エネルギー基本計画改定に向けた提言


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2020年11月号)

 政府は総合資源エネルギー調査会において、次期エネルギー基本計画策定に向けた議論を開始した。エネルギー基本計画は閣議決定もされるとはいえ、定性的な文章に過ぎない。霞が関的に微妙なグラデーションはつけられているものの、必要な施策が列記されているものだ。しかしここに書き込まれるかどうか、どのような表現で書き込まれるかによって、政策的支援の厚みも変わるので、基本計画を反映し具体的な数字に落とし込んだ「長期エネルギー需給見通し」も含めて、エネルギー事業者の関心は高い。
 しかし、そもそもわが国は電力・ガス事業のシステム改革を進め、市場原理を導入した。自由化した市場において、政府が1%刻みの需給見通しを描き、事業者がそれを固唾を飲んで見守るという構図には違和感を覚える。エネルギー供給の重要性はどのような制度設計の下でも変わるものではないが、自由化した時点で政府の役割についても見直すべきだったのではないだろうか。
 また、時間軸も今まで通り10年後を議論すればよいわけではないだろう。第5次エネルギー基本計画は2030年の議論をしたものであり、2050年はイノベーションへの期待から、非連続な未来とされた。しかし、菅首相が2050年実質ゼロを目指すことを表明するとも報じられており、もはや2050年までを視野に入れ一連のシナリオを描くべき時期になりつつある。一方で、裏付けをもって2050年実質ゼロのエネルギーミックスを提示することは不可能だ。では何を政府は示すべきなのだろうか。
 エネルギー基本計画改定に向けた議論の中で持つべき視座は何かを整理し、これから本格化する議論への提言としたい。

長期エネルギー需給見通し策定の歴史とエネルギー政策基本法

 現行のエネルギー基本計画の策定は、2002年に成立したエネルギー政策基本法に定められた政府の責務である。「政府は、エネルギーをめぐる情勢の変化を勘案し、及びエネルギーに関する施策の効果に関する評価を踏まえ、少なくとも三年ごとに、エネルギー基本計画に検討を加え、必要があると認めるときには、これを変更しなければならない」注1)と定められている。
 実は、数ある基本法の中で、エネルギー政策基本法の制定は21番目と比較的遅い。国政に重要なウェイトを占める分野について国の制度、政策、対策に関する基本方針や原則は、「基本法」という形で明示されることが多く(参議院法制局)注2)、「(筆者補:基本法とは)国政の重要分野について進めるべき施策の基本的な理念や方針を明らかにするとともに、施策の推進体制について定めるもの」とされている(塩野2008)注3)こと、エネルギー政策のわが国にとっての重要性を考え合わせると、なぜ2000年代に入るまでエネルギー政策基本法が制定されていなかったのかには、疑問の余地がある。この点についてはエネルギー政策基本法制定に至る国会議論において、「エネルギー政策基本法がなくとも総合資源エネルギー調査会での議論を踏まえて需給見通しを策定し、それに基づいて資源エネルギー庁はエネルギー政策を遂行してきたのであり、なぜ今同法の制定を求めるのか」という疑問が呈されている注4)
 確かに、エネルギー政策基本法制定以前には「1960年代半ばに始まった長期エネルギー需給見通しはこの答弁時点までに12回改定された」とされている注5)し、わが国の通商産業政策の経緯を整理した「通商産業政策史第10巻」では、数年おき、多いときには毎年のようにエネルギー長期見通しに向けた政府文書が公表されていた歴史がわかる。政府参考人として答弁した資源エネルギー庁の河野博文長官(当時)は、従前は総合資源エネルギー調査会報告書という形で、経済産業大臣に答申という位置づけであったが、同法によってエネルギー基本計画の閣議決定を政府に義務づけることになり、「政府一体となった施策が各省の協力も得て総合的に推進できる体制になる」と回答し、結局、共産党、社民党以外の賛成多数により可決された注6)
 いずれにしてもエネルギーに関する長期的な計画の策定は、半世紀以上にわたって政府の責務として行われてきた。

