バイオ燃料の現状と将来(3)
シナリオ分析
小林 茂樹
中部交通研究所 主席研究員
運輸部門のCO2排出削減は、効率改善や需要抑制などの省エネと燃料の低炭素化が対策である。その低炭素化の有望な手段としてのバイオ燃料が、将来シナリオで、どのように扱われているかを、IEA(国際エネルギー機関)のETPシナリオとIPCCの1.5°Cシナリオ特別報告書(SR1.5)のシナリオの比較で分析した。
ETPシナリオはSR1.5シナリオよりバイオ燃料消費量、比率共に高めの傾向にあった。 低炭素シナリオ(2°C、1.5°C)では2060年に、バイオ燃料消費量は2010年比、5-6倍に、比率は6-10倍と大きく増加する。
バイオ燃料の運輸部門内での配分は、低炭素シナリオになるにつれ、CO2削減がより困難な貨物、航空、船舶へ優先配分される傾向が認められた。
1.はじめに
これまで、第1報では、運輸部門で利用されているバイオ燃料:エタノールとバイオディーゼルの生産、消費動向を概観し、第2報では、将来のCO2削減策として、持続可能性の観点で優れている次世代バイオ燃料に焦点を当て現状をまとめた。今回は、各種機関が発表しているシナリオで、これらの運輸部門でのバイオ燃料が、どのように扱われているかを比較して、バイオ燃料の将来を分析した。
2.運輸部門のシナリオ概観
最初にIEA(国際エネルギー機関)が発行している主要なエネルギー見通しであるWorld Energy Outlook(WEO)とEnergy Technology Perspectives(ETP)のシナリオを比較する。WEO[1]では、"現在すでに実施中"の政策が、今後も継続されるとしたシナリオ(CPS:Current Policies Scenario)、現在"公表”されている政策も実施されるとしたシナリオ(SPS:Stated Policies Scenario)、国連の持続可能な開発目標(SDGs)のエネルギー関連項目を考慮に入れ、2100年での気温上昇を1.8°Cに抑え、パリ協定の目標達成可能な「持続可能な開発シナリオ(SDS)」の3つのシナリオ、ETP[2、3]では、ベースラインシナリオ:6DS(2100年末気温上昇約4°C)、パリ協定で各国が提案している政策が実施されるとしたシナリオ(RTS: Reference Technology Scenario、4DSと同等:2100年末気温上昇3°C)、2°Cシナリオ(2DS)と2°Cを十分下回るシナリオ(B2DS:1.5°Cシナリオと同等)を分析している。
図1に示すように、将来へのエネルギー消費削減のスピードに多少差が認められるが、2040年時点では、WEOもETPも比較的よい一致が見られる。運輸部門の活動量は、2010年比で2050年には2-3.5倍に増加し、当然、消費エネルギーも増加する。しかし、効率改善や需要削減により、シナリオで異なるが、その増加率は緩和され、消費エネルギーは、図1に示すようにベースライン(6DS、CPS)でも1.9倍、4DS(RTS、SPS)で1.6倍、2DSはほぼ横ばい、B2DSでは、0.8倍と大幅削減になっている。
3.運輸部門におけるバイオ燃料消費
運輸部門全体でのバイオ燃料消費に関するWEOとETPのシナリオを図2に示した。図1の全エネルギー消費同様、両者には大きな差はない。ただ、ETP2017と2016を比較すると、2016の方が低めで、これは図1の消費エネルギーでも同様な傾向が認められる。シナリオ間のバイオ燃料消費を比較するには、全エネルギー消費自体がシナリオ間でかなり異なるので、絶対量より比率で見た方が状況を理解しやすい。図2右を見ると、2DS、B2DS(1.5DS)共に、ほぼ同じ比率になっており、図2左の差は、全エネルギー消費の差によるものである。また、WEOとETPの差は図2左同様で、特に、2DSでETP2017がETP2016やWEOより、高めのシナリオになっている。ETP2017と2016の差は、現状でのバイオ燃料消費が年々増加していることを反映していると考えられる。
