環境対応トラック対決の行方
EVとFCV…競争白熱
山本 隆三
国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授
(「サンケイビジネスアイ」からの転載:2020年11月11日付)
新型コロナウイルスが米国で蔓延する直前の今年1月下旬に、米国の日系自動車メーカーを訪問し米国の環境対応車市場について意見をお聞きすることができた。
昨年までは「米国では蓄電池稼働の電気自動車(EV)が主流で、燃料電池車(FCV)の出番はあまりないのでは」との見方を聞いていた。だが、今年は少し風向きが変わったと、以下の話をお聞きすることになった。
新興ニコラが脚光
「バス、トラックなどの大型車のEV化も行われているが、短距離運行が主体のバスでは可能でも、米EV大手テスラが取り組んでいる大型トラックのEV化は、電池技術から当面難しく、大型トラックはFCV車が主体になるのではないか。EVトラックで航続距離を稼ごうとすると電池を大型化せざるを得ず、電池を輸送していることになる一方、電池を小さくすると充電頻度が多くなり走行時間の制約から仕事にならない。蓄電池の技術革新がない限り当面EVの大型トラックは主流にはならない」との意見だ。
この話を聞いた1月時点では、FCVトラックは大きな話題ではなかったが、今年6月FCVトラック製造も手掛ける米国のスタートアップ企業ニコラが、ナスダック市場に上場したことが契機になり、FCVトラックをめぐる報道が米国で多くなった。ニコラ株価急騰、ゼネラル・モーターズ(GM)のニコラへの資本参加が報じられた直後の9月に、ニコラ株を空売りしていたコンサルタントによるニコラ発表にはかなりの虚偽があるとのリポートが出され、ユーチューブに投稿されたFCVの試作トラックの可動部分ががらんどうで、坂を下っているだけとの報道が出たことで、株価は急落した。
一方、テスラが2017年に発表した大型EVトラックも当初予定の19年販売が21年にずれ込んでいる。ともに、開発は簡単ではないのかもしれないが、そんな中、トヨタ自動車が日野自動車と共同で米国市場向けFCVトラックを開発すると日本でも報道された。EVとFCVどちらが有力で、市場を制する可能性が高いのだろうか。
中国の習近平国家主席が9月に温室効果ガスの純排出量ゼロを60年までに達成すると表明し、10月に菅義偉首相が50年までの達成を表明した。昨年12月にはポーランドを除くEU諸国も50年までの排出量ゼロ達成を表明している。米国を含めた主要国が、50年に向け温室効果ガスの大半を占める二酸化炭素(CO2)削減のための技術革新をこれから加速させることになる。
水素の利用、CO2の捕捉・貯留、新蓄電池の開発などが鍵だが、世界のCO2排出量の約4分の1を占める輸送部門、自動車からの排出削減が重要になりそうだ。その中で走行距離当たりの排出量が多い大型トラックからのCO2排出削減を、どのように進めるのかも注目されそうだ。
日本の自動車部門からのCO2排出量の内訳を見ると、19年度に2550万キロリットルの軽油が自動車により消費されているが、その約60%が貨物用の普通車、大型トラックによるものだ。加えてバスが6%消費している。4950万キロリットルのガソリンの消費の大半は小型車、軽自動車によるもので、全消費量の内普通貨物車によるものは0.5%、バスによるものが1.2%だ。結果、普通貨物自動車とバスによるCO2排出量は自動車からの排出量約1.8億トンの約4分の1、4600万トンを占めている。
自動車部門の温暖化対策として、内燃機関乗用車の販売を禁止する動きが欧州主要国に広がりつつあり、乗用車についてはEVが今後の自動車販売の主流になりそうだ。ただ商用車、大型トラックについては、電池稼働は難しいと見られている。
電池性能改善が課題
テスラが発表しているテスラ・セミと呼ばれるEVトラックは21年に発売がズレ込んでいるが、その理由に電池があるのかもしれない。発表当初から電池の大幅性能改善が実現しなければ、テスラの売り上げの大半は電池に費やされ採算を取るのは難しいとの声が出ていた。
18年には、トラック世界最大手、独ダイムラーのトラック部門の責任者が、同社が開発しているEVトラックは21年市販予定だが、航続距離、充電時間はテスラ・セミに大きく劣ると語り、「ドイツとテスラ本社があるカリフォルニア州は同じ物理法則で支配されているのだろうか」とテスラ・セミに疑問を投げかけている。
今年8月には、米マイクロソフト創業者、ビル・ゲイツ氏がブログで「炭素ゼロの世界をどう作るか」とのタイトルで「EVは乗用車、SUV(スポーツ用多目的車)には適しているが、蓄電池の重量と嵩から、貨物船、旅客機、トラックには適していない」と指摘した。
テスラのマスクCEOはゲイツ氏を「(技術の)手掛かりを何も知らない」と批判しているが、EVトラックは商業化可能だろうか。
ニコラのホームページでは、ディーゼル、EV、FCVトラックの性能比較が行われているが、その中で、FCVとEVで大きな違いがあるのは、充填時間(FCV20分以下、EV数時間)、航続距離(FCV500~750マイル、EV100~350マイル)、重量(FCV8.2~9.1トン、EV10トン~10.9トン)だ。
これに対し、テスラが発表しているセミには3種類あるが、そのうち、航続距離300マイルモデルの価格は15万ドル、500マイルモデルは18万ドルだ。テスラの充電設備を利用すれば、30分で80%まで充電可能とされており、一般的な電池の性能を大きく超えている。
このテスラ・セミの能力実現に500マイルモデルで970キロワット時の電池が必要となり、その価格は現在13万ドル、重量は8トンと指摘されている。9月にテスラは電池の性能を54%向上させ、価格を56%下落させたと発表しており、電池能力の大幅改善が期待できる。
一方、テスラ充電器の利用料は1キロワット時当たり28セントに設定されている。全米平均の10月下旬の軽油価格は1リットル当たり61セントだ。水素価格は1キログラム当たり16.51ドル(19年カリフォルニア価格)。走行1マイル当たりに必要なエネルギーは、EV車約2キロワット時、ディーゼル車軽油0.6リットル、FCV車水素0.11キログラム(米エネルギー省調べ)だ。1マイル当たり燃料費はEV56セント、軽油37セント、水素1.82ドルになる。EVとFCV普及には充電料と水素価格の下落が必要になる。
充電設備の問題もある。テスラ・セミが充電すれば一回にほぼ一般家庭3カ月分の電力を消費する。大量のトラックが1カ所で一斉に充電する設備が必要になる。また、電源構成によっては必ずしもCO2削減に結び付かない可能性もある。水しか排出しないFCVとの比較では不利な点だろうが、FCV用にCO2を排出しない水素製造も必要になる。
コストを含めて解決すべき点が多いEV、FCVトラックだが、市場の期待は高い。テスラがセミの来年の発売を発表した際には、株価は上昇し1000ドル(分割前価格)を超えた。一方、疑惑のため証券監視委員会の調査が行われ、株主の集団訴訟も起こされたニコラ株の買いを推奨する投資会社もある。
10月末現在の株式時価総額は、テスラ38.6兆円、トヨタ19兆円、ニコラ7300億円だ。来年にはテスラ・セミが市販されるはずだ。市場はどう反応するのだろうか。