エネルギー供給の強靭化に向けて

-台風10号対応の振り返りと強靭化法、スマートレジリエンスネットワークについて-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「環境管理」からの転載:2020年10月号)

 9月初旬に九州を縦断した台風10号は、「経験したことのない規模」であるとして、列島は異様な緊張感に包まれた。9月6日夕方から開催された関係閣僚会議で安倍前首相が、「直ちに命を守る行動をとってほしい」と呼び掛け、9月7日朝7時には、九州・中国・四国地方の876万人に避難指示・避難勧告が出され、実際に避難された方も17万6,000人に及んだ注1)。亡くなられた方、浸水等の被害を受けられた方にまず、心からお悔やみとお見舞いを申し上げたい。 
 これだけの規模の台風ということで、電力の安定供給についても懸念する声が強くあった。九州地域の停電件数は、9月7日早朝6時頃に最大(475,910戸)となり、同社区域内の供給世帯数全体の約5.6%に上った。正直に言えば筆者は、この規模の台風であれば、平成3年の台風19号(九州全土で約200万戸)、平成16年の台風18号(同じく九州全土で約100万戸)などと同程度の被害が発生することも危惧していた。47万戸の停電は決して小さくはないが、しかし、復旧作業はかなり迅速に進んだと評価できることが、各方面へのヒアリングや分析でわかってきた。
 本稿では、台風10号における電力供給確保がどのように進められ、そこから学ぶことは何か、また、今年2月成立したエネルギー供給強靭化法の意義と課題、そして、レジリエンス向上を目的とした民間事業者の取り組みを紹介したい。

台風10 号における停電被害とその復旧

 停電復旧にかかる時間は、当然のことながら、被害状況によって大きく異なる。例えば昨年の台風15号でも発生したように、鉄塔が倒壊し高圧送電線が被害を受けたとなると、停電件数としては大きくなりがちであるが、逆にその線さえ復旧すれば、あるいは別回線による送電ができれば復旧は早い。停電件数が少なくても、多数の配電設備が被害を受けた場合には、毛細血管の1本1本を直さねばならず、復旧に時間を要することとなる。
 また、停電件数の比較というのはわかりやすい指標ではあるものの、配電線の電力復旧にかかる時間は、電柱の折損・損壊数に大きく依存する。台風10号では電柱の折損・倒壊数は69本で、ちなみに昨年の台風15号は1996本、台風19号は135本であった。
 こうした諸々の事情から、単純な復旧時間の比較は慎むべきであろうが、メディアからも、今回の停電被害が昨年の大型台風の際と比較して早く感じるがその理由は何か、といった問い合わせが複数寄せられたこともあり、時間経過に伴う停電復旧件数の推移を比較してみたい(図1)。


図1/ 2019年の台風15、19号と2020年の台風10号の停電件数推移
(出典:筆者作成)