エネルギー基本計画と自由化をどう考えるか

 エネルギー政策基本法の制定を受け、2003年10月に閣議決定された第1次を皮切りに、これまで5回にわたってエネルギー基本計画は策定されてきた注7)。この間、気候変動対策への要請の高まりや、東日本大震災と福島原子力発電所事故など、わが国のエネルギー政策を取り巻く環境は大きく変化してきた。こうした変化以上に、エネルギー基本計画の意義や位置づけ、エネルギー政策の遂行にあたって官民の役割を大きく見直すべき出来事として、電力およびガスのシステム改革が行われている。自由化により市場原理が導入されたのだ。
 市場の最適化機能に期待し自由化を行ったあとにも、政府が1%刻みでエネルギーミックスを定めることの意義はどのようにとらえるべきなのであろうか。基本的に自由化された諸外国において、米国ではエネルギーミックスを政策的に決めることはないし、温暖化政策の観点から欧州では、1次エネルギー比での再エネ比率目標はあるものの、1次エネルギー全体あるいは電力全体のミックスが策定されている国というのは基本的にはない。
 自由化したとはいえ、エネルギー政策に関わる公益的価値の重要性も踏まえて、単に市場に任せるだけでなく、エネルギー自給率や環境性など政府として関与しなければならない政策目標の達成に向けて様々な規制的手段も採られるのは当然のことであり、その前提としてエネルギーミックスが示される必要性はあるだろう。あるいは、事業者に投資インセンティブを与える意義も少なからずあることは理解できる。しかし、自由化後に政府が描くエネルギーミックスは、少なくとも規制時代のものとは役割を異にしているのではないか。
 わが国においては、規制時代との違いが十分意識されることなく、自由化後もエネルギー基本計画とそれを反映させたエネルギーミックスが定められているように思える。前回の基本計画改定時に本誌の2018年7月号に寄稿した「次期『エネルギー基本計画』素案への評価と課題」注8)でも指摘した通りだ。その結果、市場原理の世界に多くの計画経済的規制が混在し、非効率な制度設計になっているのではないか。第6次エネルギー基本計画の議論に向けてまず、自由化市場において政府の果たすべき役割および定めるべき指標は何かについて議論されることを期待したい。

次期計画策定に向けて踏まえるべき現状

 まずはわが国の電力市場の自由化の特徴を整理したい。電力自由化と一言でいっても、需要の伸びが見込める時期に行ったのか、従前の事業者が民営であったのか国営あるいは公営であったのか等によって、目的もプロセスも大きく異なる。その国ごとに様々な事情や課題があるのだろうが、わが国の電力自由化の特徴を整理すると、下記の3点に集約できるのではないだろうか。

(1)電力自由化と原子力活用の抜本的見直しを同時進行で行ったこと

 全面自由化以降新電力のシェアは拡大し、本年7月の新電力シェアは販売電力量ベースで18.4%(対前年同月比2.8%増)、販売額ベースで19.6%(対前年同月比2.8%増)となっている注9)。このシェアが十分かは脇に置くが、旧一般電気事業者は売上の減少と、原子力の安全対策コスト等の増注10)に同時に対応することを迫られている。
 そもそも自由化において先行する諸外国が苦労したのは、自由化市場において原子力事業が持続的であるかという点だった。英国は1990年に国有電気事業者の民営化を行ったものの、原子力を民間事業者が担えるのかは、新設原子力発電所の運転開始後に検証し慎重に判断された。古くて廃炉費用が巨額になるマグノックス炉は切り離すなどの注意も払われたが、結局自由化後、国有化時代にあった新設計画がすべてなくなるなど民営化の影響は大きかった。試行錯誤を経て英国が、原子力新設に向けて様々な事業環境整備策を採ってきたことは以前本誌でも紹介させていただいた通りだ注11)
 米国では、多くの州でストランデッドコスト(規制の下では回収が認められていたものの、自由化によりそれが不確実になるコスト)回収を認めるなど制度変更による緩和措置が講じられ、回収が認められたコストは全体で約1,000億ドルにも上ったとされる注12)
 また、規制の下では廃炉等の資産除去債務は、ある程度の期間にわたり分割して債務計上することが認められる。自由化後も引き続き安定的に回収できるよう何らかの制度措置が必要だ。原子力事業は自由化の際の最難関でありながら、わが国では慎重な移行あるいは緩和措置は行われず、事後的に部分的な手当てが施されたに過ぎない。
 原子力発電所の安全対策コストや代替として炊き増しする火力発電の燃料コストが増加する中、再生可能エネルギーが拡大し卸電力市場価格は下落している。自由化とは、規制の下でメタボになった発電事業者を競争によりスリムにすることが目的だが、あまりに課題が重複し、体力の棄損が激しい。移行期を健全に支えられなくなる懸念がある。
 なお、新電力側からしても、託送料金で原子力の廃炉費用などを回収する仕組みなど、納得できないことも多いだろう。制度移行の際に、原子力のコストの負担のあり方が丁寧に議論されるべきであった。

