に対策を進めることが必要と言える。


表1 日本国内の海岸10か所で調査した漂着ごみの割合
(出典:環境省(2018)「中央環境審議会循環型社会部会プラスチック資源循環戦略小委員会(第3回) 議事次第・配付資料」参考資料1「プラスチックを取り巻く国内外の状況<第3回資料集>」を基に著者作成)

3.流出漁具による経済的な損失

 海洋環境中に流出した漁具は、様々な環境問題や社会経済的な損失を引き起こす。海岸に漂着して景観を損なう、航行する船のスクリューなどに絡んだ場合に危険である、「ゴーストフィッシング」と言われるように持ち主のないまま海中で魚を捕獲し続ければ漁業資源を減少させる、あるいはウミガメ・海鳥をはじめとして希少種を含む海生生物が飲み込んだり絡まったりすることで死亡してしまう、細かく砕けてマイクロプラスチックとなり環境を汚染する、などがその例である。
 経済的な損失としては、特にゴーストフィッシングによる漁業資源への損失が大きいと考えられ、この点に着目して損失額を試算する研究もいくつか行われている。例えば、壺を使ったブルークラブ漁が盛んなアメリカのチェサピーク湾では、回収されず海中に放棄されたままのカニ壺によって、年間90万匹のカニが死んでおり、30万ドル相当の漁業資源が損失されていると試算されている注4) 。この地域では、2008年から2014年にかけて放棄されたカニ壺を回収するプログラムが行われ、34,408個の壺が回収されたが、この時のコストが420万ドルかかったのに比べ、2130万ドル相当の漁業資源の保護に寄与したと試算されており、その費用対効果は約5倍である注5) 。アメリカでは同様にメキシコ湾でもブルークラブ漁が行われており、毎年海中に放棄される壺の10%を回収すれば、5年間で352,000㎏のカニの資源量回復が見込まれる(2016年の時価で97万8千ドルに相当)注6) 。このように、放棄された漁具の回収には大きなコストがかかるが、費用対効果を考えると利益が上回る場合もある。しかし、このような研究例は欧米に集中しており、残念ながら日本ではこのような流出漁具による経済的な損失を定量化した研究はこれまで行われていないようである。

4.流出した漁具に対する対策

 漁具の流出に対する対策としては、漁業者に対する普及啓発やトレーニング、漁具に所有者の目印をつけるマーキング、使用済みの漁具の回収に対する経済的なインセンティブ等々が挙げられる。日本では、基本的に使用済みの漁具の廃棄は有料で漁業者の負担になっており、これを無料にするかまたは使用済みの漁具の持ち込みに対価を払うような経済的なインセンティブを与えることは、漁具の不法投棄等の防止に一定の効果があるのではないかと思われる。また既に、廃棄漁網やロープをリサイクルする技術を開発し、使用済み漁具を買い取ってカーペットタイルなどに再生して販売しているベンチャー企業もあり、このような取組がさらに広まることも期待される。漁具のマーキングはFAOなどの国際機関により推奨されているにも関わらず、日本ではあまり進んでいないように見受けられる。マーキングの方法にもいろいろなものがあり、導入にはある程度のコストがかかるが、上述のように流出漁具による漁業資源の減少の経済的損失を考えれば、導入する意義は大きいと思われる。何より、流出してしまった漁具を回収するには大きな労力とコストがかかるため、これらの漁具の流出を未然に防ぐような対策を積極的に進めることが望ましい。

注1)
Macfadyen, G., Huntington, T., & Cappell, R. (2009). Abandoned, lost or otherwise discarded fishing gear.
注2)
Richardson, K., Wilcox, C., Vince, J., & Hardesty, B. D. (2021). Challenges and misperceptions around global fishing gear loss estimates. Marine Policy, 129, 104522.
注3)
Richardson, K., Hardesty, B. D., & Wilcox, C. (2019). Estimates of fishing gear loss rates at a global scale: A literature review and meta‐analysis. Fish and Fisheries, 20(6), 1218-1231.
注4)
Bilkovic, D. M., Havens, K., Stanhope, D., & Angstadt, K. (2014). Derelict fishing gear in Chesapeake Bay, Virginia: Spatial patterns and implications for marine fauna. Marine Pollution Bulletin, 80(1-2), 114-123.
注5)
Scheld, A. M., Bilkovic, D. M., & Havens, K. J. (2016). The dilemma of derelict gear. Scientific reports, 6(1), 1-7.
注6)
Arthur, C., Friedman, S., Weaver, J., Van Nostrand, D., & Reinhardt, J. (2020). Estimating the benefits of derelict crab trap removal in the Gulf of Mexico. Estuaries and Coasts, 43(7), 1821-1835.