 最大停電件数(ピーク時)から12時間後、あるいは24時間後の復旧率でみると、本年の台風10号は、12時間後に▲65%、24時間後に▲81%(ピーク時:約48万件→12時間後:約17万件→24時間後:約9万2,000件)となっている。昨年の台風19号では、その直前千葉を中心に大規模かつ長期の停電被害をもたらした台風15号と比べて停電の復旧は早かったとされるが、12時間後に▲50%、24時間後に▲81%(ピーク時:約52万件→12時間後:約26万件→24時間後:約9.9万件)となっている。
 同じ九州電力管内の事例を挙げると、平成30年の台風24号では、鹿児島県・宮崎県を中心に、最大で約31万4,000戸の停電が発生した。12時間後データは取れなかったが、24時間後にはピーク比▲約75%減(ピーク時:約31万件→24時間後:約8万件)、48時間後にはピーク比▲92%(2.5万件)であった。今回は大規模な倒木や土砂崩れ等が少なかったという幸運もあったが、被害の中心が鹿児島と長崎に分かれリソースの集中投入等がしづらい、先般の台風9号の影響が残っているといった不利な点も多かったことだろう。今回の対応について詳細な検証が行われ、さらなる改善につながることを期待したい。
 関係者へのヒアリング等で印象に残った点をいくつか指摘すると、まずは、九州電力が人員や機材の事前配備を周到に進めていたことが挙げられる。停電復旧は、初動が勝負だ。現場確認を迅速に行い、復旧方針を策定し、資源を効率的に配分せねばならない。当初九州電力は台風10号の勢力に鑑み、1,500班・3,000人の巡視体制をあらかじめ整備していたという。実際には想定の半分程度の被害であったため、被害地域により集中して人員を投入し、被害状況の把握がより迅速に行うことが可能となった。
 指揮命令系統が明確であったことも指摘したい。福岡にある本店が各地域の拠点である支店間のリソース配分や他電力からの応援部隊との調整を担い、現場の復旧作業に必要な意思決定は各支店に任せるという形をとっている。基本的にはどの電力会社も本店と現場の役割分担は行われているが、前提として現場の情報を正確かつ網羅的に把握しなければ、本店は適切に各支店をバックアップすることができない。そのため、各系統の巡視・復旧状況をリアルタイムでモニターし、全社員の端末から常時確認できるシステムが完備されていたことは、今後他の社会インフラの災害対応や費用対効果の高いメンテナンスの参考になる可能性もあろう。後述するエネルギー供給強靭化法として議論された電気事業法の改正の一つのポイントは、託送料金制度へのレベニューキャップであるが、こうしたシステムの標準化や、その構築や維持にかかるコストの回収確保に関わる制度設計など、さらなる議論を期待したい。

