「脱成長論」は途上国にしわ寄せ、脱炭素と経済成長は両立できる


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「SankeiBiz」からの転載:2021年6月10日付)

 2019年末の欧州連合(EU)に続き、菅義偉首相も昨年10月、50年温室効果ガス実質排出量ゼロ(ネットゼロ)を宣言したが、その2日後には韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も宣言した。

 欧日韓に加え米バイデン政権も、ネットゼロ達成の道筋として産業振興と雇用増に寄与するグリーンニューディールをうたっている。バイデン大統領は5月28日に発表した22会計年度(21年10月~22年9月)の予算教書で大統領選挙中の公約50年ネットゼロ、35年電源の非炭素化を実現するため再エネ設備導入、新型原子炉、水素関連技術、電気自動車(EV)分野などを挙げ、さらに送電網などのインフラ整備を通し雇用を創出するとしている。大統領の要望通りの予算案が議会から出てくるかは不透明だが、政権の意図が温暖化対策を通した経済成長と雇用創出にあることは明らかだ。

 韓国の1次エネルギー自給率は日本よりも少し高いが、1人当たりのエネルギー消費量、二酸化炭素(CO2)排出量は、気候のためか、日本よりも大きい。そんな状況でも、文大統領は50年ネットゼロを昨年10月宣言し、7月に発表していた370億ドル(約4兆489億円)のEV、燃料電池車(FCV)支援などのグリーンニューディールに加え、さらに70億ドルを住宅部門などに追加で支出すると発表した。

 EUも水素、電池などにエアバス方式で取り組み成果を上げることを狙っており、コロナ禍からの復興予算の37%、30兆円以上をグリーン成長分野に投入するとしている。EUの中ではスペインが復興予算を利用し、EV用電池製造を行う予定と発表しているが、さらに、予算のうち15億ユーロ(約1999億3500万円)を、米国とスペイン企業が事業化を予定している再エネ電源を利用する水素製造事業に支出すると表明している。

 主要国が環境と経済の好循環を狙う中で、経済成長を通した温暖化対策を否定し、「温暖化対策のためには脱成長しかない」との主張が、十数年前から欧州で出始めた。スウェーデンで温暖化防止のため学校ストライキを始めた環境活動家グレタ・トゥーンベリさんも、国際会議の場で企業人を前に「地球は絶滅の危機にあるのに、お金の話ばかりしている」と批判している。企業活動による温暖化対策に否定的なようだ。日本でも最近、温暖化対策は脱成長によるしかないと主張する書物が新書大賞を受賞したりしている。温暖化対策は、経済活動を通して行えないのだろうか。

 環境問題と資源の制約で地球はやがて行き詰まるとの主張を最初に大きく取り上げたのは、1972年に出版されたローマクラブの「成長の限界」だった。化石燃料はやがて尽き、地球が受け入れられる環境の限度を超えるとの内容だったが、同じような議論は、18世紀末に初版が出版されたトマス・マルサスの「人口論」でも行われた。人口増加のスピードに食料生産は追い付かず、やがて貧困に直面すると予想した。エネルギー資源に関する同様の予測もあった。ウィリアム・ジェヴォンズは、19世紀半ば「石炭問題」を著し、エネルギー効率改善が石炭消費量を増加させる「ジェヴォンズのパラドックス」を指摘したが、同時に石炭資源の枯渇により経済発展も阻害されるとした。

 マルサスもジェヴォンズも偉大な経済学者だったが、予測された貧困もエネルギー不足による経済の停滞も生じなかった。その理由は、肥料の発明と代替エネルギーの発見。要は科学技術の進歩により、問題が克服されたからだった。

 地球温暖化に関することも予測するのは難しい。実験室では確認できる事象も地球規模となると確認できないからだ。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、21世紀末に気温が5度上昇すると述べているとテレビ番組などでは引き合いに出されるが、IPCCのリポートではシナリオに基づきさまざまな温度上昇の予測を行っており、その中で最も温度上昇が高い予想が4.8度上昇というに過ぎず、断定はない。IPCCは温暖化に伴うリスクも挙げているが、具体的な被害額を示してはいない。

「温暖化」の不確実性

 温室効果ガスの濃度上昇と気温との関係、気温上昇と経済活動への影響、どちらも不確実性が高く断定はできない。不確実性があるのであれば、温暖化防止のため脱成長により生活レベルを下げるよりも、経済効果をもたらし、かつ温暖化対策にも寄与する投資を行う方が良い。脱成長論の主張の前提は、温暖化により大きな被害が発生することが前提になっているが、科学的な態度とはいえない。

 もう一つ大きな問題がある。地球の多くの人たちは経済成長を必要としている事実だ。

 2015年パリ協定が合意される数年前の気候変動枠組み条約の会合(COP)の場で、先進国の代表から、「途上国も排出抑制に責任を持つべきだ」との主張が行われた直後、会場の途上国代表の一人から「あなたたちは、私たちに貧乏のままいろと言っているのだ。そんなことを言う権利があるのか」と大声でヤジが飛んだ。途上国は経済発展にエネルギーを必要とし、温室効果ガスは増えざるを得ないとの主張だ。

 先進国は、温暖化対策を通し途上国を支援する必要がある。だが、実際には難しい問題に直面することもある。欧州委員会、議会は、途上国でパーム油生産により森林破壊が引き起こされているとして、パーム油輸入を禁止する方針だが、途上国経済には大きな影響を与える。関連雇用1850万人、生産農家460万人を抱えるインドネシアは世界貿易機関(WTO)に訴えた。ナイジェリアなどアフリカの生産国でも、欧州からの投資がなくなり雇用が失われると悲鳴が上がっている。脱成長論では、先進国は途上国を利用していると批判されるが、ここでは先進国の温暖化対策が途上国を苦しめる結果になっている。

貢献は企業の役割

 私は大学教員になる前、企業に勤務していた。海外資源開発事業の後、海外での温室効果ガス削減事業に従事していた。当時は京都議定書の下、削減した温室効果ガスを排出権として自国の目標達成に利用することが、国連の承認を条件に認められていた。手掛けたインドの事業が日本の第1号案件として承認された直後、社長に呼ばれた。

 社長からの話は「海外で排出権を獲得する事業を自社で行い必要とする企業、国に売却することは途上国支援にもなり意義のある仕事だ。ただ、他社が獲得した排出権を右から左に売ってもうけるようなことは謹んでほしい。企業の目的は事業を通し社会に貢献することだが、単に右から左にというのは少し違うような気がする」というものだった。この経営者の考え方には賛否があるかもしれないが、「事業を通し社会に貢献する」との考え方には、多くの方は賛同されるのではないだろうか。

 それぞれの企業には役割があり社会の役に立っている。私たちが学校で学ぶのは、学んだことを働く場を通し社会に還元するためだ。社会にとり不要な仕事はない。不確実性が高い温暖化対策に取り組むのは、事業を通し社会に貢献する企業の役割だ。脱成長論は企業性悪性に立ち、企業を誤解している。企業は、エネルギー消費を削減しながら成長を実現し社会を豊かにすることができる。