比較の範囲を拡げて、IPCCの1.5°C特別報告書(SR1.5)[4]とIEA-ETPのシナリオを比較した結果を図3に示した。SR1.5の統合評価モデルによるシナリオ(IAM)は非常に多くのシナリオが含まれており、予測値の分布は広い。グラフでは中央値を示しているが、右側の棒グラフで5-95%の分布を示した。ETPのデータは、IAMの中央値よりかなり高い傾向を示しているが、右に示したIAMの分布の75%程度のレベルに相当している。比較の対象をさらに広げて、BP、ExxonMobilなどのシナリオも含めて比較したのが、図4である。4種類のマークにより、シナリオの2100年での気温上昇1.5-3°Cに対応して示してある。 IAMのシナリオと比較的よく一致しており、ETPのシナリオは、これらのデータやIAMより高い傾向がある。ただ、IAMのデータには広い分布(図の右側の棒グラフ)があり、ETPとは75%値がほぼ同じレベルで、95%値では、40-50%と非常に高い値のものも存在する。
2019年のバイオ燃料消費は約4EJ、全消費エネルギーに占める比率は約3%で、2060年には、2DSや 1.5DS(B2DS)の低炭素シナリオでは消費量は5-6倍に、比率は、6-10倍と大きく増加している(図3)。これは、運輸部門でのCO2排出削減には、効率改善などの省エネだけでは不十分で、燃料の低炭素化の比率が高まってくるからである。
4.運輸部門内でのバイオ燃料の配分
現在、バイオ燃料は、道路交通、それもほとんどが乗用車で使用されている。将来的には、CO2削減がより困難なモード、あるいは、電動化がより困難なモードへ優先的に配分するという考えがある。図5はETP2017での運輸部門内の各モード別のCO2排出量比率をシナリオごとに比較したものである。現在から2050年に向けて、旅客(道路P)以外は増加しており、2050年では、低炭素シナリオになるにつれ、貨物(道路F)と船舶の増加率が高くなっている。バイオ燃料のモード間の配分比率を見てみると(2050年)、低炭素になるにつれ、船舶、航空の比率が高くなっている。貨物(道路)が2DS→B2DSであまり増加しないのは、乗用車ほどではないが、電動化が可能で、CO2削減を必ずしもバイオ燃料だけに頼る必要がないためである。ETP2020では、特に航空の増加が著しいが、これは、船舶では、水素や水素から製造されるアンモニアが燃料として利用されることを想定しており、バイオ燃料が航空へ優先配分されているためである。
ETP2017-B2DSシナリオにおける各モードでの消費エネルギーに占めるバイオ燃料の比率は、LDV(乗用車):20%、HDV(トラック):35%、航空:70%、船舶:50%と航空の比率の高さが目立つ。航空業界の団体であるIATAが発表しているロードマップでは、航空部門のCO2を2050年に半減するとしているが、ETP 2017-B2DSはほぼそれを実現している。このように、1.5°Cレベルの低炭素シナリオは、70%というような非常に高いレベルのバイオ燃料配分を必要とし、実現は決して容易ではない。
実現性を議論する上でもう1つ重要な点がある。それは、バイオ燃料の供給量である。食料競合や土地利用変化を考慮せずに推計した最大値は約1500EJで、持続可能性を考慮すると約1/3に減少すると報告されている[5]。ETP2017-B2DSの2050年での一次エネルギーとしてのバイオエネルギー全体の消費は140EJと推計されており、供給量の点からは、可能という答えになる。将来のバイオ燃料の普及に関するシナリオの実現性は、結局前報でも述べたように、技術進展によるコストダウンに大きく依存していると言える。将来、炭素税が導入されれば、従来燃料との競合性は大きく改善されるであろうが、バイオ燃料自体のコストダウンも必須である。
参考文献
- [1]
- EA(2019):World Energy Outlook 2019.
- [2]
- IEA(2016):Energy Technology Perspectives 2016.
- [3]
- IEA(2017):Energy Technology Perspectives 2017.
- [4]
- IPCC(2018):Special Report "Global Warming of 1.5 °C".
- [5]
- IEA(2011):Technology Roadmap: Biofuels for Transport.