他電力の協力や地域社会の連携

 他の電力会社の応援体制が迅速に取られたことも指摘しておきたい。電力会社間では、これまでも相互応援の仕組みが構築されていたが、今年成立した「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律(以下、エネルギー供給強靭化法)」により、事前に「災害時連携計画」の提出を義務付けられた。本年7月9日に各地域の一般送配電事業者の連名で、初めての計画が経済産業省に提出されたところであった注2)。この計画によって、復旧の仕方についての統一方針として、時間のかかる本復旧ではなく仮復旧を行うことが定められ、仮復旧の工法をあらかじめ明確化したマニュアルを策定したり、電線サイズが違ったりする場合でも接続できるよう電源車接続に使う共通工具の共同開発を行ったり、高圧発電機車の運転マニュアルを整備して、他社の電源車でも運転できるようにしたりと、これまでの災害対応における細かいやりづらさや不便の解消が図られてきた。こうした積み重ねが復旧作業の速度を上げることに寄与した可能性もあろう。エネルギー供給強靭化法は、全国の電力会社間で、少なくとも年1回実施することが定められているので、そうした機会によって、さらに改善が図られることを期待したい。
 なお、基本的に他社の応援部隊は、被災した電力会社からの要請を受けて発動することとなっている。災害時に重要なのは指揮命令系統の明確化であるし、台風の進路によっては、他の電力会社も被災する可能性もあるからだ。しかしながら、今回の台風10号は数日前から、影響はほぼ九州地方に限られるであろうことが予想されていた。要請が出るのは確実とみて、自主的に応援部隊を組織して西への移動を始めた会社も複数あったという。当日までに現地入りしてしまえば、災害に巻き込まれることにもなりかねないので、広島あるいや山口といった近傍まで移動しておき、九州電力の応援要請発出後数時間で現場に到着したという。こうした柔軟な対応が今後も可能になるように、制度設計に織り込むことも必要であろう。なお、今回の他電力からの応援は、高圧発電機車53台、人員362名であった。
 なお、こうした連携は何も電力会社間のみで発揮されたわけではない。株式会社イオンは、全国の電力会社と「災害時における相互支援に関する協定」を締結しており、昨年の台風15号に際しても、イオンモール木更津、イオンモール成田の駐車場スペースが全国の電力会社からの応援部隊の拠点として利用された注3)。同社と九州電力は昨年12月23日に「災害時における相互支援に関する協定」の締結を発表注4)したところであり、今回は、佐賀、熊本、鹿児島の3か所のイオンモールが復旧作業の拠点として活用されたという。
 また、昨年の台風15号による長期停電に際して約80台の電気自動車を非常用の電源として提供した日産自動車株式会社は、九州あるいは周辺地域の社内、関連会社、レンタカー、カーシェアでの貸し出し状況(空いている車の台数を把握)を調査するとともに、車載蓄電池の500vのdcアウトを100V acに変換する機器を配備したという。ただ、実はこうした変換機器がないと、電動車の車載蓄電池に貯めた電気を家庭で使うことができない。電動車の災害利用が一般化しない一因でもあるこうした機器の値段を低下させる努力が求められるし、それは新たなビジネスチャンスにもなるだろう。
 事業者だけでなく、九州地域の災害対応力も見習うところが大きい。SNS上には、屋外に設置されたごみ箱や看板類を建物内に取り込む写真や、農家の皆さんがビニールハウスなどの設備を事前に固定している様子が流れてきた。実は平成30年の台風21号で関西電力管内では最大168万軒という大規模な停電が発生したが、供給支障の原因となった電柱881本のうち約9割が飛来物や建物倒壊等による二次被害によるものであったことが、その後の分析で示されている注5)。昨年の千葉の停電では、千葉県内の手入れが十分されてこなかった森林で多くの倒木が発生し、結果、約2,000本の電柱が被害を受けた。こうした被害を防ぐには、国や自治体がその管理する森林の管理にコストをかけ、森林の健全性を高めていく必要があるが、森林整備にかかわる人材も減少しているうえ、多くの自治体で森林の管理コストは削減されている。ネットワーク型社会インフラの健全性を維持するには、地域社会全体の取り組みが欠かせない。
 今回の台風に際しては、航空・JRなど各社も早めに運休を発表したり、大手コンビニエンスストアが計画休業を決めたりと、以前に比べて、自然災害のリスクが高まっているときには無理に日常を維持せず災害をやり過ごすようになってきていると感じる。災害の激甚化が指摘される昨今、社会の防災力を高めていくことが重要だ。

エネルギー供給強靭化法の意義と課題

 今後政府委員会等によっても今回の災害対応が検証されることだろう。非常時の危機対応力を向上させるには、実際の災害対応を後から検証し、改善を図ることを積み重ねることが何よりも求められる。わが国では従前、自然災害対応の事後検証が十分行われたとは言い難い。特に電力やガスの安定供給確保は事業者任せの感もあった。しかし、近年の災害激甚化もあって事後の検証が行われるケースが増えている注6)。電力についていえば経済産業省が電力レジリエンスワーキンググループにおいて検証を行うようになり、さらに本年6月に「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案(以下、エネルギー供給強靭化法)」の成立をみたことは大きな進歩といえるだろう。
 エネルギー供給強靭化法は、自然災害の頻発や、中東等の国際エネルギー情勢の緊迫化、再生可能エネルギーの拡大等、電気供給を巡る諸課題に対応することを目的としたもので、電気事業法や再エネ特措法(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法)、JOGMEC法(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構法)、といった複数の法案の改正がまとめて議論された。電気事業が直面する多様かつ急速な変化や電力安定供給確保には様々なボトルネックが存在することから、いわゆる束ね法案として議論されたわけだ。
 エネルギー供給の強靱化については与野党の間でも認識が一致しており、共産党以外の賛成多数で可決された注7)。争点になりづらい問題であるがゆえにそれほど審議時間が長くなく、全体として質問数が少なかった感があるうえ、エネルギー供給強靭化法案には直接関係のない質問も少なからずあったのは残念である。例えば、温暖化対応の観点から資源調達戦略に石炭が含まれるのかといった質問もなされていたが、石炭というのは世界中に賦存するため資源調達戦略をさほど必要としないところが長所であることは認識されていないのだろうかと首をかしげたくなった。
 しかし一方で、マニュアルの整備やクローズドシナリオでの訓練の必要性注8)、災害時連携計画の実効性の担保や、配電ライセンスの災害への貢献注9)、連携計画での発電・小売の連携注10)や、復旧現場への配慮注11)、災害時連携計画の具体的内容注12)、電気工作物の仕様の統一化注13)、災害時の関係者間の連携確保注14)など様々な議論が提起された。紙幅の関係でそれぞれの具体的内容は割愛せざるを得ないが、国会という場において、エネルギーの強靭化が具体的に議論されたことは有益であったと考えている。
 本法には付帯決議がなされており、関係省庁間又は関係省庁と地方公共団体の間の調整等、国の役割を明確にしつつ必要な支援を行うことや、災害時等における地方公共団体等への一般送配電事業者等の電力データの提供に関して検討を続けることなどが求められている注15)。エネルギー供給強靱化に終わりはないのであり、今後も不断の改善が行われることを期待したい。