(2)過少投資問題に対する懸念

 過少投資問題が発生する仕組みについては、国際環境経済研究所のウェブサイトに掲載されている「ミッシングマネー問題にどう取り組むか第13回投資家は過少な電源投資しかしない」(電力改革研究会)に詳しいので、本稿では詳細は割愛させていただくが、自由化された競争的な電力市場(=kWh市場)においては、需給逼迫時に強制的な停電による損失相当額まで電力価格が上昇することを通じて、理論的には、投資家に社会的に最適なkW量(dispatchableなデマンド・レスポンスも含み得る)への十分な投資のインセンティブを与えるとされる。しかし、現実には、電力供給に係る様々な制約により、当該市場で投資家がkWに対して行う投資の量は、社会的な最適量よりも少なくなることが指摘されている。
 この過少投資問題に備えて容量市場などが創設されているが、それらが十分機能しているとは言い難い。本年9月14日、容量市場の第1回メインオークションの結果が公表され、約定価格が上限価格近くの高値となったことで様々な反響を呼んだ。容量市場の意義や課題については別稿に譲る注13) が、今年高値が付いたとしても、4年後の1年間に提供される供給力に対価を支払う制度では新規電源投資を促すには十分でない。自身を投資判断をする事業者の立場に置いてみれば、容易に想像できるはずだ。
 さらに、気候変動対策への対応などにより規制的な措置が取られ、事業予見性が低下している火力発電への投資に踏み切ることは難しい。2050年排出ゼロを目指すのであれば、石炭火力から天然ガスへの転換にもブレーキがかかるだろう。CCSやCCUSの技術が安価で確保できなければ30年後には稼働させられなくなるというのであれば、それも当然だ。過少投資問題が、これまでに自由化した諸外国よりも早期に顕在化することが懸念される。

(3)迫られる低炭素化と限られるポテンシャル

 国際社会がパリ協定の下で目指す大幅な脱炭素化に向けては、電源の低炭素化と需要の電化の同時進行が求められることは以前から指摘している通りであるが、自然災害の多発やIPCCの1.5℃特別報告書公表などによって、エネルギー供給の低・脱炭素化に向けたプレッシャーは急速に高まっている。しかし、低炭素電源の主力となることが期待される再生可能エネルギーは国土利用のあり方そのものでもあり、自然条件に大きく左右される。
 これまでのわが国の再生可能エネルギーは太陽光発電であったが、今後拡大が期待されているのは洋上風力発電である。本年7月17日には、梶山経済産業大臣、赤羽国土交通大臣も出席して、洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会の会合が開催された。今後洋上風力を8~9円/kWh程度までコストダウンをさせ、拡大することが期待されている。
 しかしそのコスト目標の実現は容易ではない。9月15日に開催された経済産業所の調達価格等算定委員会において、再エネ海域利用法の対象となる促進地域での供給価格上限額について、29円/kWhという価格が示された注14)。既に欧州ではもちろん、台湾などアジア地域でもその1/3以下の価格を実現しているが、わが国ではこれでも厳しいという見立てで、再エネ専業でいま洋上風力に注力するレノバの株価が一時的ではあるが下落したと報じられている注15)
 再エネ海域利用法の活用や、産業の集積・習熟によって他国で既に実現したコストに日本が追い付くことが期待されているが、一方で、洋上風力に取り組む事業者の方たちからは日本の自然条件においては、コスト低下が相当進んだとしても15円/kWhが限界だろうという声も聞こえてくる。日本近海の海底がすぐ陸地から離れてすぐ深くなっていることは、IEAが公表したOffshore Wind Outlook 2019でも明らかだ。台湾や韓国の方がShallow water(10~60m)でFar shore(60~300km)の海域がわが国に比べて多い。遠浅の海に恵まれない日本では、浮体式洋上風力のコスト次第ということになろう。
 政策支援や産業の努力によってこれを下げていかねばならないが、もし15円/kWhが限界ということであればそれを前提として、他の低炭素電源の確保も進めなければならない。