スマートレジリエンスネットワークの設立

 エネルギー供給の強靭性向上を図りつつ、分散型資源活用を核としたビジネスモデルの創出に向け、全国の送配電事業者や通信、金融、(一社)気象協会や国立研究開発法人防災科学技術研究所など多様なメンバーの参画を得て、「スマートレジリエンスネットワーク」注16)が本年8月に設立された。筆者も幹事として末席に参画しているが、民間企業が社会インフラのレジリエンスを向上すべく連携を図るとともに、分散型技術の活用等をビジネスチャンスとすること、そのための制度改正の議論の場も提供していく予定だ。今後このネットワークの活動にぜひ注目いただくとともに、ご関心があれば参画のご検討をいただければありがたい。

注1)
内閣府防災情報のページ「令和2年台風第10号による被害状況等について」
http://www.bousai.go.jp/updates/r2typhoon10/pdf/r2_typhoon10_02_v2.pdf
注2)
経済産業省ニュースリリース「災害時連携計画の届出を受け付けました」
https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200710013/20200710013.html
注3)
https://www.aeon.info/bousai/
注4)
https://www.aeon.info/wp-content/uploads/news/pdf/2019/12/191223R_1.pdf
注5)
経済産業省 電力レジリエンスワーキンググループ資料 関西電力「台風21号にかかる対応について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/resilience_wg/pdf/003_13_00.pdf
注6)
経済産業省「台風15号に伴う停電復旧プロセス等に係る検証について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/resilience_wg/pdf/005_04_00.pdf
経済産業省電力レジリエンスワーキンググループ「台風15号・19号に伴う停電復旧プロセス等に係る個別論点について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/resilience_wg/pdf/006_04_00.pdf
注7)
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/keika/1DCEF8E.htm
○衆議院審議時賛成会派:自由民主党・無所属の会:立憲民主・国民・社保・無所属フォーラム:公明党:日本維新の会・無所属の会:希望の党
○衆議院審議時反対会派:日本共産党
注8)
第201回国会 衆議院経済産業委員会5月15日 和田義明議員
注9)
第201回国会 衆議院経済産業委員会5月15日 江田康幸議員
注10)
第201回国会 衆議院経済産業委員会5月20日 神田裕議員
注11)
第201回国会 衆議院経済産業委員会5月20日 山岡達丸議員
注12)
第201回国会 参議院経済産業委員会6月2日 石井章議員
注13)
第201回国会 参議院経済産業委員会6月2日 浜野喜史議員
注14)
第201回国会 参議院経済産業委員会6月4日 阿達雅志議員
注15)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/current/futai_ind.html
https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/current/f071_060401.pdf
注16)
スマートレジリエンスネットワーク
https://s-reji.com/