定めるべきはエネルギーミックスではない

 わが国のエネルギー政策は、パッチワーク的につぎはぎを繰り返しているようにみえる。自由化したのか、計画経済なのかもわからなくなるほど、個別規制が積み重ねられ、事業の予見可能性低下と非効率を招いている。2050年を意識してまず政策のGuiding Principleとでもいうべきものを定め、低炭素化や人口減少・過疎化、デジタル化などの社会の変化要因を踏まえた戦略を策定すべきだ。その戦略は「電源の低炭素化×需要の電化」を徹底して進めるということになるだろう。電化を阻害する障壁になっている省エネ法やFIT賦課金などは見直さねばならない。
 長期エネルギー需給見通しの策定は廃止し、将来的な1次エネルギーにおける非化石比率、最終エネルギー消費における電化率、そして炭素価格を示すことが政府の役割だとしてはどうか。
 1次エネルギーの非化石比率は、即ち自給率の指標となる。それと最終エネルギーの電化率と炭素価格を組み合わせることで、需給両面で化石燃料の割合に上限値を設けつつ、炭素価格によって経済効率的に排出量を抑制することが可能になる。エネルギー安全保障と環境の両面に対応するものであり、経済合理的に気候変動対策の達成を目指すものだ。
 政府が定めるべきことはエネルギー政策における3Eのバランスであり、細かいエネルギー構成・電源構成ではない。
 炭素価格は、他の税や規制を整理したうえで、税制中立を前提とした炭素税を導入するのであれば、効率よく低炭素投資を促すことになる。いずれにしても、政府が1%刻みの計画を立て、事業者はそれを金科玉条のごとく受け止めるという時代はもう卒業すべき時だ。次期エネルギー基本計画では、市場原理に任せるべきところは任せ、政府は市場が解決できない課題に注力することを期待したい。

注1)
エネルギー政策基本法第12条5項
注2)
参議院法制局(確認日2020/9/5)
https://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column023.htm
注3)
塩野宏(2008)「基本法について」日本学士院紀要第63巻第1号。
基本法については「法令上の定義規定は存在しない」としているが、国会質疑における衆議院法制局職員の答弁として上記のコメントを紹介している。
注4)
第154回国会衆議院経済産業委員会第15号2002(平成14)年5月17日民主党山田敏雅議員
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigirokua.nsf/html/kaigirokua/009815420020517015.htm
注5)
第154回国会衆議院経済産業委員会第15号2002(平成14)年5月17日
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=115404080X01520020517&spkNum=0&current=5
注6)
第154国会資源エネルギー庁長官(当時)河野博文氏答弁より
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_iinkai.nsf/html/gianrireki/154_153_shuho_6.htm
注7)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/past.html#head
注8)
http://ieei.or.jp/2018/07/takeuchi180723/
注9)
10月15日電力・ガス取引等監視委員会「電力取引報結果」
注10)
個社別あるいはプラントごとの安全対策コストは公表されていないが、原子力発電所の安全対策コストは毎年増加を続け、今年8月時点の原子力事業者11社の合計で5兆2000億円にもなっているとの報道がある。
https://www.asahi.com/articles/ASN885SMVN84ULBJ006.html
注11)
本誌2019年4月号「原子力をめぐる”世界の潮流”――各国の動向整理と米国・英国の政策」
http://ieei.or.jp/2019/04/takeuchi190422/ など参照。
注12)
電力システム改革下の原子力事業(2)─米国・英国における原子力の事業リスク抑制策─
http://ieei.or.jp/2016/06/takeuchi160621/2/
注13)
U3innovations ウェブサイトUtility3.0の著者は容量市場第1回オークション結果をどう受け止めたか
https://u3i.jp/blog/capacity1/
容量市場に対する見解─新電力の立ち位置、再エネアグリゲーターを目指す立ち場から─
https://u3i.jp/blog/capacity3/
注14)
第59回調達価格等算定委員会資料
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/059_b01_00.pdf
注15)
日本経済新聞2020年10月9日「レノバ、洋上風力「29円」に揺れる価値再生エネ専業」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64754150Y0A001C2000000/